紅蓮隊は夜歩くの事(その二)

羅城門らじょうもん朱雀大路すざくおおじの南端、都に入る最初の玄関口となる。かつては二階建ての朱塗りに輝く威容を誇っていた大門も、二十数年前の大嵐により倒壊した後は再建もままならず、むき出しの残骸を今も野ざらしのまま放置されている。


もっともそれ以前も長らく続く財政難の煽りを受けて補修もろくに行われず、都への出入りを管理する役人も配置されることはなくなり、都の全周をぐるりと囲んでいた白壁も所々崩れ落ち、かつての城塞都市の正門としての面影は微塵もなくなっていた。


今「羅城門」と言えば、打ち捨てられた人間の死体を野犬がむさぼり食らう人外の境界として誰も近づかないような場所であった。


その羅城門に、なにやら人影らしきものがある。身の丈も風態も様々な、何か「ヒトのようなもの」であった。それらはそれぞれ好き勝手に動き、暴れ、騒ぎ立てていたが、それでいて全体で見渡すと一種の生命体のような不思議な規則性を持って動いていた。


やがて、てんでバラバラに動いていたその一団は次第に一定の方向に向けてゆっくりと移動を始めたようだった。北の方角、帝のいる大内裏に向かって。


その一団の進む先に、大槍を構えた「金平」こと坂田公平が立っていた。「ヒトのようなもの」たちは金平の存在など一向に気にすることもなくずるりずるりと進軍を続けた。



「テメエらあっ!!」



金平が吠えた。



「また性懲りも無く来やがったか、今日こそはお前ら全員一人残らずブチ殺してやらあ!!」



長い雄叫びを残して、金平はその一団に向かって突進して行った。金平の持つ長物は普通の槍の穂先に斧のような大きな刃とくの字に曲がった鉤爪がぶっちがいに交差している。突き、斬り、払う、あらゆる動作を可能にするその剣鉾は、金平が父坂田金時より譲り受けた業物わざものだ。その凶悪な武器が、金平の剛力でもって勢いよく振り回される。


その一振りで彼らの動きが止まった。ひと薙ぎで先頭を歩く者の頭を吹き飛ばされた彼らは、ようやく目の前にいる人間を脅威だと認めたようににわかに殺気立った。それぞれに人も獣ともつかぬ唸り声を発し、一斉に金平めがけて飛びかかろうとした刹那、



莫迦ばか、突出しすぎだ、灯りが到着する前におっ始めるヤツがあるか!」



そう叫んで、碓井貞景と渡辺竹綱が馬上のまま切り込んで行った。


二人の突撃により敵の一団は二つに分断され、その隙間に割り込んだ金平が縦横無尽に剣鉾を振り回す。まるで竜巻のように周囲を吹き飛ばしながら暴れまわる金平に、なおも彼らは怯むことなく襲いかかった。



「油断めされるな、もう一匹おるぞ金平!」



そう叫んだのは羅城門のただ一つ残されていた大柱のてっぺんに胡座あぐらをかいて浄玻璃鏡じょうはりきょうを覗き込む卜部季春であった。


とっさに金平は側転し、羅城門の残骸に背中を預ける。先ほどまで金平のいた場所に巨大な鉄塊が叩きつけられていた。先ほどの一団とは別にもう一人いたらしい。他の者とは比べものにならぬほど巨大なその影は辺り構わずに持っていた鉄塊を振り回した。


竹綱と貞景も馬を降りて抜刀し乱戦に加わる。それでもその巨大な影はおかまいなしに暴れまくった。



「むう、後発隊は何をしとるのじゃ、灯りが足りねば戦況は不利ですぞ〜」



そう言いながら季春は大日如来の光明真言を唱えては蛍のような小さな灯りを飛ばして少しでも暗さによる劣勢を補おうとする。そこにようやく



「荷駄隊、篝火かがりびをたけ!」



澄んだ響きで指示を飛ばす声を合図に、羅城門の背後から一斉に松明が灯された。人の丈ほどもある大松明は一斉に燃え上がり、闇の中で争っていた金平たちの姿が煌々と照らし出された。その彼らの姿を見て、すゞ子こと源頼義は声を失った。



「おおっ、ようやく来たか……って、あれ?」



待ちわびた後発部隊の到着に胸をなでおろした季春は、そこに昼間遭遇した男装の少女の姿を見つけて目を丸くした。



「いやいやいや待って待って待って、なんでキミがいるのかなー!?」



季春は柱から降りて来て頼義に詰め寄った。



「ダメじゃな〜い、勝手にこんなトコまでついて来ちゃ。っていうか荷駄隊何やってんのよ部外者連れて来ちゃマズイでしょアウトでしょ厳罰ものよおしりペンペンよ〜!ってあらやだなんであたしオンナのコしゃべりなのよ〜」



頼義は季春の狼狽ぶりには目もくれず、目を見開いて金平たちの戦いを凝視していた。



「季春どの……あれはいったい、何……ですか」



頼義の視線の先には金平たちが刃を交えている「彼ら」の姿が篝火に照らされてはっきりと映し出されていた。赤黒い肌、突き出た角、爛々と光る眼、無数に生えた牙……。


それは、人の姿ではなかった。

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