頼義、子四天王に出会うの事(その五)

「え!?」


「えっ!?」


「ん?」



三人は思わぬ貞景の発言に目を見開いた。頼義も貞景の突然の豹変ぶりに一瞬反応が遅れた。



「あなた様こそは我が仕えるにふさわしき主人あるじ。この貞景、十万億土の彼方までもお供いたしますぞ。全てはあなた様の思うがままに……」


「は、はあ……えっ?」



流石さすがに貞景の尋常ならざる豹変ぶりにただならぬものを感じた頼義は、思わず後ろへ身を引いた。それに合わせてなお貞景がにじり寄る。



「あ、あの」



頼義の顔が戸惑いと寒気に蒼ざめる。



「さあ、ご命令を。頼義様……」


「なに巫山戯ふざけてるんだよ、悪い酒に当たったか」



後ろにいた竹綱が軽口を叩いた。するとそれを聞いた貞景が竹綱の方に振り返った。



「貴様、頼義様に楯突くものか……?我が主人様に従わぬ者は……斬る!」


「!?」



貞景が静かに太刀を抜いた。それまでのんきに構えていた竹綱の目にも緊張が走った。



「いいい、いかん竹綱氏、は本気でござるぞ!貴殿も刀を抜け、死ぬぞ!」



季春が慌てて叫ぶ。



「え!?でも……」


「竹綱!!」



狂気の光をその瞳に宿した貞景が刀を振り下ろそうとした刹那



「なにやってんだテメエは!!!!」



大男が後ろから貞景の頭をどつき倒した。目にも留まらぬ高速で振り下ろされた拳は貞景の脳天を直撃し、貞景はそのまま頭を床板へめり込ませた。何という馬鹿力だろう、普通死ぬ。


それでも貞景はしばらくの間沈黙したものの、すぐさまと起き上がった。この男の頑丈さもまた尋常ではない。



「お……おう?俺はいったい、何を……」


「それはこっちのセリフだボケ、一体どういう了見だよ」



大男が問いただす。



「わからん……ただ、コイツと目を合わせた瞬間『この者に従いたい』というか、いや『』という思いに駆られてしまい……すまぬ、そこから先はよくわからない」



そのまま、貞景は思い込むようにうずくまったまま黙り込んでしまった。長い沈黙が続いた。



「……」



頼義にも何が起こったのかまるでわからない。しかし、頼義はなぜか遠い記憶を、何か「イヤな思い出」を心の底からすくい上げられたかのような不快な気分に満ちていた。



「ほうほうほう、ふむふむ。まさか……いやまさかのう」



季春は何やらひとり合点がいったような、いかぬような不思議な顔をしていた。そして



「金平氏、今のはどう思うかのう」



と大男に聞いた。



「そんなの知らねえよ。それに俺は『金平きんぴら』じゃねえ、『公平きみひら』だっつーの。いいかげん覚えろ」


「金平」と呼ばれた大男は不機嫌そうに言い捨てた。頼義はその名を聞いてはたと思い当たった。



「あの、もしや貴殿はかの『坂田さかたの金時きんとき』様のご縁の方でございますか?」



それを聞いて大男の顔はいっそう不機嫌になった。なぜ不機嫌なのかはわからぬがどうやら図星であるらしい。



「左様、これなるは近衛府このえふ将軍坂田金時公がご一子、金平殿でござるぞ〜」



季春がおどけた調子で紹介する。



「なんと、あの武勇の誉れ高き坂田金時様のご子息殿であらせられたとは……!」



現在近衛府に出仕している坂田金時卿は頼義の父頼信とかつて検非違使けびいし庁で同職にあった間柄であったためよく知っている、その嫡男公平のことも父から少し話を聞いていたように頼義は記憶していた。



「ん、あれ?と、いうことは『四天王』……?あれ?」



坂田金時、四天王という言葉を口にした瞬間、頼義の頭の中で次々とあらゆる事がつながっていった。



「坂田、渡辺、碓井、そして卜部……も、もしや皆様方は」


「そう、『頼光四天王』の息子たちってこと」



竹綱がぶっきらぼうに言った。


「頼光四天王」!もう一度口にして頼義は改めて心を躍らせた。叔父源頼光と彼に付き従う四人の英雄豪傑、かつて丹波国大江山に陣取る悪鬼を誅戮ちゅうりくし、また土蜘蛛つちぐも国栖くず宗像むなかた八束脛やつかはぎといった「まつろわぬ者」たちと血で血を洗う大戦を繰り広げ、これらを平定した伝説の武人たちである。


頼義もまた「すゞ子」と呼ばれていた幼少のみぎりより彼らの活躍は伝説として寝物語に耳にしていた。特に大江山の鬼神退治の物語は、父頼信に何度も繰り返しねだったほどに大好きな「お話し」であった。



「そなたが男子であったならのう」



と父親が軽口に言うほどに、すゞ子は彼らの冒険譚をいつも目を輝かせて聞いていた。大きくなったらあの方々のような立派な武人になりたい、幼いすゞ子にいつしかそのような思いを抱かせたのも、他ならぬ「四天王」の存在だった。


その彼らの息子たちが今目の前にいる、しかもいずれも父親に引けを取らぬ立派な武人として!(若干一名については考えないことにした)



「なんという、なんという奇縁なのでしょう!かつて我が叔父源頼光公の忠臣として都に其の者ありと謳われた四天王、そのご子息殿たちとこうして巡り会うことがかなうとは……この頼義、光栄の極みにござりまする!」



あまりにも大仰に感動する頼義の態度に、四人の態度もいささか押され気味になってきた。平素周りから不良よ悪童よと鼻摘まみにされてきた自分たちにこれほどまでに敬意をあらわにするものの存在は、彼らの心を幾分か和らげることに成功しているようだ。しかし



「そりゃどうも。だが悪いな。やっぱりお前さんを俺たちの頭として認めるわけにはいかねえ」



金平は冷たく言い放った。

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