第21話 見えない敵

 話を戻そう、と。

 浅利将臣は一同を見渡して神妙につぶやいた。

「神隠し云々の真相は、どうせ当事者たちにしか分からない。恨み恨まれのことだっていまここで話したってしようがないことだ。一番聞くべきはどうやら並木くんのようだしね。──」

 言いながら、彼は藤宮の顔をちらと見る。見られた麗人はウンウンと大きくうなずいた。

 泰全は妙な居心地のわるさを覚えつつ、つられてちいさく同意を見せる。

「?」

 ただひとり話について来られていない男、黒須景一。彼はキョトンとした顔のまま三人の顔を見回すと、やがて視線の着地を浅利に定めた。

「で、いったいなんの話だい?」

「────景一さんに関係があるのは、もうひとつの方です。亡霊の話」

「ああ、気になってたんだ。はやく話してよ」

「どいつもこいつも、順序立てた話し甲斐のねえやつらですねほんとに」

 と凶悪な顔つきでつぶやいてから、浅利はもうひとつの話を始めた。


「ここ加住村は戦後、高度経済成長期を経た頃から過疎化が顕著になってきたそうです。おそらくその頃にはもう槙田くんの親御さんもこの村にいたんじゃなかろうかな──君が生まれた頃にはだいぶ過疎化も進んで、行政から合併の話も出てきていたらしい。当時の村長──神主かな──も、その話にはずいぶん前向きで、頻繁に外部の人間を招いては村の現状を説明して回っていたそうで」

「いちいちもったいぶるヤツだな、おまえは!」

「うるさいな、少し待て。いまから話す」

 と、浅利は心底嫌そうな顔をしてから一同をゆっくりと見渡し、やがて泰全で目線を止めた。

「ここからは少し──槙田くんには関わりのないことかもしれない。けれど、おれたちのなかで少し共有が必要かもしれないから、話すよ」

「う、うん」

「いまから十数年前。民間の、地域振興を生業とする団体が接触してきたという記述があった。詳細はとくに書かれていなかったんで、具体的にどういう組織かは分からない」

 彼の声色がワントーン低くなる。

 ここからが本題なのだ、とおもった。

「いったい──どこから、嗅ぎつけたのか。彼らは加住村の祭が観たいと言ったそうな」

「祭? 緖結び神楽のことかい」

「ああいや、緖結び神楽を奉ずる鎮魂祭の方じゃありません。彼らが観たがったのは──来迎祭だと」

「来迎祭?」

 景一の声が揺れた。

 来迎祭という名は、合流した際、景一からの報告で聞いた。しかし古くは村に住んでいたはずの泰全に聞き覚えがない。

 こちらの疑問を横目に、浅利は続けた。

「来迎祭という名は、先ほど景一さんの報告にも出てきましたね。彼らはどこで聞いたか、来迎祭が『還ってきた死者を迎えてしばしの再会を楽しむ祭である』ことを認識していた。──その組織というのが、有栖川地域振興財団です」

「あ──」

 有栖川?

 と、景一が眉をひそめる。

 泰全にはなんのことやら分からない。対面に立つ藤宮の表情も変わらない。先ほど彼が言ったとおり、ろくに見えない目に代わってその耳がなにかを聞いたのだろうか。

 浅利はつづけた。

「彼らはその来迎祭が、自身らが力を入れるプロジェクトの意義と似通っていると主張したそうです」

「プロジェクト」

「ええ」

 空気が、

「しかし記述に出てきた直後から、その団体についていっさいの記述がなくなっていた。何者かによって隠滅された痕跡がありましたから、いつかのタイミングで検閲でも入ったのかもしれませんね。けれどギリギリ書いてありましたよ。プロジェクト名は」

「おい──」

 景一の顔が歪んだ。

 ひりつく空気を前に、泰全はごくりと喉を鳴らす。

 浅利はつぶやいた。


「──R.I.P」


 ガタン。

 景一がよろける。

 見れば浅利の顔もわずかに強ばっている。

 好奇心が勝った。泰全が、浅利を見る。

「それは──なんなの? R.I.Pってどういう」

「分からない」

「え、?」

「分からないんだ。おれたちはまだ、彼らについて何も──何ひとつ分かっちゃいない」

「────」

「だから胸糞わるいのだ」

 唐突に、藤宮が言った。

「ねえ、ケイさん」

「…………」

「アンタいったい──何を敵に回しているんだ?」

 泰全はなにも知らない。

 知らないが、一つだけわかることとしたら、この場の空気が噎せるほど重苦しいことくらいだろうか。

 問われた景一がぐっとくちびるを噛みしめたとき、ひょいと藤宮の手があがる。

 浅利の眉がきゅっと吊り上がる。

「どうした」

「あっちには何がある?」

 長い指をピッと伸ばして藤宮は問いかけた。

 半ば迷宮に近いこの屋敷の一室が、いったいどこなのか泰全には見当もつかないが、意外にも黒須景一が口をひらいた。

「神社──じゃないか?」

「そっちから音がする」

「えっ」

 音。

 この屋敷の深層にいるというのに、外の音が聞こえるものか。

「行くぞ」

「おい、恭太郎」

「トンテントトトン、ドンシャララ──キミたちが聞いたのはこの音なのだな」

 やはははっ、とわらいながら。

 藤宮が颯爽と部屋を出る。


 嗚呼──神楽だ。

 鎮魂祭がはじまるのだ、とおもった。

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