7話:感触 ~マシュマロの様な柔らかさ~

 幼馴染みの彼女:犬神いぬがみいちごに逢う為。

 病室をダイナミックに抜け出し、自宅の前まで戻って来た赤羽あかばね彩人あやと

 二人の家は隣同士なので、先に両親へ自分の無事を伝えても良かったが、彩人あやとは何よりも最愛の彼女を優先した。


(リビングは真っ暗だけど……玄関といちごの部屋は明かりが付いてる)


 彼女の在宅は確定。

 せっかくなら驚かせてやろうと、彼はチャイムを鳴らさずに犬神いぬがみ家の玄関を開ける。

 鍵は掛かっておらず、問題無く開いた扉の向こうには“見慣れた小さな靴”と“見慣れぬ靴”。


(ん、コレは……誰のだ?)


 見慣れた小さな靴は、いちごの学生用ローファーに間違いない。

 問題は見慣れぬ靴――「ブーツ」の方。

 一瞬、いちごが新しい靴を買ったのかと考えた彩人あやとだったが、それにしては幾分サイズが大きい。



 ――ドクンッ。



 心臓の高鳴りは、嫌な予感を覚えた証。


(まさかこのブーツ……いや、いちごに限ってそんな筈は……)


 多分、きっと、自分の思い過ごしに違いない。

 そう自分に言い聞かせても、心臓の高鳴りは止まらない。


 彩人あやとは病室から履きっぱなしだったスリッパを脱ぎ、無断で玄関を上がる。

 真っ直ぐ続く廊下の右手は真っ暗なリビングで、普段なら彼女の両親が居る時間だが、何故か今日は気配が無い。

 廊下の奥は何度か利用したこともある脱衣所で、そしていちごの部屋は、廊下左手の階段を上った2階。


 足音を立てないように、まるで泥棒の様な気持ちで階段を上る彩人あやと

 そのままいちごの部屋の前まで息を殺して歩を進め、扉の前まで来たところで“声”が聞こえた。


 最愛の彼女:犬神いぬがみいちごの――“あえぎ声”が。



いちご!?」



 バタンッと扉を開け、部屋に突入する彩人あやと

 直後に「絶句」。


 瞬時に“この状況”を理解するのは不可能だ。


 彼の瞳に映ったのは、ベッドの上で仰向けになっている“下着姿の犬神いぬがみいちご”。

 そんな幼馴染み彼女の上には、マントを羽織った異世界からの転入生――「勇者」が跨り、いちごの大きな胸をその手でまさぐっていた。


彩人あやと君ッ!?」

「なッ、目覚めたのか!?」


 驚愕に目を見開くいちごと勇者。

 そんな二人の反応が、というよりも「状況」が何を差しているのか、それを数秒遅れて理解してしまった彩人あやと

 彼の心は一気に“悔しさ”が溢れ、それ以上の“怒り”が爆発する。


「勇者ッ、テメェ~~!!」


 カッと頭に血が上り、同時に目から涙も溢れたまま。

 彩人あやとは勇者目掛けて殴りにかかる!!


 その拳に対し、勇者の反応は早かった。

 襲い掛かる彼の腕を掴み、力を逆に利用して、流れるような動作で床に叩きつける!!

 そして、叫んだ。


「待て彩人あやとッ、誤解だ!!」


「ふざけるなッ、何が誤解だ!! 俺のいちごを寝取りやがって!!」


「ね、寝取ってなどいないしッ、そもそも“ふざけるな”はこっちの台詞だ!! 悪いのは彩人あやとだぞ!!」


「あぁッ!? この期に及んで言い訳してんじゃ――」


 態勢を立て直し、今一度勇者に襲い掛かる彩人あやと

 その手を再び勇者が掴み、今度は床へ叩きつける代わりに、“自分の胸へ「ムギュッ」と押し当てる”。


「ッ!?」


 “想定外の感触”。

 彩人あやとの手に伝わって来たのは、いわゆる「マシュマロの様な柔らかさ」。

 一瞬にして考える力を失った彼は、ただただ感じた事実を口にすることしか出来ない。


「あれ、スゲー柔らか……え?」


 頭に上ったばかりの血がスーッと下がる。

 少しだけ冷静になった彼は、想定外の柔らかさを改めて確認し、パチクリと瞬きを繰り返す。


「勇者……お前、まさか……?」


「人の胸を揉んでおいて、まさかも何も無いだろう。ボクは――“女”だ」

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