9話:ウイ ~もう一人の赤羽~

「とりあえず、いちごの“胸揉み”に関しては保留にしておく」


「え、また後で追及されるの?」と不満の声を上げる「胸揉み犯」の勇者。

 そんな彼――否、“彼女”を、赤羽あかばね彩人あやとがキッと睨み、「まぁまぁ」となだめるパーカー姿(下着の上から羽織った)の少女:犬神いぬがみいちご


 場所は変わらずいちごの部屋。

 ベッドの上に彩人あやとが胡坐をかき、いちごがその横にちょこんと座り、部屋の中央では勇者が床に正座している構図だ。

 そして勇者に正座を指示した彩人あやとが、改めて彼女に視線を向ける。


「それで、お前が女ってのはどういうことだ? 何でわざわざ男装なんかしてやがった」


「ふむ。その理由を語る前に、まずはボクの名前を明かしておこう」


「名前? そういや“勇者”って職業名みたいなもんか……」 


「あぁ、いちご君には既に話したけど、異世界におけるボクの名前は『ウイ・F・ウリエル』――でも、本当の名前は『赤羽あかばね兎衣うい』だ」


「……ん?」


 意表を突かれた。

 異世界人の名前なんて、日本人の彩人あやとからすれば全て「聞き慣れない名前」であり、本来は何が来たところで特別驚く理由は無い。


 実際、『ウイ・F・ウリエル』という名前も「ふ~ん」くらいにしか思わなかったが、『赤羽あかばね』の性を名乗られたら話は別。

 たまたま同じ苗字という可能性もあったが、この場においてはその方があり得ない話であり、更に勇者はこんな爆弾を放り込む。


彩人あやと、ボクはキミの妹だよ」


「……は?」


「それも、血の繋がっていない妹だ」


「……は?」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 勇者は――勇者:兎衣ういは語った。

 彩人あやとが知らない、忘れてしまった、そして明かされることもなかった過去の話を。


『今から11年前の夏、ボクの母親と彩人あやとの父親が結婚した』


 シングルマザーだった勇者:兎衣ういの母と、シングルファーザーだった彩人あやとの父、共に子連れ同士での再婚。

 幼い彩人あやと兎衣ういは同じ「赤羽あかばね家」の家族となり、書類上、血の繋がっていない兄妹となる。


 最初こそ彩人あやとを警戒していた兎衣ういだが、同い年で波長も合っていたのだろう。

 まだ幼く“性”の意識も薄い為か、2人が仲良くなるまでに大した時間は必要なく、気が付けば親友の様な兄妹となっていた。



 しかし、新しい日常は突然崩壊する。 



 両親の再婚から1年も経たずに『開門かいもん』、つまりは地球のアチコチで「異世界への扉」が開いたのだ。

 地球史に残るその天変地異は、近くの神社で遊んでいた2人を巻き込んだ。


 結果として、兎衣ういだけが神社から異世界へ飛ばされる。

 そして彩人あやとは頭を打った衝撃で記憶を失い、妹である彼女のことも忘れて――今日に至る。



 ―

 ――

 ―――― 

 ――――――――



「じゃあ何だ……俺は、自分の妹のことをずっと忘れていたのか……?」


 兎衣ういが語った10年越しの真実を受け、動揺を隠せない彩人あやと

 既にこの話を知っていたいちごが悲し気な表情を浮かべる中、彼の疑問は、疑念は、己の両親へと向かう。


「父さんと母さんは、どうしてこの事を黙ってたんだ? 何故、俺に兎衣ういの存在を隠してた?」


「隠してたんじゃないの、彩人あやと君のご両親も知らなかったんだよ」


 興奮気味な彩人あやとの手を取り、隣に座っていたいちごがギュッと抱き絞める。

 その手の柔らかさに、温かさに、彩人あやとの頭が逆に冷えたところで、床に正座する兎衣ういが補足を入れた。


「“コレ”はボクもあとで知ったことだけど、地球最初の『開門』で異世界に転移してしまった者は、その存在を“星から忘れ去られる”んだ。人々の記憶から消えるだけじゃない、紙媒体や電子情報を含め、全ての情報が地球から消え去るのさ」


「そんな……何だよそれ……」


「勿論、“今”は違うよ。地球から異世界に転移しても、誰からも存在を忘れ去られることは無い。でも、最初の『開門』は違った。だから両親達がボクのことを知らないのも、彩人あやとに教えることが出来なかったのも、全ては仕方がないことだったんだよ」


 最後は寂しげな顔で、既に諦めはついたと言わんばかりの兎衣うい


 それからすぐに表情を戻し、彼女は続けて語る。

 異世界に飛ばされた後の話を、地球に戻って来た経緯を。


「かくして異世界に転移したボクは、地球に戻る手段をアレコレと模索した。そして勇者になれば、文化交流の一環として地球に行けることがわかったんだ。だけどボクは絶望したよ。勇者は“男にしか許されない職業”だったからね」


「まさか、それで男装してたのか」


「あぁ。全ては彩人あやと、もう一度キミに逢う為に。キミが忘れた“幼い頃の約束”を果たす為にね」


「俺が忘れた、幼い頃の約束……?」


「そうだよ。大人になったら結婚すると、ボク等はそう誓い合っていたんだ」


「へ?」「えッ!?」


 呆気に取られる彩人あやとと、その隣で驚愕に目を見開くいちご

 どうやらこの話は彼女も初耳だったようで、慌てていちごがベッドの上に立ち上がるが、遅い。


 正座していた兎衣ういが先に立ち上がり、ピョンッと跳ねてベッドに着地。

 その衝撃でいちごがドテッと尻餅を着く中、兎衣うい彩人あやとに顔を近づけ、いちごの目の前で――彩人あやとと唇を重ねた。



「あぁああああ~~ッ!?」



 夜中に響く、御近所迷惑が過ぎるいちごの悲鳴。

 彼女の発狂を止める為、彩人あやとは慌てていちごの口を両手で塞いだのだった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

 次が【序章】最終話です。

 次話のあとがきには【1章】で登場するヒロインのデザイン画も載せています。

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