頼義、子四天王に出会うの事(その三)

「わっ」と思わず頼義は怯んで身を縮めた。イタチ顔の男はニンマリと破顔してつぶやいた。



「ムホッ、男装の美少女とのツーショットとはレアシチュな画像をゲットしたでござるぞ〜、早速待ち受け画面にするでござるよ〜」


「な、な、な……」



頼義は自分が何をされているのかもさっぱりわからず、先ほどの怒りや恥辱もすっかり萎えしぼんでしまった。大男の方も余計な茶々を入れられたせいで毒気を抜かれてしまい、振り上げた拳のやりどころに窮してそのまま「ふん」と一息荒く鼻を鳴らした後、再びゴロリと背を向けて転がってしまった。


呆気にとられている頼義にイタチ男が先ほどの手鏡のようなものの表を見せた。



「なかなか可愛く撮れているでござるぞ〜、SNS映えするでござるなあデュムフフフフ」



手鏡にはいかなる魔法か、先ほどの頼義とイタチ男の姿が鮮明な像となって映し出されていた。



「あっ、こ、これは!?」


「これこそは我が卜部うらべ家に伝わる秘宝『心眼しんげん浄玻璃鏡じょうはりきょう』でござる。遠くにあるものを映し、今あるものを映し、かつてあったものを映す、問われれば答え、欲すれば供する。およそ人が思い描く望みのことごとくを映し出し、それをかなえる神仙異界の宝具にござる」


「は、はあ」


「拙者は『スマホ』と呼んでいるでござる」


「すまほ?」



ますます意味がわからない。なるほど確かに玻璃ガラスの鏡には違いないが、どのような魔術でそのようなことが可能なのか、頼義には想像もつかない。



「で、では貴殿は陰陽師、方術士のたぐいのお方でありましょうか」



頼義は男に問う。方術士とは吉凶を占い、陽気を導き住居や都市の運気を呼び込む魔術師達のことである。道教、仏教、仙道など古今のあらゆる秘術、魔術を取り込んだ超自然的能力を駆使する異能力者たちの頂点に君臨するのが、ここ大内裏おおだいり陰陽寮に従事する帝直属の方術士たち、いわゆる「陰陽師」なのである。



「然り、拙者こそはこの陰陽寮にて史生役ししょうやくを務め、また兵部省衛士小隊『紅蓮隊』の頭目である……」



言い終わらないうちに三方から男に向かって本やら酒瓶やら小刀やらが飛んできた。



「誰が頭目だ誰が!」



三人の怒声が響く。イタチのような顔の男は驚きながらも慣れた手つきでひょいひょいと飛来物をかわしていく。どうやらこのようなやり取りは日常茶飯事のようである。



「のわっ!貞景氏、刃物はいかんでござるよ刃物は」


「ちっ」



貞景と呼ばれた目つきの鋭い男は一言言い捨てると再び座禅を組むかのように静かに座りなおし、そのままおとなしく黙りこんだ。イタチ男へ向けた殺意が本気なのか冗談なのか、まるで読めない。



「おほん、まあ、あんなデカブツやら三白眼どものことは放っておいてよろしい。拙者は貴殿の隊長ご就任を心より歓迎いたしますぞ〜。なにせこんな美少女のもとで仕事ができるなぞ元気百倍極楽浄土、拙者の股間も最高潮フルヘッヘンドでござるぞムフフフフ」


「どうしようなんかやだ」



思わず頼義は本音をつぶやいてしまった。イタチ男はそんなことを意にも介せず



「申し遅れましたな、拙者は卜部うらべの季春すえはる、先ほども申しました通り陰陽寮と兵部省を兼務している方術士でござる」



季春と名乗った男は、続いて部屋の隅でてんでに寛いでいる他の男たちを勝手に紹介しだした。



「まずはこの男、うちらの中では一番の優等生でござる。兵部省の最優秀学生にして時期『渡辺党』総帥候補生であるスーパーエリート、渡辺わたなべの竹綱たけつな氏」


「……よろしく」



過剰に褒め上げられたせいか、少しはにかみながら読書中の少年が小さく挨拶した。他の三人よりはいささか年が若い。頼義と同い年くらいであろうか、身なりも小綺麗でまだ下ろしたてのようである。おそらくは頼義と同じくまだ元服したばかりなのであろう。その竹綱が少年らしい初々しい声で言った。はて、頼義にはこの少年に、どこか見覚えがあるような気がしたが思い違いであったか。



「その、僕は別に君が隊長でもどうでもいいんだけど、今は勉強の最中なんで、その、邪魔しないでもらえるかな」



物腰は丁寧だが、あまり話しかけては欲しくなさそうである。


「渡辺党」のことは頼義も父から聞いたことがある。淀川の河口にある渡辺みなとを拠点とし、近年都への海運や流通を守護する役目をもって大いに勢力を強めている嵯峨源氏を祖とする新興の武家一族だという。


さて、つまりその跡取り候補ということは……



「僕のことはいいから、ほら、他の人を紹介してあげなよ」



そう言って竹綱は背を向けてしまった。頼義は仕方なく背中越しに会釈すると、それでも竹綱は気恥ずかしそうに首を振るだけだった。もしかしたら、少年らしく慣れない女性との会話に照れているだけなのかもしれない。


続いて季春は先ほど自分に小刀を投げつけた目つきの鋭い男の元に向かった。



「これなるは碓井うすいの貞景さだかげ殿。武芸者としては贔屓目なしに当代無双、若き身でありながら間違いなくこの都最強の御仁でござるぞ」



定景は会釈もせずにジッと頼義たちを見据える。まるで今季春の言ったことはさも当然であるがのごとし、と言っているようだ。


一言も発さず冷徹に見つめられ、多少物怖じした頼義だが、それでも意を決して挨拶をしようと貞景に近づこうとした瞬間



「うひゃあっ!」



と言って貞景が十間近く飛び退いた。

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