6話:着地 ~不思議な炎を灯しながら~

 病室のベッドで目覚めた赤羽あかばね彩人あやと

 しばらくの天井を見上げた後、ようやく「自分に何が起きたのか」を思い出す。


(そうだ、俺……トラックにねられて……あれ? そういや、何かスゲー良い夢を見てた気がするけど……駄目だ、思い出せない)


 寝起き直後だからだろうか。

 頭がボーっとしているものの、状況から察するにどうやら命は取り留めたらしい。


 テーブル脇のデジタル時計に目をやると、時刻は夜の9時30分で、月日は「7月7日」。

 彩人あやとが事故に遭ったのは6月下旬の事なので、実に2週間近く目を覚まさなかったことになる。


(おいおいマジかよ、俺そんなに寝てたのか……。――そうだ、いちごに知らせないと)


 きっと物凄く心配している。

 今すぐ彼女に連絡して目覚めたことを知らせたいが、生憎と近くにスマホが見当たらない。

 ナースコースで看護師を呼べば、家族からいちごにも伝わるだろうが……それはしなかった。


 ビュウッと吹き込んで来た夜の風。

 まるで恋人の様な優しさで髪を撫でたその風が、彼の意識を「外」へと向けさせたのだ。


(窓が、開いてる……)


 ベッドから起き上がり、丁寧にも並べられていたスリッパを履いて、彩人あやとは吸い込まれる様に窓際まで歩く。

 大型トラックにねられたというのに、多少の気怠さがある以外は身体に大きな支障もない。


 そして、一体何を思ったか。


 彼は窓から身を乗り出し、そのまま“飛び降りた”。

 5階の病室から22メートル下の地面に向かって――“その胸に不思議な炎を灯しながら”。



 着地ダンッ!!



「うおッ、何だぁ!?」


 身を屈めて着地した彩人あやとの“隣”。

 病院の敷地をフラフラと歩いていた、赤ら顔でスーツ姿の男性が悲鳴を上げる。

 面会時間はとっくに過ぎているので、酔っ払って敷地内に侵入した残念なサラリーマンなのだろうが、残念なサラリーマンだろうと驚く権限くらいは持っている。


「な、何だお前!? 今ッ、上から落ちて来なかったか!? まさか、屋上から飛び降り自殺を……ッ!?」


「いや、別に死ぬ気はないんだけど……何でだろうな。自分でもよくわかんないけど、何か死ぬ気がしなくてさ。思わず5階の窓から飛び降りちまった」


「は? え? あの……あ~、そうか。コレは夢だな。流石に今日は飲み過ぎた」


 それが一番しっくりくる「真実」だったのだろう。

 夢から覚める為に、残念なサラリーマンは近くのベンチへ横になり、そのまま静かに目を閉じた。


(……俺、まだ夢の中に居るのか?)


 本当に自分は目覚めているのか。

 もしかしたら今もまだ夢の中なのではないかと、少しばかり不安になる彩人あやと

 確かに今の状況が夢であれば、全ての辻褄が合うというか「夢の中なら何でもあり」なので問題は無い。


 ただ、彩人あやとにはコレが夢だとは思えなかった。

 何故5階から飛び降りる様な真似をしたのか、そして何故無事だったのかも自分では何一つわからないが……。


「まぁいいや。わからないことを考えてもしょうがねーし、今はそれよりもいちごだ」


 コレが夢だろうと現実だろうと、幼馴染みの彼女に自分の無事を伝える。

 それがこの場における彩人あやとの最優先事項であり、それ以外のことは後回しで構わない。


 かくして彩人あやとは病院の敷地を抜けだし、犬神いぬがみいちごの自宅へと向かった。

 そんな彼女の家に、「勇者」が這入り込んでいる事も知らずに――。

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