頼義、子四天王に出会うの事(その四)

「うひゃあ?」



頼義は思わずおうむ返しに言ってしまった。



貞景は比喩ではなく本当に十間近い距離を文字通り脱兎のごとく飛びすさり、御簾みすを突き破って庭先に植わっている桜の木のあたりまで転がり込んでしまった。初夏のこの季節の桜は青虫毛虫の良い寝床である。勢いよく桜の根元に激突した貞景の頭上に、はらはらとそれらが落ちていった。



「あわ、あわわわ」



先ほどの物静かで怜悧れいりな面影は微塵もなく吹き飛び、わけもなく周章狼狽している貞景を、頼義はただあっけに取られて見ているだけだった。



「あー、貞景氏、いくら女性アレルギーと言ってもそこまで過敏に反応することはないでござろうよ〜」


「あ、あれる?」



どうもこの季春の使う言葉は独特すぎて意味が理解できない。方術士特有の隠語か専門用語なのだろうか。



「この貞景殿はですな、女性が極端に苦手でござってな。女性に近づかれるだけでこのように精神の均衡を著しく失調してしまいましてなあ。まして女性に触れられでもしたらもう大変、身体中に蕁麻疹ジンマシンが出てそりゃあもう地獄の様相を見せるのでござるよ」


「はあ……はあ?」



そりゃあ世に女性の苦手な殿方もいよう、もっとあからさまに女性を下に見、蔑むような心得違いな者もいよう、竹綱のように年若く女性のあしらいに慣れておらず扱いがぞんざいになる者もいるだろう。しかし触れられただけで蕁麻疹が出るなど、そんな莫迦ばかなことがあるはずもない、いくらからかうにしても人を虚仮こけにしすぎている。



「お疑いになるのも無理はありませぬな、試しに実際触ってみればおわかりになろう」



季春がニヤニヤとして勧める。竹綱は「おい季春やめとけ」とたしなめるが、大男の方は相変わらず背を向けたまま寝転んでいる。


なんだか自分までが莫迦にされているようでしゃくに障った頼義は庭に出て貞景の方に向かって行った。貞景は動揺した己を取り戻そうと立ったまま素振りをしたり瞑想をしたりと奮戦していたが、頼義はその貞景の腕をむんずと掴み、小脇にそっと抱えてみた。



「……」



何も起こらない。やはり自分はからかわれたのだと季春を非難しようとした時、本当に貞景の全身にものすごい勢いで赤い発疹が現れた。



「え、ええーっ!!」


「かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいいいい!!」



身体中に発生した蕁麻疹の痒さに耐えかねて、貞景は庭内でもんどり打った。


頼義はその様を眺めながら呆然としてしまっていた。まさか本当にここまで女性に対して物理的に免疫のない人物が存在しようとは。そんなに女が嫌いかコラ。というか今までどうやって生きてきたんだこの人は、と余計な心配までしてしまう始末であった。



「あーはいはい貞景氏大丈夫でござるよ〜、はい、オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ、オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ〜」



季春が何やら呪文らしきものを唱えると、あれほどもがき苦しんでいた貞景はみるみる落ち着きを取り戻し、全身の蕁麻疹もあっという間に引いていった。



「ぜえっ、ぜえっ……す・え・は・る、きさまぁ〜!!」



よほど全身の力を使い果たしたのか、気息奄々と季春を追いたてる貞景。やがて気を取り直し



「と、とにかく、俺は女人にょにんの上官など真っ平ごめんだ、女なんぞ剣の修行の妨げでしかない、早々に帰られるがよい」



にべもなくそう言い捨てて、貞景もまたくるりと背を向けてしまった。結局のところ、頼義は四人のうちのたった一人の賛同しか得られなかったことになる。


男子として生きるとは決めたものの、それでも自分が女性であることから生ずるであろう困難は多少なりとも覚悟はしていたつもりであったが、出だしからこのようにつまづくようではこの先が思いやられる。なにより無理を言ってここまで便宜を図ってくれた左大臣殿に申し開きが立たない。


ここで引き下がるわけにはいかぬ、頼義はくじけそうな心を今一度奮い立たせ、なおも貞景たちに迫った。



「イヤです、と言われてハイそうですかと帰るわけにはまいりません。私も帝の正式な綸旨りんじをもって任じられた身です。お三方に私のことをお認めいただくまではこの頼義、一歩も動きませぬ!」


「断る」



貞景が拒絶する。



「そこをなんとか」



頼義はなおも追いすがる。



「くどい!」


「お願いします!」



逃げ回る貞景を追いつつ、とうとう回り込んだ頼義はキッと力を込めて貞景を見つめた。


すると一瞬、貞景の身体が石のように固まり、目を虚ろに泳がせた。そして……



「いいよー」



とあっさり応えた。

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