第5話
「おっ、キタキタ。おせーよ何してたんだよ!」
一人先に進んでいた名護沢が3人に気づきゲンナリとした顔を見せる。
どうやら彼、いや他のキャンプ客達もあの船を見て不安を隠せない様子だ。
「見ろよあの船、あんなんでマジで大丈夫かよ。とても客を乗せるもんには見えねーぜ」
名護沢の不安も仕方がないだろう。
船は小型でこの客全員が乗ると考えると確かに定員オーバーになりそうだ。
「客船ではないからね。ありゃどう見ても漁船だ。まぁ安い参加費だったからね。コレも節約だろう」
そう指摘してくれたのはキャンプ客の一人、バスの中で唯一一人で乗車をしていた50代ほどの男性だった。
白髪混じりの髪をオールバックにした金色メガネをした少し強面のそのおじさんはオカルト研究部の面々にそう仏頂面で話しかけてきた。
声量の大きな名護沢の話が聞こえて話しかけてきたのだろうが突然見知らぬおじさんに話しかけられてきた四人は少々困惑気味である。
加宜は突然な事で面食らっており、小渕川は大人の男性相手に怯え気味である。
そして二人とは逆に名護沢はその馴れ馴れしさを鬱陶しそうに睨みつけ、針河は積極的に会話を続けてみせた。
「へー、アレ漁船なんだ。見てわかるもんなんですか?」
「あそこを見てみな」
男が指さすのは船首部の床にある四角形の何かの枠。
「あの四角形の床面が開いて、釣った魚を入れることができる様になってるんだ」
「へー、水槽みたい」
「水槽というより正しくは生簀だな。新鮮な魚がいつでも食べれる様にってな」
「おじさんも、釣りするんですか?」
「まぁ、昔ね」
それは針河の何気ない質問だったが、そう答えた男の顔は少しだけ寂しそうだった。
鴎ノ島、その島は亞義野海水浴場から一番近い無人の小島でかつては海釣り目的の釣り人などが集まっていたらしいが、その足取りも2年前のあの事件以降パタリと途絶えた。
というのも、亞義野海水浴場でおきた集団溺死事件その際、海で溺れ死んだ遺体の多くがこの島に流れ着いてしまったのである。
無論それ以降人足は遠のき亞義野海水浴場が閉鎖されると共に鴎ノ島も人足が途絶えた。
恐らく人が来るのは今回のツアーが2年ぶりとなるだろう。
「へー無人島の割には綺麗じゃん!」
よっと船から飛び降りる様に一番に島へと上陸するのは二十代グループの一人、茶髪ロン毛と一昔の若者様な格好の男は三支龍樹。
今回のツアー夏休みの暇つぶしとして彼女の野々宮ひなみとその友人カップル笠島ノドミ、舟越健吾を誘って参加したものだったが、正直言って来たことを早々に後悔していた。
船はオンボロ、参加メンバーもジジババかガキどもばかり、明らかにテンションが落ちてる皆んなのためにも、豪快に上陸して見せたがそれも完全に空回ってしまった。
皆んなの白い目が痛い。
「龍樹、マジ恥ずいからやめて」
そう咎める口調で船から降りてくるのは彼女の野々宮ひなみ。
船に酔うからとしていたその小顔に似合わない大きなサングラスを外しながら叱る様にペシリと彼氏、龍樹の肩を叩く。
「んだよ、ひなみん皆んながグロッキーだから俺が盛り上げてんだろ」
「空回りしてんの分かんないかな〜三支くん。私らのテンション下げたくないなら、ちょっとは静かにしてよね」
ダルそうにそう告げるのはひなみの友人である笠島ノドミ。
クチャクチャと音をたてながらガムを食べるその姿はお世辞にも品性が良いとは言えない三支から見ても下品だった。
とはいっても別にそれでこの女を嫌っているとかはない。
むしろどちらかといえば気に入っている。
下品ではあるがスタイルは中々に良い女だったからだ。
苦手な奴がいるとすればそれは彼女の後ろに控える大男、船越健吾だ。
身長190近くはあるだろうというその男は、両肩に大きなボストンバックを担いでいた。
どちらもパンパンに荷物が詰められたバッグ、その二つともが彼の荷物というわけではない。
一つは彼の彼女ノドミのものだ。
両手には彼女の水着の入ったビーチバッグがある。
船越は寡黙な男で三支は彼と話したことがほとんどない、いや彼女であるノドミとの会話も三支はほぼ見たことがない。
カップルというよりは主人と従者そんな関係に見える。
船越は何を考えているかがわからない、だから三支は彼のことが苦手だった。
「静かにとは失礼だな笠島、俺なんてまだ静かな方だろ。やかましいのはあのガキみたいなヤツのこと言うんだよ」
顎をしゃくり指すのは船越の後ろから降りてくる親子と思われる二人組。
髭面の親父が泣き喚く幼稚園児くらいの男の子を抱きながら降りてくる。
あの幼児は船上のうえからずっとあの調子で何が不満なのか泣き騒いでいる。
「いいよな、ガキはどれだけ騒いでも許されてよ!」
三支が大声で叫ぶ。
もちろん後ろの親子にも聞こえる様にだ。
父親と思われる男はすみませんと小声で謝ると
大学生達の横を通り過ぎる。
三支はそんな様子を面白がる様に見る。
そんな三支を船越は視線に入れず、笠島は呆れた様に眺めていた。
そして彼女のひなみは彼を咎める様にその背中を強くつねるのだった。
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