5話:昏睡 ~開放感が過ぎる夢~

 一瞬の気の緩みだった。

 赤羽あかばね彩人あやとが交通事故に遭ったのは、一瞬の気の緩みによるもの。



 ――――――――



 ~ 彩人あやとが大型トラックにねられる5分前 ~


 勇者が転入してきてから既に3日が経過し、4日目を迎えた木曜日の夕方4時。

 学校が終わり、帰宅部の彩人あやとと幼馴染みの少女:犬神いぬがみいちごは、いつもの様に2人並んで帰路に着いている――その後ろには、つかず離れずで歩く勇者の姿。

 彩人あやとは辟易した様子で「はぁ~」とため息を吐き、脚を止める。


「……おい勇者、これでもう4日連続だぞ。いつまで俺達の後を付けるんだ?」


「勿論、キミ達二人が別れるまでだよ。赤羽あかばね彩人あやと、さっさと彼女と別れるんだ」


「だから別れねぇって言ってるだろ。頭おかしいぞお前」


「おかしいのはそっちだよ。ボクがこんなに頼んでいるのに」


(駄目だコイツ、話にならねぇ……)


 これ以上の会話は時間の無駄。

 異世界から来た転入生に、最初こそ優しく接してあげようと努めていた彩人あやとだが、流石に「彼女と別れろ」と繰り返す相手に優しく接する道理は無い。

 勇者を無視して歩く彩人あやとは、頭の中で可能な限り思考を回す。


(このままじゃあ俺といちごの青春が台無しだ……早く何とかしないとマズい)


 対応が遅れれば遅れる程、噂にあらぬ尾ひれがついて拡散するのが世の常。

 隣を歩くいちごの顔色からしても、メンタルの限界はそう遠くない未来だろう。


 早急に手を打たなければ取り返しのつかない事態になり兼ねない。

 というか、そもそも既に取り返しのつかない事態とも言えるが――



彩人あやと君!?」



(ん?)


 犬神いぬがみいちごの大声。

 直後に鳴り響くクラクションも、結果から言えば無意味。


 その日、赤信号を無視して車道に出てしまった彩人あやとの身体は、大型トラックにねられ、無慈悲にも宙を舞った。



 ■



 一瞬とも、永遠とも思える時を超え。



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 ――――

 ――

 ―



 白とも黒とも判断の付かない、境界の無い微睡まどろみを抜けて――彼は夢を見ていた。

 それが夢だとわかっていたのは、現実ではあり得ない光景だった為だ。


 あり得ない夢の光景、その登場人物は3人。


 1人目は夢を見ている本人、赤羽あかばね彩人あやと

 2人目は幼馴染みの少女:犬神いぬがみいちご


 そして問題は3人目。

 宝石の如く透き通る瞳を携えている、ただひたすらに美しい少女だ。

 見覚えがある様な気がしなくもないが、かと言って名前を思い出せる様な手掛かりも無い。


 3人は揃って一糸纏わぬ姿――つまりは「全裸」で、寝そべる彩人あやとの身体を少女二人がマッサージしている。

 そこだけを切り取れば「エロティック」な光景だが、それを「シュール」に変えているのが周囲の景色。


 彼等の周りは絵に描いたようなお花畑が広がり、遠方に並ぶアルプスの如き雪山まで視界を遮るものが一切ない。

 いくら夢の中の出来事とは言え、流石に開放感が過ぎるだろう。


(一体何なんだこの夢は? 勇者のストレスで俺の頭がバグったか?)


 どんな精神状態ならこんな夢を見ることになるのか、それはわからないものの。

 ともあれコレが「悪い夢」でないことは確かで、ある意味では正に「男の夢」と言っても過言ではない。

 もし明晰夢(夢の中で「これは夢だ」と自覚している夢)をマスターして、いつでもこの夢が見れるなら、毎日でも見たいと願う夢であることは確かだろう。


いちごの裸とか、幼い頃しか見たこと無いのに……ってか、このもう一人の子は誰だよ?)


 大好きな幼馴染みの彼女と、名前は知らないけど美しい少女。

 目のやり場に困る二人に優しく身体をほぐされながら、彩人あやとはアレコレと思考を回すも、この状況では回る程の思考力も浮かんでこない。


(はぁ~、何にせよ極楽極楽、眼福眼福。このまま永遠に癒されていたい)


 まるで自分の身体が浄化されている様な気分だ。

 邪念の塊のようなこの夢で、全ての邪念が取り払われている様な感覚を覚える。

 この世に永遠があるならば、今の状況で永遠に陥って欲しいと願う彩人あやとだが……しかし、どんなモノにも終わりがある。


 身体がほぐされる程に眠気が襲って来て、彼の意識は徐々にフェードアウトしてゆくのだった。



 ―

 ――

 ――――

 ――――――――



 パチリ。

 目覚めると、真っ先に飛び込んで来たのは薄暗い天井。

 数秒見つめて、彼は――赤羽あかばね彩人あやとは、それが「病室の天井」だと理解した。


 ――――――――

*あとがき

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