第2話 家

「ええと、涼香もこのマンション?」


「う、うん」


どうやら同じマンションだったらしい。

まあ学校から近いし、こう言うこともあるんだろう。きっと知らないだけで他にも同じ学校の生徒が住んでるかも知れないし。


「俺が開けるよ」


そう言って鍵を取り出し、オートロックを解除した。

エレベーターホールに行き上行きのボタンを押すと、一階に止まっていたらしく一番端のエレベーターの扉が開いた。

エレベーターに乗り込み涼香に何階か尋ねる。


「涼香何階?」


「六階」


「え」


「え?」


「いや、俺も六階だから……」


まさか階まで同じとは。

ここで、同じ階に「花咲」と言う名前の表札があったか思い返すが無かったように思える。


「ここ」


そう言って涼香が足を止めたのは、まさかの俺の隣の部屋だった。でも確か、隣は「藤田」とかだったと思う。

実際に確認をすると確かに「藤田」となっている。


「ここ?」


扉の横にある表札を見ながら問いかけると


「そうだよ。あ、藤田ってのは親戚の家なのここ。高校の間だけ色々あってここで住んでるの」


「そうだったのか」


高校の間だけ、と言うともう二年以上になるがよく今まで会わなかったもんだな。


「遥輝くん隣だったの!?」


俺が立っている部屋の表札を見て涼香が驚いていた。


「気づかなかったのか?」


「私いつもあっち使ってるし」


そう言って涼香が指を指したのは、俺たちが使ったエレベーターがあるのとは逆の方向。

このマンションは横に広いためエレベーターが両端に設置してある。

俺と涼香の部屋は丁度全体の真ん中辺り。俺はいつも時に理由は無いが右のエレベーターを使ってるが、涼香は左のエレベーターを使ってるらしい。


「そっか」


「うん」


「じゃあ」


「うん、また明日」


そう言ってお互いに鍵を開け、家の中に入って行った。


「ただいまー」


と言っても誰かが返事を返してくれる訳では無い。

母親は俺が中学生の時に病気で他界し、父親は自分の母親、つまり俺の父方の祖母の世話をするためにしばらく実家に帰っている。たまに帰ってきたりするが祖母は寝たきり状態なので、そう簡単に帰っては来れない。むしろ俺が会いに行っている回数の方が多いくらいだ。

従って、実質一人暮らしみたいな生活を送っている。

とは言え、仕送りはしっかり貰っているので特に困ったりもしていない。


帰ったらまず洗濯物を取り込む。学校に行く前に干しておいたのだ。


ベランダに出ると隣の部屋のベランダに涼香がいた。


「……さっきぶりだね」


「そうだな」


「何してるの?」


「洗濯物取り込もうとしてたんだよ」


「へえ、偉いね」


「まあ一人暮らしだから俺がやらないと」


「一人暮らしなの?」


「たまに親が帰ってきたりはするけど、基本は一人だな」


「大変だね」


「まあな」


「涼香は?」


「え?」


「何人暮らし?」


「一応、お母さんとお父さんと三人だけど、お父さん今海外にいるから、実質二人……みたいな?」


「そっちもそっちで大変そうだな」


「別にそんなことないんだけどね」


「そうなのか?」


「今日学校で、私のお母さん塾の先生やってるって言ったでしょ?」


「ああ、言ってたな」


「塾って夕方くらいからだから昼間はお母さんお家いるの。だから勝手にやってくれちゃってるって感じ」


涼香は親戚の家に住んでると言ってたが、今は母親と二人暮し。つまり親戚の人は住んでない。なんか色々気になるけど聞かないでおこう。


「そう言えば、今日はライブとかないのか?」


「うん、今日はお休み」


「ふーん。涼香って家いる時何してるんだ?」


「ぼーっとしてるかな」


「ぼーっと?」


「一人だし、かと言ってやることも特にないし」


「ゲームとか何かやったりしないのか?」


「ゲームならメンバーの子たちとやるくらいかな。複数人でプレイするやつしか持ってないし」


「そうだ!」


「え、なに、どうしたの」


「今から一緒にゲームやらない?」


「今から?」


「うん。ダメ?」


うーん。まあ洗濯物取り込んで畳んで仕舞ったらやることも無いしな。


「いいよ」


「やった」


「じゃあ洗濯物片付けたら行くから待ってて」


そう言い残しテキパキと取り掛かる。

女子の家に行くなんていつぶりだろうか。

中学生の時の彼女の家に行った以来だと思う。


そんなことを考えている内に片付け終わったので、涼香の家に向かう。


インターホンを鳴らすと涼香はすぐに出てきた。


「お待たせ」


「早く遊ぼ!」


素の涼香はこんな感じなのだろうか。それとも俺だけに見せているのか。学校での様子とは性格が正反対だ。


「ところで、涼香のお母さんはいないのか?」


「うん、丁度さっき出て行ったところ」


聞くと、夕方頃から夜十時頃までが仕事らしく、仕事がある日は基本この時間は一人らしい。


「これやろ!」


そう言って涼香がやろうと言い出したゲームは、電車だか汽車だかに乗ってサイコロをふって、目的地を目指し最終的に資産が多い人が勝ちというあれだ。

プレイ動画なら観たことがあるが、実際にはやったことがない。てかこれやると喧嘩に発展すると聞くが大丈夫だろうか。まあいいか。


「やるか」


こうしてゲームを始めた。

しかし、しばらくすると隣に座っていた涼香の頭が俺の肩に乗っかってきた。顔を見ると、どうやら寝ているようだった。

まあ確かにレーシングゲームとかアクションゲームじゃないから眠くなるのかも知れない。それ以上に涼香は日頃の疲れが溜まっているからだろう。直ぐに起こすことはせず少しの間だけ寝かせておいた。


一時間くらいが経ち外は薄暗くなってきた。六月というのもあって、まだ比較的明るい。これが冬だと既に真っ暗だろう。そろそろ起こそうかと思ったその時


「……んん。」


言葉にならないような声を出しながら涼香が目を開けた。


「おはよ」


「……おはよ。って、え!?」


涼香が急に飛び起きた。

流石にあの体制で寝かせておくと首とか痛くなりそうだったので、膝枕をしておいた。恐らく、それに驚いたのだろう。


「だ、大丈夫か?」


「う、うん……」


その時の涼香の顔は赤くなっていた。


「じゃあ、時間も時間だしそろそろ帰るよ」


「あ、ちょっと待って」


「ん?」


「良かったらでいいんだけど、ご飯食べてかない?」


「いいのか?」


いつもは自炊をしている。たまにカップ麺だったりもするが。


「うん」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「そこ座って待ってて」


すると涼香はキッチンの方に行った。包丁で何かを切る音。フライパンの焼いている音。どうやら何かを作ってくれているらしい。


「お待たせー」


涼香が持ってきたのはオムライスだった。

オマケにケチャップで大きなハートが描かれていた。

俺のだけではなく、涼香の自分のオムライスの方もハートだったので、そこまで深い理由は無いだろうが、少し気になる。


「なんでハート?」


「ケチャップっと言ったらハートかなって」


「まあ、確かに」


何となく腑に落ちたので実食。


「いただきます」


正直オムライスなんて誰が作っても似たような味になるが、このオムライスはそこら辺のオムライスよりも美味しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る