4話:事故 ~大型トラックは悪くない~

 “72時間”。

 コレは赤羽あかばね彩人あやとのクラスに、異世界のイケメン勇者(美少年)が転入してから経過した時間だ。


犬神いぬがみさん、一緒にお昼ご飯食べよう」

犬神いぬがみさん、次の移動教室一緒に行こう」

犬神いぬがみさん、一緒に帰ろう」


 犬神いぬがみさん、犬神いぬがみさん、犬神いぬがみさん。

 この3日間で、彩人あやとは勇者の口から出てくる「犬神いぬがみさん」を何回聞いたかわからない。

 確かなことは「数えるのも億劫になるレベル」ということだけで、誘われる度に「彩人あやと君も一緒でいいなら……」と困惑の表情を返すいちごが可哀想になっている。


『なぁ勇者、悪いけどいちごは俺と付き合ってるって言ってるだろ。あまり関わらないでくれるか』


 見かねた彩人あやとが何度か注意したものの、いちごに対する勇者の猛アタックは止まらない。

 それどころか――


『だからこそ、キミ達に別れて欲しいって言ったんだよ。犬神いぬがみいちご、キミに相応しいのはこのボクだ』


 この様に「宣戦布告」とも取れる宣言を繰り出す始末。

 今や赤羽あかばね彩人あやととその幼馴染み:犬神いぬがみいちご、そして勇者を交えた三角関係は学校で一番熱いトピックとなっていた。


「なぁなぁ、犬神いぬがみさんはどっちを選ぶと思う?」

「やっぱ赤羽あかばねだろ。昔からの幼馴染みだって言うし」

「でもよ、勇者は滅茶苦茶イケメンだぜ? 俺だったら勇者だな」

「私も勇者くん派かなぁ~。でも赤羽あかばねもワイルド系って感じでカッコいいよね」

「そうそう、どっちもイケメンだし。はぁ~、犬神いぬがみさんが羨ましい……」


 確かに、“状況”だけを見れば犬神いぬがみいちごは「両手に花」。

 イケメン二人に挟まれる形となったいちごを羨む女子は多いが、当の本人は何とも複雑そうな表情。


 それもその筈で、教室を覗きに来た上級生の一部から“こんな声”が聞こえてくる。


「勇者くんと付き合う気無いならさー、キッパリ断ればいいのに」

「どっちを選ぶか時間かけて吟味してるんじゃないの? 1年のくせに良い御身分ねぇ」

「チビで無駄に胸大きいのが自分の武器だって知ってるのよ。あーやだやだ」


 嫌み、妬み、嫉妬。

 話題の中心となれば必然的に付いて回る「負の一面」だが、それに耐性の無い人間にはかなりキツイ。

 彼氏という立場を差し引いても、彩人あやととしては隣の幼馴染みのことが気が気でならない。


いちご、大丈夫か? って、聞くだけ無駄か。どう見ても大丈夫な顔じゃねーし」


「そ、そんなことないよ。彩人あやと君が心配してくれるだけで嬉しいし……それに私は、別に何を言われてもいいし……」


「よくねぇよ。上級生だからって偉そうにしやがって。ちょっとアイツ等に一言――」



「よーし、席に着けー。授業始めるぞー」



 教室の扉をガラガラと開け、入って来たのは国語の男性教師。

 タイミング悪く行き場を失った彩人あやとは上げたばかりの腰を下ろし、いちごに影口叩いた上級生達の背中をギロリッと睨むに留まった。



 ■



 ~ 放課後 ~


 町に鳴り響くクラクション。

 危険を知らせる機械の大声も虚しく――“交通事故”が起きた。

 赤信号を無視して横断歩道に入った学生が、大型トラックにねられたのだ。


 事故に遭ったのは近くの高校に通う男子生徒。

 彼の胸ポケットから飛び出した学生証には、『赤羽あかばね彩人あやと』の名前が記されていた。


 ―――――――――

*あとがき

 先にお伝えしておくと、異世界転生はしません。

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