頼義、子四天王に出会うの事(その四)
「油断するな、一匹逃げたぞ!」
すでに三匹の鬼を斬り伏せた貞景が叫んだ。見ると、先ほどまで竹綱の相手をしていたもう一匹の蒼ざめた肌の鬼がいつの間にかすでに金平たちの手の届かぬ場所にまで遁走していた。
「ちっ!」と舌打ちした金平はそのまま手にしていた剣鉾を投げつけようとしたが、(届かぬ……)と読んで一瞬躊躇した。
「逃げる……!」
と一瞬頼義は叫びかけたが、突然現れた青白い光の柱に目を焼かれて思わず息を飲んだ。
光の柱は逃げる鬼の両脇にまるで門柱のように二つ伸び、その間を通り抜けようとする鬼の行く手を阻むように見えない壁が鬼をはじき返した。
「!?」何が起こったか理解できない鬼は
かと思うと全く別の場所……金平たちの立つ目の前にまた二本の光柱が現れ、その間から先ほど消失した鬼が転がり出てきた。十五間は引き離していたはずの敵が突然目の前に現れたことで鬼は完全に混乱した。もはや逃げることは諦め、理性を完全に失い生臭い
「にょほほほほ、これぞ
後ろから卜部季春の高笑いが響く。どうやら今のは季春の手による陰陽道の方術であったらしい。
よく見ると先ほど光の柱が現れた場所には「天蓬星 甲 六合」などといった符号の書かれた札が楔によって打ち込まれている。いつの間にこのような仕掛けを施したものか。
先ほどの戦いでは全く戦闘には加わらなかった季春だが、どうやら彼の役割は方術による後方からの支援であるらしい。適材適所、少数ながら実に理にかなった戦闘集団であった。
ふん、と気合を込めて金平が剣鉾を引き抜くと、蒼ざめた肌の鬼はやはり他の者と同じようにさらさらと音を立てて真っ黒な炭の粉となってその場に崩れ落ちた。
「やれやれだぜ」
などとため息をつきながら金平は剣鉾の穂先を拭ってから鞘袋に収め、乗り捨てた馬の所へ戻ろうと振
り向いたその先に、昼間出会った男装の美少女と目が合った。
「のわーっ!!な、なんでオメエがいるんだよこのヤロウ!」
「キャーッ!!おんなー!!!」
金平が言い終わる前にかぶせて、貞景が奇声を上げて後ずさりしながら年下である竹綱の陰に隠れて袖をつかんでいた。
「あ、あの……」
と頼義は言いかけたが
「
雷鳴のごとく怒鳴り散らす金平の前に、使部たちはすっかり恐縮してしまった。
「だだだだ、だから言ったじゃないかあ、絶対金平殿に怒られるってえ」
「だだだ、だってしょうがないじゃないかあ、この人がどうしてもついて行く、自分は内裏から全権を受けてここへ参っているのだーって左大臣様のお墨付きまで突きつけられたんだしぃ」
使部の若者たちは涙目でお互いに責任をなすりつけ合っている。よほど金平が恐ろしいらしい。
「き、金平殿、どうか使部の方々を責めないでやってください、これはこの頼義の一存、彼らに落ち度はございませぬ」
「オメエには聞いてねえよちんちくりん、昼間散々痛い目にあってわかっただろうが、とっととお家に帰りやがれガキんちょ」
「……ぬ、ぬわんですってえ!!」
ガキンチョだのちんちくりんだの好き放題言われて、さしもの頼義も腹に据えかねて怒鳴り返した。
「ち、ちんちくりんとはなんですか失礼な!それよりあなたの方こそ、昼間の決着どうつけてくれるんですか!?私、まだ『負けた』とは言ってませんからね」
「はあ!?何言ってんだテメエあれだけボロクソに投げつけられといてよくいうぜ、アレのどこが負けてないっていうんだよ」
「あーら確かに私はあなたにしこたまぶん投げられましたけどぉ、あなたに『ワタシ負けましたわぁ、金平さまって強くてステキー、きゃーはずかしー!』なんて一言も、ええ、ひとっっっことも言ってませんけどぉ!!」
「なぁ〜に負け惜しみ言ってやがるんだこのクソガキ、俺たちはなあ、お遊びでこんなことしてるんじゃねえんだ、これ以上ウダウダ抜かすんならもう一遍ぶん投げるぞコラ」
「上等だやってみなさいよデカブツ!小娘ひとり『参った』とも言わせらんないくせにイキがってんじゃないわよバーカ」
「なんだとお!」
「なによお!」
まるで縄張り争いで角を突っつき合わせている雄鹿のように鼻息荒く睨み合う二人。
「あのー、そろそろいいかい?」
竹綱が場にそぐわぬのんびりした口調で間に入った。血走った目で睨み返してくる二人に竹綱は
「もうみんな帰っちゃったけど」
と後ろを指差す。気がつけば使部たちはいつの間にか荷物を荷台に乗せてさっさと引き上げてしまっていた。貞景と季春もとうの昔に馬を引いて陰陽寮の役宅へ引き上げていた。誰もいなくなった羅城門の廃墟に、取り残された馬が三頭、うらうらと草を食んでいた。
「こ、これは失礼しました」
ようやく頭の冷えた頼義は今度は気恥ずかしさに顔を赤く染めながら竹綱に応えた。
「まあ、その、金平はバカだからああいう言い方しかできないけど、本当に僕らがやっている事は危険で命がけなんだ。悪い事は言わないから、もう僕らとは関わらないほうがいい」
竹綱は手綱を引きながら頼義に言った。
「あの、竹綱殿たちは、いつも、このようなことを?」
「そう、それが僕らに課せられた役職だからね」
「役職?」
「そう、僕たち『鬼狩り紅蓮隊』のね」
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