頼義、子四天王に出会うの事(その二)

受付の若者に案内された頼義は陰陽寮の宿舎の中を歩いて行った。


陰陽寮とは内裏にあって天の九星、地の八卦を観察し、また卜占をもって吉凶を占い、帝のまつりごとを補佐する役割を請け負う部署である。時には帝や貴人の病気平癒のため、あるいは鎮護国家のために加持祈祷などを行い、さらには世を悩ます悪鬼怨霊や魔性の者どもを実力行使で退治することなどもある。


兵部省ひょうぶしょうが言わば「人」に対する守りの要衝であるならば、ここ陰陽寮は「見えざるもの」に対する守りの中心であると言っていい。


ただし先ほどの受付の若者の言から察するに、それ以外にもなんとも胡散臭い事業に手を出しているようではある。


代々陰陽頭おんみょうのかみを受け継いでいる賀茂氏が取り仕切っていた頃は取り立てて目につくような部署でもなかったのだが、現在陰陽博士を務めている安倍吉昌卿の父君に当たる大陰陽師安倍晴明が先帝花山院の御病気を加持祈祷により平癒させたこと、那智の天狗衆を退治した功績などにより急速にその存在感を強めて行き、今では「何か困りごとがあればまず晴明ををたずねよ」と言われるまでに勢力を伸ばしている。


その晴明翁は齢八十をこえてなお意気軒昂、今だに現役の陰陽師として宮中にも大いに幅を利かせているという。聞くところによると、晴明は狐の怪生けしょうの子として生まれた半人半妖の者とだという。


仮にも武人たる兵部省の役人の端くれたる「紅蓮隊」の方々が、なぜにかような怪しげなところに居座っているのか頼義はいぶかしんだが、そうこうしているうちに彼らがたむろしているらしき一室に到着したようであった。



竹綱たけつな貞景さだかげ金平きんぴらうじ〜、入るでござるよ〜」


のんきにそう言って受付の若者は戸を開いた。六畳ほどの薄暗い部屋の中に、三人の男が寝そべったり綴本とじほんを読んだり、好き勝手な格好でくつろいでいた。


板床には昼間だというのに茶碗に満たした酒が並び、朝市で買い叩いたとおぼしき干魚や果物が無造作に転がっていた。


部屋の中頃には双六すごろくが開かれ、駒やさいころが散らかっていた。小銭も積まれているところを見ると、どうやらこれで賭事に興じていたものらしい。


三人は入ってきた頼義に気づき、しばらくの間この男装の少女を胡乱うろんな目でジロジロと眺めていたが、やがて寝そべっていた大柄の男が一言



季春すえはる、なんだこのガキは」



とぶっきらぼうに言い放った。



頼義は一瞬、この男のあまりにも傍若無人な態度にムッとして顔をしかめたが、それでも武人としての威厳を損なうまいと深呼吸をして心を落ち着かせた後、こう言い放った。



「私は源朝臣あそん頼信が一子、王代丸おうよまる頼義と申します。この度、左大臣藤原道長様より命を受け、そなたたち衛士小隊『紅蓮隊』の隊長に任命されました」



一瞬、ぽかんとした沈黙が続いた。四人の視線が自分に集まって頼義は緊張のあまり身を固くする。するとやがて



「どわーはっはっはっはっは!!!」



という四人の笑い声が部屋中に響き渡った。



「おま、おま、お前が、俺たちの隊長だあ?お前みたいなチンチクリンのガキんちょが!?」


「きき、金平、笑っては失礼じゃないか、ぷ、この子は真面目に言って、ぷぷぷ」


「こ、これは前代未聞でござる、大草原不可避でござる」


「……、……!!」



信じられないほどの大仰さで笑い飛ばされた頼義は、ついに堪りかねて叫んだ。



「な、何事ですかこれは!人が真面目に話をしているのにその態度、無礼にも程がありましょう、それでもあなた達は誇りある帝の臣下ですか、恥を知りなさい!!」


「うるせえ、クソガキ!!」



大男がそれまでの笑い声を吹き飛ばすようなさらなる大音声だいおんじょうで怒鳴った。



「ここはなあ、お前みたいなお嬢ちゃまが遊び半分で来るような所じゃねえんだよ、とっとと帰ってお人形遊びでもしてな」



一時はその怒声に押されて身を引いた頼義であったが、大男の雑言に再び怒りを取り戻し



「お嬢ちゃまとは何です!私は確かに女の身の上ですが、道長様の取り計らいにより帝より正式に男子として、命を受けてここにおります。今の言葉は私に対する侮辱であると同時に帝への侮辱も同然です。撤回しなさい、でなければ上司である責務としてあなたをここで処断いたします!」



頼義は太刀に手をかける。怒りのためか、刃を抜く恐怖のためか、その手は激しく震えている。



「ああーん?俺を斬るかあ?上等だやってみろゴルァ!!」



大男が仁王立ちになる。大きい、六尺(約180センチ)は優に超える偉丈夫である。存外に細身だが肩幅は広く、もとどりを結わずに伸び放題の頭髪は所々に茶や銀色が混ざり、さながら野の獣のようである。


頼義は刀に手をかけたものの、まるで人喰い熊に遭遇したかのような威圧感に圧倒されていた。それでも震える膝をどうにか押さえつけ、なけなしの勇気を振り絞って、頼義はいざ、鯉口を切った。


その瞬間



「はい、チェキ〜」



最初に部屋を案内してきたイタチ顔の男がおもむろに頼義の脇に並び立ち、なにやら手鏡のようなものを自分達に向かってかざした。その刹那、手鏡が激しく光り、蔀戸しとみどを絞るようなバシャリという音が響いた。

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