五話【一回戦開始!】
全員の対戦順が決まり、三十名のプレイヤー名がトーナメント表に並ぶ。俺のプレイヤー名『ショウ』の左隣に並ぶのは『エリ』という名で、この二人で第一試合を戦うことになる。
しかし一つ気になることがあった。選手が二十九名しかいないのだ。俺を含むシード権を持たない二十八名の姿は確認しているので、考えられるのはシード権を持つどちらか片方がまだ来ていないということか。
『エリ』のさらに左隣には『ブライト』という名が既に書かれている。まさかこいつだろうか?
「さあ、順番が決まったところでルール説明だ!」
俺の疑問をかき消すように再び遊治さんが声を張り上げる。
ルール説明とはいえ、特別なことはほとんどなかった。覚えておくべきことは、バトルステーション以外には移動できないこと、対戦の様子は壁に掛けられた三枚のモニターで観戦できるということくらいか。
「みんな、待たせたな! それではこれより一回戦、第一試合を始める! 一番から四番の選手は前へ!」
ドクンと大きく心臓が跳ねたが、緊張を押し殺し、二番の俺は左から二番目の筐体の横に立つ。
一番左の筐体に入る『エリ』は二十代半ばくらいの美人の女性で、軽く会釈されたので俺も頭を下げる。こんな人もゲーセンに来るんだなとどうでもいいことを思った。
大会用の設定なのか、お金を入れなくても筐体の扉が開く。ちょっとした優越感を覚えながら中に入り、ヘッドセットを手に取る。何度か深呼吸をして、俺はそれを装着した。
* * *
目を覚ました俺が立っていたのは、いつものセントラルコート――ではなくバトルステーションだった。しかも通常なら十以上のカウンターが並んでいるのに、この場には二箇所しかない。
「ねえ、あなたが『ショウ』でしょ?」
かけられた声に振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。ほのかに赤みが入った明るい紫の髪は足元まで伸び、横にすっぱりと切りそろえられている。色こそ違うが、まるで平安貴族の女性のようだ。身に纏っているのは着物風のドレスで、若干動きづらそうだが和洋折衷の美しさを感じる。
アバター特有のつるりと綺麗すぎる肌と、若干整えられた容姿で一瞬わからなかったが『エリ』その人だった。先ほどの言葉に首肯して応えると、エリさんは優雅にほほ笑んだ。
「ひょっとして、こういう大会は初めて?」
「はい。なんだかいつもより狭いですね」
「大会の規模にもよるけど、時間のロスを減らすためにゲーセン側で余分なカウンターを減らす設定ができるの。〈Colorful Bullet!!!〉の対戦は最長で二十分になるから、ログインしたら早めに戦い始めるのがマナーよ。というわけで、さっさと手続きを済ませましょうか」
エリさんに連れられて手続きを済ませる。アバターの体に血が通っているのかわからないが、未だに胸の辺りでドクンドクンとリアルな鼓動が響いている。
自分のプレイヤー名を記入する手が震えていた。そんな俺の緊張を察したのか、エリさんが気さくに世間話をしてくれたのがありがたかった。彼女は普段は普通の会社員として働いているが、休日は家でだらだら過ごしたり、思い切りゲームで遊んだりしてガス抜きしているらしい。
「はい、完了ね。お互い良い勝負をしましょう!」
「はい。よろしくお願いします!」
青い円柱の光に包まれながら、俺たちは互いの健闘を祈った。
結果から言うと、俺の辛勝だった。
エリさんのランクはC2で俺より1ランク高いだけだった。〈Colorful Bullet!!!〉歴は三か月とのことだが、社会人というだけあってこのゲームに費やせる時間は短く、さらにSPもファッション装備に使うことが多いため武器はほぼデフォルト装備だった。
そんなエリさんの色は『若紫』というもので、やはり彼女の髪と瞳の色と同じ明るい紫だった。
試合中に得た情報をまとめると、源氏物語の『若紫』において「光源氏が紫の上(後の紫式部)を引き取り、理想の女性に育てる」という物語をモチーフにした能力で、インクが塗られた部分に相手の体が引き寄せられるという能力だった。紫の上が光源氏を、光源氏が紫の上を引き寄せたように。
エリさんに近づくほど引力が強くなる特性に最初は動揺したが、彼女に肝心の接近戦の心得がなかったおかげで競り勝った。璃恩に連れられて買ったサポート装備のおかげもある。
筐体から出ると、ヘッドセットでペタンとした髪を直しながらエリさんも出てきて、俺に向かって微笑んだ。俺がはにかんでいると、後ろから遊治さんが威勢のいい声を上げながら俺の腕をつかんで、上に掲げた。
「勝者、『空色のショウ』! やったな! おめでとう! 『若紫のエリ』もよく惜しかった!」
遊治さんが煽ると、観客たちも手を叩きながら歓声を上げたり口笛を吹いたりして俺の勝利を祝ってくれた。
横目でエリさんを見ると、彼女は微笑みながら軽く頷いた。「応えてあげて」と言っている気がした。
頬を熱くしながら俺が拳を握った両腕を上げると、一層大きな歓声が二階フロアに破裂した。
二回戦が始まるまで、俺は壁に掛けられた三つのモニターで他のプレイヤーの対戦を観戦していた。
一試合は約十分で決着がつく。『若紫』もそうだったが、俺が知らない色と能力は多い。勝率を上げるためにはネット上の攻略サイトを活用するべきなんだろうが、あいにく機械に弱い俺は利用したことがなかった。
大会は――遊治さんのハイテンションな盛り上げを除けば――割と和やかに進んでいった。昨今ではテレビでもeスポーツが観られるようになったが、賞金を懸けたプロの戦いは伝わってくる熱気が違う。それに比べれば、優勝賞金五万円で俺やエリさんのような初心者が出場できるこの大会は遊びのようなものだ。そう考えれば、俺もだいぶ気が楽になってくる。
壁際でたたずんでいると、一回戦を勝ち抜いたプレイヤーや観客に話しかけられることもあった。俺よりランクも年齢も高い人がほとんどだったが、そんな大人たちと自分が同列に扱われることに喜びも覚えた。
こんなに楽しいなら二回戦で負けてしまっても満足だ。俺がついそう言ってしまうと、隣に立つガテン系の男が眉尻を下げながら言った。
「対戦前に言いたくないが……ブライトは強いからさ。負けてもあんま気にすんなよ?」
その表情は、俺が大会参加を表明した時の璃恩とよく似ていた。
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