四話【大会開始!】

 四月二十七日(土)。ついに〈Colorful Bullet!!!〉の大会当日となった。

 いつもの土曜日よりも早めに起きる。リビングでアイロンがけをしていた母さんは「珍しいね」と声をかけてきたが、ゲームの大会に出るなんて正直に言えば嫌な顔をされるのは想像に難くないので、「高校の友達と遊びに行ってくる」と無難な嘘をついた。ずぶ濡れ騒動のせいで友達なんてできるのかと思われていたのか、母さんは嬉しそうに「楽しんできなさいね」と言うので、若干心は痛んだが。

 父さんは仕事が入ってしまったようで、土曜日にもかかわらず出勤して家にいない。さっさと朝食を済ませようとシリアルに牛乳をかけて、朝のニュースを見ながらスプーンを口に運ぶ。

 食べている途中に気付いたが、カレンダーの五月二日(木)に小さな印が付いていた。この日は憲法記念日の前日だが、何かあっただろうか?



 自転車を二十分ちょっと走らせ、九時半頃にライスボックスに到着する。

 営業時間は十時から二十二時なので、本来はまだ開店していない。しかし大会当日の今日だけは特別で、いつもより三十分早く店が開いている――とポスターに書いてあった。ただし〈Colorful Bullet!!!〉以外の筐体は動いていないので、この場にいるのは俺のような大会参加者と観客だけということになる。俺が駐輪場に自転車を停めている間にも数人が店の中に入っていった。


「小さいとはいえ、まさか俺がゲームの大会に出るなんてな」


 どちらかと言えば体を動かすほうが好きで、ゲームを親にせがんだりしたことがない。そもそも機械類全般が苦手で、小学生の頃からパソコンを使った授業の成績は最悪。スマホの「直感的な操作」も直感が働かず、ボタンをポチポチ押すガラケーのほうが性に合っていた。そんな俺が最新VRゲームの大会に出るなんて……俺も〈Colorful Bullet!!!〉の虜になりつつあるということか。

 いや。正確には俺の『空色』が俺自身を解き放ってくれたんだ。だからこそ、俺は俺の色の力を試してみたい。


「――よしっ!」


 パンッと一つ頬を叩くと、俺は意気揚々とライスボックスに入っていった。

 照明は点いているがいつもとは打って変わって静かな一階フロアを抜け、階段で二階フロアに上がる。薄暗い照明に煌びやかなミラーボールが乱舞する二階フロアに、大会用の特別BGMなのか陽気なジャズが鳴り響く。

 いつもと違うのは、なんと言ってもその人数だ。人気ゲームだけあって常に数人の待ちが発生しているが、今日は既に二十人は集まっている。開始時刻の十時になれば、今の三倍は集まっているだろう。それほどの人数の前で醜態を晒しはしないかと思うと、高まりつつある熱気に反比例して背筋が寒くなっていく。

 集まってきた人たちが、おそらく〈Colorful Bullet!!!〉に関することだろうが、時々俺の知らない単語を交えながら談笑している。まだまだ初心者のうえに、パソコンすらほとんど触らない俺は完全に取り残されている……そう感じずにはいられなかった。

 しかし今さら逃げる気はない。俺は冷たいコンクリートの壁に寄り掛かり目を閉じた。思い浮かべるのは、奈雲との対戦で俺を包み込んだ青空。あの場所に行けば、俺は誰にだって負けない――あそこが俺のあるべき場所なんだ――自分に暗示をかけるつもりで呟くと、思いのほか効果があった。周りの雑音がトーンダウンし、慌てふためくような心臓の鼓動も正常に落ち着きつつある。


「よしっ。腹はくくったぞ」


 休憩スペースの自動販売機で炭酸ジュースを買うと、一気にそれをあおった。



 待つこと約二十分。この大会の主催者であり店長である遊治さんが上がってきた。初めて会った時とおなじく派手なアロハシャツ。ミラーボールの照明が当たるたびに蛍光色の花々がくっきり浮かび上がる。観客への配慮かタバコは吸っていない。


「遊治さん、待ってました!」

「今日もちょいワルっすね!」

「クレーンゲームの景品もっと取りやすくしてくださいよ!」


 集まったギャラリーの思い思いの言葉に「うるせーぞお前らっ!」と笑顔で返す。遊治さんを見るのはこれが二度目だが、彼が客たちに慕われていることはなんとなく分かった。舐められていると言えなくもないが。

 時計を見れば、ちょうど十時だ。俺たちの視線を受けながら、遊治さんは壁際に置いた小さな台の上に立ち、先ほどから手にしていたマイクを口元に持って行った。すうっと息を吸い、両手でマイクを握りしめた。


「紳士淑女のゲーマーども! 朝っぱらからよくぞ集まってくれた!」


 スピーカーから飛び出した遊治さんの大音声が一瞬で空間を支配し、ハウリングを起こしたスピーカーがキィーンと悲鳴を上げる。


「これより『第二回 Colorful Bullet!!!大会』の開始を宣言する! さあ、まずは対戦順の決定だ! 参加者は前に出て順番にくじを引いてくれ!」


 若い店員二人が歩み出て、一人が一般的なホワイトボード大のトーナメント表を壁に貼り、もう一人が穴の開いた箱を選手たちに向かって差し出した。

 俺たち選手は箱の前に並び、一人一人順に手を入れて中に入っていた紙を取り出していく。シード権を持たないプレイヤーは二十八名なので、トーナメント表にも一から二十八までの番号が振られている。

 俺が並んだのは後ろのほう。「十六番!」「二十五番!」と大きい数字が埋まっていくたび、まさか第一試合に選ばれないよなという不安が膨らんでいく。

 そしてついに俺の番が来た。箱の中に手を入れ、考えても仕方がないので直感ですぐに紙を引き抜く。番号を確認したくじ引き担当の店員は、トーナメント表担当の店員に大声で俺の番号を告げた。


「二番!」


 まさかの第一試合だった。

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