六話【黄色のブライト】

 大会が始まって二時間ほど。一回戦は全て終了し、トイレ休憩を挟んで二回戦が始まろうとしていた。


「さあ、待たせたなみんな! 一回戦以上にアツい二回戦を始めるぜ! 選手は前に出て来い!」


 遊治さんの合図で二回戦出場者の四人が筐体に並ぶ――そのはずなのに一番左の筐体、俺の対戦相手のシード選手『ブライト』が姿を見せない。

 ひょっとして不戦勝か? そう期待して遊治さんを見やると、彼は一階に続く階段のほうに首を向けていた。振り返れば観客たち、それどころか他の二回戦出場者たちまで同じ方向を見ている。誰かを待っている――いや、待ち望んでいるかのように。

 俺も同じ方向を見ていると、やがてスーツ姿の若い男が現れた。ゲーセンには不釣り合いな服装のうえに、後ろに撫でつけられた髪にピンと伸びた背筋は貴族に仕える執事を思わせる。


「あの人がブライトか」


 シード選手というだけあって雰囲気から尋常じゃないなと思ったが、それが勘違いだとすぐにわかった。階段の手すりに隠れてすぐに気付かなかったが、男は隣に立つ何者かに手を貸していた。


「えっ?」


 男の手を取りながら一人の少女が現れた。少し色味の強いブロンドのショートボブに、猫のような黄金の瞳。黒を基調としたパーカーに、オレンジのショートパンツとそこから伸びる細い脚が眩しい。まるでハチのようだ。

 そして顔には、サバゲ―でも使えそうなスタイリッシュなシューティンググラス。その姿はまるで〈Colorful Bullet!!!〉のアバターそのものだった。


「コスプレイヤーって奴か? あんな本格的なの初めて見た」


 まるでゲームから飛び出してきたかのようなクオリティーだ。

 少女は周囲の視線を独り占めにしながら、執事風の男にエスコートされるように隣の筐体に歩み寄った。対戦相手の俺と一瞬目が合ったが、ぷいとそっぽを向かれてしまった。


「さあ、全員揃ったな! 早速筐体に入ってくれ!」


 緊張とは違う、言いようのない不安を覚えながらヘッドセットを装着した。


*  *  *


 俺がバトルステーションに降り立つと、数秒後に『ブライト』が現れた。やはりと言うべきか、その姿は先ほどのコスプレ姿と同じだった。


「ほら、さっさと手続き済ませましょ」


 初めて聞く彼女の姿は涼しげで上品さを感じるものだったが、後から現れてこの言い草に俺もカチンと来た。

 自分でも子供っぽいと思ったが、ブライトが手に取ろうとしたペンを横から奪い、先に自分のプレイヤー名を記入した。


「ほら」


 俺が差し出したペンを、彼女は唇を尖らせながら奪い取る。声もつづる字も綺麗なのに、どこか子供っぽい。コスプレのせいでわからなかったが意外と年齢は近いのかもしれない。

 二人の体が青い円空の光に包まれる間、ブライトは俺に向けて舌を出していた。


 筆型の武器を手にバトルフィールドに降り立つ。雑居ビルの屋上から見渡せる光景から、バトルフィールドの中では比較的癖のない『市街地A』のようだ。

 一回戦でもやったことだが、試合開始前の短い時間に自分の装備を確認しておく。


・メイン装備:中筆モロノブ

・サポート装備:ボム×1


 璃恩いわく、近接系デフォルト武器の『モロノブ』はバランスの取れた武器で、初心者から上級者まで広く愛用されているらしい。ちなみに、ブラシ系武器の名称は昔の絵師を元にしているんだとか。

 サポート装備の『ボム』は着弾と同時に大量のインクを撒き散らすアイテムで、こちらも定番らしい。ただしサポート装備にはなんらかのデメリットが付き物らしく、ボムの場合は一回の使用につきCB弾を一発消費してしまう。


『これよりイベントマッチを開始いたします。バトルフィールド、市街地A・昼。制限時間、二十分』


 対戦開始直前のアナウンスが街中に響いた。

 手首のマルチパレットの装備ウインドウが、俺とブライトのアバターのホログラムに切り替わる。そこにはプレイヤー名などが表示されているが、なぜ『ブライト』という男っぽい名前なのかと少し疑問に思った。

 しかし、さらに大きな疑問が次のアナウンスにも含まれていた。


『プレイヤー1「黄色のブライト・ランクPC2」プレイヤー2「空色のショウ・ランクC3」の対戦を開始いたします』


「ピーシー?」俺が知る限り、ランクは上から順にS・A・B・Cの四つで、さらにそれぞれ1から3に細かく分かれている。つまりランクはS1からC3十二段階で、『PC』というランクは聞いたことがなかった。


『5――4――3――2――1――戦闘開始!』


 俺の疑問を無視して対戦が始まった。


 奈雲や他のプレイヤーとの対戦で学んだことの一つが『自分の得意な戦法を確立させるべし』ということだ。特に俺のような初心者の場合、臨機応変に動くのは難しいので、軸となる戦法が一つあるだけでも慌てず動きやすくなる。

 そこで俺が考えた戦法は『空色のインクを撒いてトラップにする』というものだ。地面や扉など、相手が触れそうな場所にインクを付着させておいて、強制的に空に飛ばす。遠くで罠にかかれば相手の位置を補足できるし、近くなら空中や着地の隙を狙える。いざとなれば自分で触れて空に逃げるという使い方もある。

 今回も俺はこの戦法を実行するべく道路に飛び降り、インク残量に気を付けながら筆を振るう――ちょうどその時だった。


「ちょっと、あなた」


 道の先、約十メートル先に金髪の少女が立っていた。いつの間に?


「どうして――」

「『どうして居場所がわかったのか?』って訊きたいだろうから、初心者のあなたに説明してあげる。『空色』の能力は十中八九トラップに使われるから、市街地Aにおける空色プレイヤーが向かいそうな場所に先回りした。それだけの話よ」


 俺は絶句した。

 バトルフィールドにもよるが、その広さは一辺が百メートルの立方体。一対一で戦う以上、広すぎると会敵しづらいための制限なのだろうが、それでも開始直後にピンポイントで居場所を当てられるものだろうか?

 困惑する俺の目の前で、ブライトが手のひらをこちらに向けた。


「ハンデとして五分あげる。その間、私は一切攻撃しないしインクも使わない。本当はもっと時間をあげてもいいけど、試合を長引かせるのは迷惑だし私も面倒だから」


 それだけ告げるとパーカーのポケットに手を入れ、わざとらしくあくびをした。

 彼女の提案に対し、俺は穂先をまっすぐ彼女に向けながら答えた。


「そんなもんいるか! さっきから余裕ぶって、イライラするんだよ!」


 率直な怒りの言葉をぶつける。余程意外だったのか、彼女は大口を開けたまま目を見張っていた。

 正直に言えば、ハンデは欲しい。しかしそれ以上に、あからさまに見下して侮辱に等しい提案をする彼女に我慢ならなかった。


「……ふーん。まあ、早く終わるなら私も助かるけど。格好つけても得しないわよ? 今頃、モニターの前の人たちも呆れてると思うし」

「お前にはわからないだろうけど、俺みたいな男にとって格好つけるってのは尊厳に関わるんだよ。PCランクだろうがなんだろうが、女子に情けをかけられるなんて俺のプライドが許さない」


 そう言って不敵に笑って見せる。


「ハハッ、何それ! 本当に理解できない!」


 予想どおりと言うべきか、彼女は一笑に付した。

 しかし、ひとしきり笑い終えてから俺を見る黄色の瞳には、既に俺をあざけるような色は含まれていなかった。


「でも、ちょっと嬉しい。初心者にこんなに敵意剥き出しにされたのは久々だから」


 彼女はようやくポケットから手を出し、準備運動のように足首を回し始める。ただそれだけの動作なのに、妙に様になっている。否が応でも、目の前の少女が本物の実力者なのだと認めずにいられない。


「じゃあ、ハンデの代わりにアドバイスをあげる。今から五秒間は瞬き禁止。だからって、どうにもならないだろうけど」


 そう言うと、彼女はトンとスキップするようにこちらに向かって跳ねた。

 来る! 彼女のアドバイスに従うまでもなく、俺は一挙手一投足を見逃さないように目を見開いた。『黄色』の能力が不明なので、身を守るように筆を縦に構えてその後ろに身を隠す。

 バシュウッ! 突如、彼女のスニーカーのソールから大量の黄色いインクが噴き出した。彼女のかかとを中心に霧状のインクが音を立てながら噴霧され、みるみる全身が黄色いもやに包まれていく。彼女の姿が隠されていく中、その手が腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。

 トンッ。

 何かが額に当たった。筆を構えながら手の甲で拭うと、べったりと黄色いインクが付着していた。次第に額から頭部全体、上半身、下半身とひんやりした感触が広がっていく。筆を握る俺の手も付け根から黄色く染まっていく。紛れもなくCB弾によるヘッドショットを食らったときの現象――つまり、俺の敗北。


「はい、ゲームオーバー」


 背後から彼女の涼しい声が聞こえる。

 どうして? いつの間に? 瞬きしなかったのに――振り返ろうとして、つま先まで黄色く染まった俺の体はパシャンと弾けた。

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