紅蓮隊は夜歩くの事(その三)

炎に照らし出されたその姿は、ヒトのようでいて、到底ヒトとも似付かぬものだった。



「鬼……」



頼義はつぶやいた。



「左様、鬼ですな。法を守らず、のりを尊ばず、世の理にすら従わない異界の化物」



そう言って季春は明かりが十分に確保できたのを見計らって光明真言を唱えるのをやめ、再び浄玻璃鏡じょうはりきょうに映し出された方位表らしきものを覗き込みながら



きのえひつじさるに回し……続いてみのとに向かって通す、と……」



などと独り言を繰り返している。


鬼、その異形の化物を頼義は初めて目の当たりにした。もとよりその存在は耳にしている。この世とは違う世界から来た、人とは違うもの。ただ貪り喰らい、人々に災厄を撒き散らす邪悪なるものたち。


人間が何百年という歴史の中で度々遭遇しては壮絶なる戦いと犠牲の果てにこれらを撃退していった、決して人とは相容れぬ存在。はるか神代の頃より、この国の歴史は彼らとの激闘の繰り返しによって積み重ねられて来たといっても過言ではない。


しかしその鬼たちも、二十数年前に丹波国で起こった動乱を叔父源頼光と四天王が鎮めたのを最後に姿を消したと聞く。その鬼たちが再び逆襲のときの声を挙げたというのか。


鬼は六匹、一際巨大な鬼を中心に周囲を囲むように様々ないでたちの鬼が牙を向いている。おそろしく腕の長い者、やたらと牙の大きな者、まるで血が通っていないのかというほど青ざめた者、本当に同じ生き物なのか疑わしいほど、彼らの容姿は統一性がない。


あるいはその角で突進し、あるいは青い炎を口から吹き出し、と様々な手段で紅蓮隊の三人を襲う鬼たち、その姿の恐ろしさにも目を見張ったが、頼義はそれ以上に金平たちの立ち回りの見事さに舌を巻いた。


金平は変わらず怪力でもって周囲を圧倒している。向こうの大鬼とも遜色ないほどだ。愛用の剣鉾と鉄塊が打ち合うたびにほの赤い火花が飛び散る。大鬼の援護に二匹の鬼が金平を襲撃したが、金平は一匹目の攻撃を片手で受けると、そのままその鬼の襟首をつかんで二匹目の鬼に向かって力まかせにぶん投げた。空中でお互いの角をぶつけ合った鬼はそのまま吹き飛ばされ、金平はその勢いを利用して反転し、再び大鬼に逆袈裟に斬り上げた。吹き飛ばされた二匹の鬼が大勢を立て直そうとしたその眼前に、渡辺竹綱が斬りかかった。


育ち盛りの身長にはやや大振りすぎる太刀を構えて、竹綱は二匹が大鬼と合流しないように絶妙な間合いで距離を詰めたり離したりして牽制する。少年の非力ゆえにとどめを刺すにはいたらないが、その若さに見合わぬ卓越した読みと駆け引きで、見事に鬼たちを分断することに成功している。


遠く離れた場所で孤軍奮闘する碓井貞景に至ってはなんと三匹同時に鬼を相手している。三匹とも貞景より身柄は大きく、持つ得物も長く重い。それでいて貞景は一向に不利な様子を見せていなかった。手にした自分の背丈ほどの長さの小薙刀を巧みに振るって、襲いかかる金棒を受け流し、突き刺さる角を絡めとり、留守になった脇元を抜け目なく突く。正確無比な剣技と流れるような体捌きで、貞景はごうほどの乱れもなく三匹をいなしていた。あの若さにしてすでに完成された「武」を身につけている、一体どれほどの修練を重ねればあの境地にまでたどり着けるのだろう。


頼義は遠くで見守りながら貞景のその超人的な強さにただ魅入られるばかりで、恐れも忘れて「美しい」とさえ思った。


人の何倍も力が強く、凶暴で残逆。頼義は「鬼」をそういった「恐ろしいもの」として小さな頃よりその存在に怯えてていた。屋敷の女房たちから「いい子にしないと鬼が来て食われておしまいになりますよ」などと叱られた時は、恐ろしさのあまり一晩中父親の側から離れられなかったものだ。


その鬼たちに真っ向から立ち向かい、ものの見事に奮戦を繰り広げている、そんな人間がいようとは!頼義は今まで見たことも経験したこともない異次元の世界に放り込まれてしまったような感覚に襲われた。


鬼たちも紅蓮隊の三人もまるで疲れることなどないかのように延々と剣戟を繰り返していたが、ついに均衡が破れた。


裂帛れっぱくの気合とともに金平が剣鉾を振り下ろし、大鬼の左腕を斬り飛ばした。大鬼はその勢いで一旦後ろへ身体をよろめかせたが、すぐさま身を起こして残された腕で怒りとともに鉄塊をめったやたらに振り回した。二歩、三歩と後退した金平は、どん、という音とともにやはり劣勢気味になって押されてきた竹綱と背中合わせになった。一瞬動きを止めた二人を見逃さず、大鬼が渾身の力を込めて鉄塊を振り下ろした。


その一撃こそが二人の目論んでいた一撃だった。二人は合わせた背中をくるりと反転させると鉄塊が激突するすんでの所で互いの背中を離した。二人がいたはずの場所を素通りした鉄塊は、同じく竹綱を追い詰めようとにじり寄ってきた鬼の一匹の脳天を叩き潰した。頭を砕き、胸元にまで鉄塊をめり込ませた大鬼の隙を、今度は金平と竹綱が逃さなかった。


とらつぐみのように甲高い嬌声を発して竹綱が大鬼の右腿を切り裂く、その動きを止めた一瞬のうちに、金平が横殴りに大鬼の太い首筋を薙ぎ払った。一刀のもとにその首を切り飛ばされた大鬼は仁王立ちのままピクリとも動かなくなり、やがて不思議なことにさらさらと音を立ててその体は真っ黒な炭の粉となって風に飛ばされていった。

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