第3話

皆んなが帰って行った部室で加宜は一人、キャンプツアーのチラシを片手に眺めながら、肩の荷を下ろすように深いため息をついた。

どうにか上手くいった。

ちょっと強引だったけど、自分としては合格点だろう思う、なんとか皆んなで亞義野海水浴場に向かうことが出来たのだから。

加宜としては正直皆んなと出かければ他の場所でも良かったのだけれど、それでも本命はこのキャンプだった。

他の場所は距離的に遠かったり単なる廃墟だったりするので準備もそれなりにいる。

その点この亞義野海水浴場はキャンプツアーなのでこちらが用意するのはお金くらいで準備もそう大変じゃない。

多分コレが皆んなで活動する最後の機会になるだろう。

高校は皆んなバラバラだし、せっかくなら中学最後の思い出として皆んなでオカルト研究部らしい思い出を作りたかったのだ。

その事を親戚のおじさんに相談したら幾つかの事件現場を紹介してくれた。

単なる心霊スポットじゃなくて実際に事件が起きた場所に行けばより幽霊とかにも遭遇できる可能性が上がるんじゃないか?

そうあの人は言っていた。

確かに不確かな噂より実際人が死んだ場所の方が幽霊の信憑性も上がるような気がした加宜はその話に乗った。

事件は人が死んだくらいしか聞かされなかったがその内容も先程針河が全部説明をしてくれた。

そのどれもが耳を塞ぎたくなるほど悲惨な内容だったけれど、だからこそ本物の幽霊に出会える可能性も上がるというものだ。


「幽霊か、できれば会いたいな」

加宜は誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。





亞義野海水浴場に向かうには市内のバスを利用する必要がある。

キャンプ当日の7月28日オカルト研究部のメンバーは最寄りのバス停、笠ノ絵バス停に集まっていた。

夏休みを迎えてからの初めての再会。

部室でしか交流のない部員たちはお互いの見慣れない私服姿が妙に新鮮に見えた。

特に、去年に冬から急に入部してきた唯一の女子部員針河の私服姿を見るのは3人とも初めてだった。

彼女は夏らしい白いTシャツに短パンと随分ラフな格好をしており、コレからキャンプだというのに革靴にジーパンジャラジャラとアクセサリーを身につけた小渕川とはまさに対照的な格好できていた。

「小渕川、これからキャンプだってのに何だよその格好。こんな暑いのにジーパンなんて着てさ。オシャレのつもりかよ」

名護沢は彼のそんな場違いな格好を見て早速笑い物にする。

小渕川と名護沢は幼稚園からの幼馴染らしいがその力関係ははっきりとしていた。

偏見ではあるが、ピシリとした七三分けに眼鏡といかにも優等生という風貌の名護沢より、金髪にピアスと派手な格好を常にしている小渕川の方が立場が強そうに見えるが実際はその逆。

名護沢はいつも小渕川を小馬鹿にしながら、彼をまるで子分のように扱っていた。

「まぁ、虫刺されとかもあるかもだから長袖で来るのも悪くわないと思うけどね」

言われるがまま黙りこくる小渕川に助け舟を出すように加宜がそう言うと名護沢は虫という言葉に反応してあからさまに嫌そうな顔をした。

「そっか虫も出るのか。最悪じゃん。コテージとかないのかな?」

キャンプは二泊三日と予定されている。

オカルト研究部の四人は誰もキャンプ経験などない者たちばかりでテント生活をする事に今になって不安の声をあげる。

「その点は大丈夫でしょ、ほら加宜くんが持ってきたチラシに書いてる。キャンプは亞義野海水浴場から船で5分の島で行います。冷暖房完備のコテージで快適なキャンプライフをお楽しみ下さいだってさ」

いつの間に手に入れたのか?

針河はポケットから綺麗に折り畳まれたチラシを広げるとホラと、名護沢へと渡した。

「ふーん。まぁちゃんとしてるならなんでも良いや」

そう名護沢がチラシを見て安心したところで、バス停にバスが到着した。

まだ午前中とはいえもうすぐ八月夏真っ盛りである、アスファルトも外気も徐々に熱を帯びだして来ている。

四人は日差しから逃げるようにバスの中へと流れ込んだ。

車内はそよ風程度の弱い冷房しかかかっておらず名護沢はすぐに不満げな舌打ちをしてみせた。

「なんだよ、冷房効いてねーじゃん」

恥ずかしげもなくそんな口を早々に言い出す名護沢を加宜と針河が押すように後部座席へと連れて行く。

それにまたひと文句言いそうな名護沢だったが、針河が一睨みすると不服そうに席へと着いた。

どうやら以前馬鹿騒ぎしたとき針河に散々怒られたのが効いているようだ。

四人が席に着くと同時にバスが発車する。

乗客はオカルト研究部を含め13人。

一番運転席に近い席に、70代程の老夫婦。

その左後方の席に二十代ほどの男女4人組、さらにその二列後方に50代程の男性が一人。

そして後列側の席に親子と思われる、30代ほどの男性と小学生くらいの女の子が座っていた。

そんな乗客たちの様子を確認するように小渕川が体を左右に揺らしながら車内を見渡す。

「この人たち皆んなキャンプに行くのかな?」

「じゃない?老夫婦のは花を持ってる多分あれは追悼用のものでしょ。あと、四人組のおにーさんおねーさん達はビーチバッグ持ってる。明らかに海水浴するつもりみたいだね。少なくとも追悼目的ではなさそうだ」

小渕川の疑問に針河は即座にそう答えてみせた。

その観察眼に加宜はかんたんの声を漏らす。

「へぇ〜すごいな。いつの間に確認したん?探偵みたいだ」

「探偵なんて、本当の探偵さんに失礼だよ。こんなのすれ違いざまに確認出来て予想できる事だから」

全然大した事ない。

そういう割には針河の顔はどこか誇らしげだった。

もしかしたら嬉しいのだろうか?

いつも、クールで部室でも本ばかり読んでいる針河。

正直オカルトにさほど興味がある様に思えない彼女がなぜこの部活に入ったのか加宜は謎に思っており針河のことは正直謎の部員で同い年の割には妙に大人びていて少し苦手意識があった。

だからこそ今見た針河の無邪気な顔は加宜に安心感を与えた。

初めて針河の素顔が見れた気がしたからだ。

「でもさ、よく皆んな親の許しでたよね、二泊三日のキャンプなんて俺は初めてだよ」

そう言い出したのは小渕川だった。

彼はこのキャンプのことを親に話した際だいぶん渋い顔をされた。

何度も頼み込んでようやく許しを貰えたのだ。

なのでもしかしたら他のメンバーも反対でもされて全員参加は無理かもしれないと思っていた。

特に女子の針河香夜は男子とのキャンプなんて親が絶対許さないと思っていたのだけれど、結果を見れば皆んな問題なく参加することができた。

「俺の家は放任主義だからな、別になんてことねーよ」

スマホをいじりながら名護沢がそう答えると、加宜も同じくと頷いた。

「私の家は親いないからねそこら辺は大丈夫だよ。お爺ちゃんは、私の交友関係そんなに気にしないからさ」

それは3人とも初耳の話だった。

親がいないとは一体どういうことなのだろうか?

その疑問に赴くまま加宜が質問をする。

「親は亡くなったの?」

その余りにデリカシーのない質問に小渕川はもちろん名護沢さえも驚きの表情を見せる。

けれど、当の針河は嫌な顔せずあっけらかんと答える。

「そうだよ。二人とも殺されたみたい。私が小さい頃の話だからよく覚えてないけどね」

あまりに針河が普通に言いのけたので聞き逃しそうになっる3人だったが、彼女は間違いなく言った殺されたと。

「殺されたって殺人事件ってこと?」

すばらくの沈黙にあと最初に話を繰り出したのはやはり加宜だった。

その目は純粋な好奇心でキラキラしており、間違いなく被害者遺族に見せて良い顔ではない。

「オイ!」

すかさず名護沢が止めに入ったところで加賀も自身が暴走していた事に事に気付きすぐさま謝罪をする。

「あっ、ごめん。ズケズケ聞いちゃって」

「良いよ別に、昔の話しだしね。それより加宜くんは趣味で殺人事件とかも調べてんだっけ?」

その切り返しに加宜は少しだけ動揺をしてしまう。

確かに針河の言う通り加宜には殺人事件を調べる趣味がある。

ミステリー小説やホラー小説を嗜む様に現実で起きた殺人事件は加宜の心を踊らせた。

まるで未知の世界を冒険するかの高揚感を与えてくれた。

「まぁね、オカルトと同じくらい好きかな。

なんか謎めいていて心惹かれる」

趣味が悪いとは誰も口にできない。

なぜならオカルト研究部の皆は同じ様な趣向の持ち主達だから。

結局は同じ穴のムジナなのだ。

針河ももちろんそんな皆んなの性分を理解している。

だから本心かどうかは定かではないが、

「じゃあ事件好きの加宜くんには。いつか親の死の真相を解いてもらちゃおうかな」

そう冗談めかしなことを言ってくれた。

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