第8話

「カレー美味かったな!」

そう大声で感想を述べるのは大学生グループの一人、三支。

お腹が膨れた事で満足したのか先程まで不満を述べていた人物とはまるで別人のようにご機嫌で今は食休憩としてただ一人我儘顔で横になっていた。

そんな様子を仲間たちは冷ややかな目で見て周りの人々も関わりたくもないと彼の方を見ようともしない。

そんな中で、涌井は愛想良く三支にも話しかける。

「お口にあったようで良かったです。辛さも大丈夫でしたか?」

「ああ、ちょうど良かったよ。あんた料理うめーな。明日帰る前も朝食よろしくな」

「もちろんです」

そう会釈をすると涌井はまた違うグループの元へ向かい挨拶をする。

どうやら料理の感想ついでにみんなの様子を伺っているようだった。

夕刻まで客たちの雰囲気は大見のせいで最悪の状況だった、その機嫌が少しでも良くなったか確認をしているようだ。

大見と違いどうやら彼女の方は訴えられる事を恐れている様で、一人一人の様子を丁寧に見てくる。

それは子供である加宜達に対してにも同じで、やれご飯は美味しかったか?

部屋は寒くないか?

他に何かして欲しいことはないかと、鬱陶しい程に聞いてくる。

そんな涌井を名護沢は昼間の子供扱いを気にしてるのかまだ無視していたが、針河は逆に気を使う様に涌井を心配する。

「私達よりもお姉さんは食事取らないの?窓際でタバコ吹かしてる大見さんもまだ食べてないみたいだけど?」

「ありがとう、心配してくれて。私たちはツアーの案内人だもの。お客様達と一緒に食事を取るわけにはいかないわ。大丈夫このあとちゃんとごはんたべるから」

針河のその心配が嬉しかったのか涌井は会ってから初めての愛想笑いではない自然な笑顔を見せてくれた。

大人というよりは少女の様な無邪気な笑顔に対して針河はそんな涌井の反応など気にならない様に無反応だ。

「ふーん、そうなんだ。色々大変ですね」

そう社交辞令の様な返答をするとまだ半分ほど残っているカレーに再び手を付けた。



その日の皆の就寝は早かった。

橋と船に揺られ疲れたのか、それともこの島の

あまりの見窄らしさに疲労が一気に吹き出したのか、男女も関係なく日を跨ぐ前には皆が寝床についていた。

男女混合の雑魚寝に初めは抵抗感があると文句を言っていた大学生の野々宮と笠島も22時を過ぎた頃にはこくりこくりと船を漕いでいた。

そしてそのまま1時間も経たないうちに、みんなが床に直寝か壁に寄りかかり眠ってしまったのだ。

それから約8時間に最初の起床者が目を覚ます。

まるで鉛の服でも着ているかの様な体の怠さに顔を顰めながら床から這う様に起き上がったのは加宜景次郎だった。

寝相が悪いせいでみんなから離れて場所まで移動してしまっていた加宜は天窓から差し込む朝日を顔を直に浴びてしまったことで他の誰よりも早く目が覚めることとなったのだった。

「眩しい」

独り言とと共に妙に重い頭と日差しぼやける視界を手で擦りピントを合わせる。

見ると自分以外の人はまだみんな寝ている様だった。

同じ研究部の3人も小渕川と名護沢は共に床で、針河は壁に寄りかかり寝ている。

同級生女子の寝顔なんて初めて見たな。

ぼーと未だ熟睡中の針河のあどけない寝顔を見つめること数十秒、ようやく覚醒し出した脳がなんだかデリカシーのない事をしていると警告を発し寝顔から視線を逸らす。

あたりを見ると他の皆んなも未だ夢の中の様で昨日、あれほど騒いでいた大学生グループも四人とも折り重なり様に寝潰れていた。

老夫婦も親子もおじさんも、そして案内人の女の人も皆んな揃って夢の中だ。

そんな中、大見の姿だけがない事にしばらく部屋の様子を眺めているうちに気づいた。

昨日のだらしない様子からみんなと同じ様に寝ているもんだと勝手に思っていたけれどもしかして朝は早い方なのだろうか?

コテージの真ん中でみんなの様子を見ながらボーっとしていると加宜と同じように朝日に起こさられる形で他の面々も徐々に目を覚ましていく。

「頭いたい」

野々宮はまるで二日酔いの様に頭を押さえながら起き上がり、他の面々もみんな一様にきつそうに顰めっ面をしている。

どうやらみんな同じ様な症状にある様だ。

他の皆んなも目を覚ましたので加宜はのそのそと思い足取りでオカルト研究の輪へと戻る。

そこでは針河が小渕川と名護沢になんらかの薬を渡しているところだった。

「何それ?」

「うん?痛み止め。なんか皆んな頭痛が酷くて。その冴えない顔色から察すると加宜くんもでしょ、飲む?」

そう錠剤を2錠差し出す針河にお礼を述べ加宜は素直に受け取る。

「にしても、なんだろうねこの頭痛。見た感じここにいる全員が同じ状況みたいだけど」

こめかみを押さえながら周囲を見渡す針河は疑問を口にする。

そうして様子を見るうちに気付いた様だ、この場に一人いない事を。

「まって、大見さんどこいったの?」

「さぁ?多分僕がこの中で一番最初に起きたと思うんだけど、その時にはもういなかったな」

「加宜くんが起きたのはいつ?」

スマホを見て時刻を確認すると今はまだ午前7時を過ぎたばかりだった。

「多分30分くらい前だったと思うけれど」

時計で確認したわけではないからなんとなくだけれど大体そんなものだろう。

針河は一体何を気にしているのか?

難しい顔をして黙り込んでしまう。

するとまた例の大学生グループから頭に響く大声が聞こえてきた。

「あれ?圏外になってんじゃん!壊れてのか!?」

そう一番騒いでるのは三支だが、他のメンバーも同じ様に騒いでいる。

「龍樹、私のも圏外だよ?」

「ひなみんのも?どうなってんだよ!」

ヒステリックな男の声に促さられる様にちょうどスマホを取り出していた加宜も自身のスマホ画面を見ると確かに電波は圏外となっていた。

「あれ?僕のも圏外だ」

加宜がそういうと、今まで難しい顔をしていた針河は自身のスマホを確認した後、突然立ち上がった。

それに驚いた名護沢も同じように立ち上がる。

「ビビった。なんだよ突然立ち上がりやがって」

文句を垂れる名護沢を無視して針河はオカルト研究部のみんなを真剣な顔で見渡す。

「皆んな、すぐに大見さんを探そう」

「はぁ?なんで?」

意味が分からんと直ぐに食って掛かるのは勿論名護沢である。

けれど他の二人も今回は名護沢と同意見であった。

なぜおじさん一人の行方が分からないからといって自分達がわざわざ動かなければならないのか?

そんな心中を針河も察したのかすぐに説明をする。

「みんな揃ってのこの頭痛、そして急に使えなくなったスマホ。変だと思わない?今時電波障害なんてそうそうないでしょ。もしコレが誰かが意図的に起こしてるとしたら?」

「意図的にって?電波妨害的なヤツ?」

小渕川が聞くと針河はコクリと頷く。

「スマホが使えなくなったら私達が島の外へ連絡する手段はもうあの船しかない、でも船の操縦が出来るのは大見さんだけ」

「つまり大見さんに何かあると僕達はこの島から出られなくなるわけか」

合点がいったのか加宜は嬉しそうにそう呟いた。

「おい、オメーなんで嬉しそうなんだよ」

名護沢が睨みを効かせると加宜はごめんごめんとなんとも反省の見えない謝罪をしてみせる。

「なんだか事件でも起きそうな雰囲気だから少しワクワクしてさ」

臆面もなく言ってのける加宜に名護沢は渋い顔をする。

「確かに針河の言うようにあのオッサン探したほうがいいかもな。加宜がこんな調子な時はろくでも無い事が起きそうだ」

ここにきて加宜の様子から良からぬ雰囲気を感じ取ったのか名護沢も立ち上がり針河に同意する。

大見探しに積極的になった名護沢に金魚の糞にように後に続く小渕川、そして状況を楽しんでいる加宜を引き連れ針河はまず大見の行方を聞くため涌井の元へと向かう。

涌井は昨日、大見が一日中タバコを吹かしていた机に座っていた。

彼女もまだ眠気が覚めていないのか、それとも頭痛が襲っているのか、焦点の定まらない様子で直ぐ横に人が四人も来ているというのに空中に視線を泳がせていた。

いつまでたってもこちらに気づく様子がない事に苛立った名護沢が声をかけようとするのを止めて、代わりに針河が声をかけた。

名護沢が揉め事でも起こすと余計時間がかかってしまうと考えたからだ。

「ねぇ。大丈夫?ちゃんと起きてます?」

そう声をかけながら手のひらを目の前で振って見せるとようやく涌井の視線がこちらとあった。

「ああ、おはようございます。昨日はよく寝れましたか?」

挨拶を直ぐに返してくれる涌井だがその顔には覇気がなく目は虚なままだ。

彼女の様子は気になるがそれよりも今は聞かなければならない事がある。

「頭が痛くなるくらいにはね。それより、大見さんって今どこにいるかわかります?」

そう聞かれると、涌井はあたりを見渡すと眉を顰める。

「確かにいませんね。ちょっと電話かけてみるね」

そう言いスマホを取り出すがその顔はまたしても曇る。

「あれ、圏外?」

そう驚く涌井だが、それは針河達からすればもう想定内のことである。

「涌井さんもなんですね。実はここにいる人達も圏外なの」

「えっ!?全員?」

「多分ね」

針河が証拠に圏外になっている自分のスマホを見せると涌井はどうしようかと目に見えて挙動が不振になる。

「大変、どうしよう」

おそらくコレがまた問題になるのではと心配しているのだろう。

その気持ちは理解できるが、今はこちらの質問に答えて貰いたいので針河は再び尋ねてみる。

「それで、どういった事態なのか責任者の大見さんに話を聞きたいんですけど姿が見えなくて。もし、居場所分からないなら一緒に探してくれません?」

あえて責任者の大見と口にしたのはあくまで責任は大見にあると印象づけ少しでも涌井に落ち着いてもらうためだ。

「ちょい待てよ。それ俺らも手伝うぜ!」

と、不意に声をかけてきたのは先ほどまで圏外だと騒ぎまくっていた大学生グループの四人だった。

「あのオッサン探してんだろ?俺らもこんな島から早く返してもらわねーといけねーからな。さっさと見つけようぜ」

俺に任せろと言うようにグループの中でも一番騒がしかった茶髪ロン毛の男、三支が一人前に出る。

その主張の強さが鬱陶しいと名護沢は露骨に不愉快そうな表情を見せるが、針河はオカルト研究部の誰も見たことのない愛想の良い笑顔で深々とお礼をして見せる。

「本当!ありがとうございます!こんな状況初めてで不安だったんで、助かります!涌井さん。とりあえず手分けして大見さんを探しましょう?じゃないと本当に家に帰れない」

そう催促され涌井も頷く。

「そうね。何にしても大見さんを探さないと。申し訳ありませんお客様の手を煩わせてしまい」

そうして集まった9人でログハウスを中心に大見の姿を探す事となったが、結論から言うと大見はものの数分で見つけることができた。

ただし船の操縦どころか、もう2度と話すこともできない変わり果てた姿ではあったが。

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