第9話

その大見会蔵の姿をいの一番に発見したのは捜索と同時に船の様子を見に行った針河香夜と三支龍樹、野々宮ひなみカップルの3人だった。

捜索の際、人数やもしもの事態に備えて三組に別れようという話がまとまったのだが何故か三支は真っ先に針河の元へ来て「俺と一緒に探そうぜ」と言い出したのだ。

別に誰と組もうとする事は変わらないのでそれは構わなかったが、捜索の最中あれこれ質問をしてくるのは面倒でしかなかった。

三支について来た彼女の野々宮ひなみも、そんな彼氏の行動に困惑気味のようだった。


「なぁなぁ。それで香夜は何でこんな島に来たんだよ」

馴れ馴れしく名前で自分の事を呼ぶこの男に針河は嫌悪感を覚えたが、ここでのいざこざは避けたいので決して態度には出ないよう我慢をする。

「三支さんと同じですよ。夏休み遊びに来ただけで。なんか想像と違ってがっくりしましたけど」

「だよなぁ!マジでひでーよ!詐欺だぜコレ。島から出たらよ、一緒にあのオッサン謝罪金もらわねーとなぁ!」

「ですね」

そう愛想笑いで適当に三支の話を受け流す。

今更ながらこの人たちと来たのは失敗だったなと針河は後悔をする。

捜索なんて忘れているかなように、ずっと針河に興味を示す三支にそんな彼氏の様子を快く思わず後ろで二人を無言で睨みつけてくる野々宮。

こんな二人となら一人で探しに行った方が早かった。

そう二人は役に立たないと針河が見切りをつけたところで岩陰から昨日のボロ船とその船の甲板の手すりにもたれかかるようにしている人影が3人の視界に入った。

「あれ?あそこにいるのあのオッサンじゃね?」

そう三支が言うのと同時に針河は船へ向かって駆け出した。

針河の唐突な行動に数秒呆気にとらわれていた二人も釣られるようにゆっくりと走り出す。

針河の足取りは砂浜を走っているとは思えないほど早く軽く二人が走り出す頃にはすでに船の甲板に乗り込んでいた。

「大見さん!大見さん!!大丈夫ですか?」

針河は駆け寄りながら大声で呼びかけるが大見は以前手すりにもたれかかったまま動こうとしない。

うつ伏せの状態でその顔は確認できないがただ寝ているだけではない事はその様子から直ぐに察することができた。

「大見さん?」

嫌な予感を感じた針河は反射的に声をちぢませ恐る恐ると大見の肩に触れる。

すると、大見の身体は香夜が触れたことでバランスが崩れ今度は仰向けにその場に倒れてしまった。

ようやく顔が見れた事でやはりこの人物は大見会蔵だと確認すると同時にその様に針河は思わず口元を手で覆う。

瞬間的に込み上げて来た吐き気を抑えるために。

そしてすぐさま次に船の操縦席を確認しているとようやく後ろの二人が船までたどり着いた。

「おい!香夜、一体なんだってんだ!?」

「なんなのよ。急に走り出して」

二人して息を上げながら文句をたれるが、甲板に上がった途端その顔は歪み、ひなみは後退りをし大声で悲鳴を上げた。

「ひゃぁあああ!」

耳を裂くような甲高い悲鳴が晴天の空の下に轟く。

その絶叫はロッジの方まで轟くほど大きく、港とは反対側を探していた他のメンバーの耳にも響き渡り、残りの人たちも皆何事かと港へと向かい出した。

船の甲板の上では三支とひなみの二人が腰を抜かし座り込んでいる。

ひなみにいたっては目の前の光景をもう見たくないと三支にしがみ付き顔を伏せていた。

そんな二人に背を向けひなみが目を背けたその光景を針河はスマホで写真に収めていた。

「おいおい、なん。だよコレ」

季節は八月、決して寒くなどないはずだが三支はガチガチと震えながら呂律が回っていない。

けれどそれも仕方のない事かもしれない。

今3人の目の前には昨日まで食事を共にした男が凄惨な姿で転がっているのだから。

大見会蔵は甲板の上で大の字で倒れたままピクリとも動こうとはしなかった。

それもそのはず、彼の首には一文字の傷が前面にありその深さは人差し指が丸々収まるほど深く切り裂かれていた。

そして何よりも異様だったのはその目元だ。

そのあまりの恐ろしさに彼らは震え上がる。

針河はそんな状態の大見だけではなく、船内隅々まで写真を撮る。

カシャカシャと機械的な動作で辺りを撮影していると悲鳴を聞き駆けつけた他のメンバーもようやく船着場へと姿を見せ始めた。

「そんな、大丈夫ですか!?大見さん!」

そう真っ先に倒れ伏せる大身に駆け寄ろうとする涌井の間にサッと針河が割って入る。

「何を!早く手当を!」

そう抗議する涌井に向かい針河は静かに首を振る。

「もうダメだよ。見てあの傷口、あんなに深く切られているのにもう血が流れ出してない。あの人は。その、もう死んでるの」

最後の言葉だけは少し言いにくそうに小声になる針河の宣告に涌井は腰を抜かすようにその場に座り込んでしまう。

「そ、そんな。け、警察に連絡しないと」

事件が起きればすぐに警察に通報をする。

当たり前の常識からそう口にした涌井に向かい針河は首を振る。

「無理。忘れちゃった?私達のスマホみんな圏外。通報なんて出来ない」

そうだったとでも言うように涌井はハッとするように口を開く。

「警察に連絡できないならなるべく遺体には近づかないほうがいいと思う」

針河はそう告げながらまた船内の写真を撮り始める。

すると涌井が飛びかかるようにスマホを持つ針河の右手を掴み上げた。

「貴女!一体何してる!!現場を写真に撮るなんて!ふざけるな!」

今までの温厚そうな態度がまるで夢だったかのように目をひん剥き凶暴な怒りに満ちた顔で針河を怒鳴りつける涌井。

それは人の死をまるで見せ物のように写真に収める針河への激しい怒りによるものだったが、とうの針河はすぐさま掴まれた腕を振り払うと逆に怒鳴り返す。

「ふざけてなんかいない!警察がすぐに来れない以上、誰かが現場の写真を撮っておかないと証拠が消えたりして後々困るでしょ。今すぐしないと。私が撮るのが不快なら涌井さんがしてよ!私だってこんな事したくないんだから!」

押し付けるようにスマホを涌井の胸元へ押し付けてくる針河は苦しみを必死に耐えるかのように歯を食い縛る顔をしていた。

その表情を見て涌井も少し冷静さを取り戻す。

「証拠って一体なんの証拠よ」

そう聞くと針河は倒れ伏せる大見を指さす。

「大見さんのこの状況、涌井さんは事故や自殺だと思う?こんなに深く切り裂かれた喉、事故や自殺なんて考えにくい。それに見て」

針河がそう涌井を呼び寄せるのは操舵室。

人1人がやっと入れるほどの狭い室内を窓から覗いてみるとそこにはボロボロにされた操縦席が目に入ってきた。

「なにこれ」

「酷い状態でしょ。特に電子系統は徹底的に壊されてる、無線機なんかなにで殴ったかわからないけどグシャグシャだよ」

針河が言うように無線機はコードは片っ端から切られボタンや画面もハンマーで殴られたようにぐしゃぐしゃに潰されていた。

「この状況、誰かが大見さんを殺して操縦席を壊したそう考えるのが一番しっくりくる。これが事件ならなにかしらの証拠がまだ残ってるかもしれない。だから誰かが現場を撮らないといけないの。こんなの私だって撮りたくない」

針河がそう告げると同時に涌井はポケットからデジカメを取り出してシャッターを切った。

「このカメラ皆さんの思い出を撮ろうと思って持ってきてたの。こんなの撮る予定じゃなかったんだけどな」

その声は泣き出しそうなほど震えている。

「ごめんなさい。怒鳴りつけてしまって。貴女の理由なんて考えもしなかった」

そう謝罪する涌井に針河は首を振る。

「ううん。私こそごめんなさい。説明する前に怒っちゃった。涌井さんは悪くないのに」

「そんなこと、ないわ。貴女はもう船を降りなさい。こんなの子供が見るものじゃないわ。写真は私が撮るから」

それはこんな惨状をこれ以上子供である針河に見せるべきではないという大人として当然の配慮だったのだが針河はすぐに首を振った。

「子供扱いしないで。それに涌井さんだけじゃ、そこで腰を抜かしてる2人を運ぶの大変でしょ?私も手伝うから一緒に降りよ?さっきはああ言ったけど写真ならもう私が十分撮ったから」

腰を抜かす2人というのは涌井に後ろで未だうずくまり震えている、三支と野々宮のことだ。

まるでお互いを支え合うように抱き合う2人はこの時ばかりは仲睦まじいカップルに見える。

惨殺死体を前に震える2人の反応は正常だ。

むしろ青ざめながらもそれでも平常心を失わないで行動出来ている針河の肝が据わっているのだろう。

「貴女落ち着いてるのね。こんな状況でもとても冷静だわ」

感心してるのか、それとも見ようによっては冷淡に見える針河への皮肉なのか涌井は瞬き一つない真っ直ぐな視線でそう告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る