3話:勇者 ~異世界と地球はお隣さん~

「はじめまして。異世界からやって来た『勇者ゆうしゃ』です」


 その日、赤羽あかばね彩人あやとの教室がどよめいた。

 朝のホームルームで担任から紹介された転入生が、自らを「勇者」と名乗った為だ。


 イケメンにしか許されない長髪を後ろで結んだヘアスタイルで、ゲームに出て来そうな如何にも勇者っぽい服装。

 腰には剣を携えた“美少年”の登場に、教室後方に座っていた彩人あやとが隣の少女に声を掛ける。


「おい、こりゃまた物凄いイケメンが来たぞ。しかも異世界出身だってさ」


「だねー。テレビ以外で“異世界人”を見るの初めてじゃない? でもでも、彩人あやとの方がカッコいいよ」


「言われなくても知ってる。いちごが世界で一番可愛いってこともな」


「えへへッ、やだもう~」


 にやけた顔を返す幼馴染み少女:犬神いぬがみいちごと、それに微笑み返す彩人あやと

 転入生そっちのけでいちゃつき始めた二人だが、クラスメイトの大半は転入生の美少年(勇者)に興味津々。


 教室のざわつきが更に大きくなったところで、担任の女性教師が「静かに」と声を張る。


「皆さんも知っての通り、既に異世界は“空想上の存在ではありません”。10年前に地球は『開門かいもん』し、異世界との交流を始めました」


 『開門かいもん』――10年前に起きた青天の霹靂へきれき

 突如として地球の至る所で異世界の門が開き、空想の産物だと思っていた「異世界」との行き来が可能となった歴史的な転換期。


 今や知らぬ者はいない大事件であり、担任の女性教師もその前提で話を進める。


「かくして『開門かいもん』を経た地球は新たな時代を迎えた訳ですが、しかし我々地球人は、あまりにも異世界との交流に不慣れ過ぎました。『開門かいもん』直後の度重なる混乱を受け、国連は異世界との交流を“一部の国に限定”し、徐々に交流を深めることにしたのです。その交流の1つが“交換留学生”……ですよね?」


 ここで先生は勇者に視線を送り、勇者がコクリと頷く。


「はい。ボクが育った異世界は、地球にある東洋の島国――つまりはこの“日本”と姉妹条約を結びました。そして今年の交換留学生として選ばれたのが、異世界で勇者をしていたボクです。どうぞ皆さん、これからよろしくお願いします」


「よろしく!!」

「よろしくな勇者!!」

「勇者くん、私とよろしくして!!」

「駄目よッ、勇者君は私とよろしくするんだから!!」


 我先にと、勇者に挨拶を返すクラスメイト。

 秒毎に騒がしさが増してゆく中、勇者は落ち着いた表情でゆっくりと教室を一瞥いちべつ

 廊下側から窓側へ視線を移し、教室後方で隣の女生徒と仲良さげに会話している男の、その前の空席で視線を止める。


「先生、ボクの席はあそこですか?」


「えぇ、そうです。わからないことがあれば近くの生徒に聞いて下さいね」


「わかりました」


 教壇を降り、クラス中の視線とうっとりする溜息を一身に受け、勇者は自分の席へと移動。

 自分の席――彩人あやとの前の席に移動し、椅子に座る。


「勇者、これからよろしくな」

 後ろの彩人あやとがすぐに声を掛け、

「勇者君、何か困ったら遠慮せず頼ってね」

 といちごもあとに続く。


「それじゃあ、ボクから1つ頼みごとをいいかな」


「おう、何だ?」


 異世界出身の勇者から、転入早々の頼みごと。

 一体何だろうと興味津々で身を乗り出した彩人あやとに、今さっき出逢ったばかりの勇者が告げる。


赤羽あかばね彩人あやと、今すぐ犬神いぬがみいちごと別れて欲しい」


「……は?」

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