本音

 真田は邦木場の自分を見下ろす冷たい目線に気づくと、何かを悟ったように落ち着きを取り戻した。



 「あぁ…僕は本当に取り返しのつかないことをしてしまったようですね…。」


 「急に落ち着いたじゃないか。」


 「ええ…、自分の足が動かないこと、自分はこれから死ぬこと。何よりも、お世話になった先輩にあんな顔をさせてしまったこと。なんか、色々ごちゃまぜになっちゃって…。僕の知っていることは殆どありません。それでもいいなら、最期に先輩の役に立ちたいから、教えます。」



 真田はどこか吹っ切れた、迷いのない晴れやかな表情で邦木場に言った。そんな真田をみた邦木場も、フッと笑みをこぼした。



 「僕が運んでいて、なおかつ摂取していた薬はティアドロップといいます。」


 「それは知っている。」


 「なら詳しい効能はどうですか?」



 邦木場が首を横に振る。それを見た真田は、自身の足を一度さするとぽつぽつと話し始めた。



 「この薬の最大の特徴は、『摂取した者の能力を強化する』ことです。」


 「何?そんなことが…。」


 「ええ、だから僕のように弱かったり、パッとしない能力だったりする、コンプレックスを持つ人間がこぞってティアドロップを求めているんです。」


 「なるほどな。しかし、摂取者は攻撃的になると聞いている。それについては分かるか?」


 「実際に薬を使った僕だからわかります。1つは、単純な麻薬としての効果。強烈な多幸感の発生と高い中毒性です。2つ目は、自分の能力が強くなったことによる全能感。…この2つが合わさることで、理性の壁を容易く壊してしまうんだと思います。…自分の力を試してみたい、自分なら何でもできるんだって…。」



 そう言った真田の声はとてもか細く、絞り出すようなものだった。真田は足をさすり続けている。



 「…すみません。続けます。麻薬の中毒性に加えて、使えば使うだけ確実に能力が強くなる…。そうして使用者は、自力では抜け出せない悪夢の循環に陥ってしまうんです…。1度の効果が本当に微々たるものでも、効果は確実。高い金を払ってでも、どんな事をしてでも、何度も、何度も買ってしまう。僕のように、運び屋をやって薬を現物で貰っている奴も少なくないと思います。」


 「…お前が一般人を誘拐していた理由は?」


 「頼まれたからです。でも、誘拐の仕事を任されていたのは僕だけだと思います。能力が移動に便利だし、戦闘能力も薬で手に入れたから…。薬を何度も運んでいるうちに誘拐を頼まれるようになりました。…他に聞きたいことはありますか?」



 真田は真っ直ぐ邦木場を見つめた。

 邦木場は顎に手を置き、考える仕草を見せる。



 「薬の取引現場は?」


 「毎回違いました。薬の運び先もです。取引相手も、運んだ薬の受取相手も徹底的に特徴が見えないように全身を覆うような格好で、真っ白いマスクをしていました。」


 「どうやって場所を指定された?それに薬の販売については?」


 「運び先は特殊な携帯を使って指示されていました。でも、こちらから掛けることはできませんでした。薬を販売しているものは複数人いるようです。僕は仕事の報酬として薬を貰っていたので、今はどうなっているか分かりませんが、半グレが独自のネットワークを使って捌いていたはずです。薬の製造者みたいな大元が表に出てくることは一切ないと思います。薬が出回っていて、売買されている以上、少なくとも組織的な集団が裏にいることは間違いないと思います。」



 その後も問答はしばらく続いた。邦木場の質問に対し、真田は邦木場の言葉の裏まで理解し、欲している情報を的確に答えていった。


 先ほどまで敵対していた2人だが、その間には確かに、信頼、絆がある事を感じさせる光景だった。



 「と、聞きたいことはこのくらいだな。」


 「分かりました。…僕は先輩の役に立てましたか?」



 真田が不安そうな目で邦木場を見つめていた。



 「…あぁ、本当に助かった。」


 「…よかったです!」



 真田は満面の笑みで答えた。邦木場も釣られて笑った。


 一転、邦木場は下ろしていた銃を真田の額に向けた。



 「あぁ、先輩。本当にごめんなさい。」


 「何がだ?俺に謝ったところで何の意味もない。」


 「いえ、人に沢山迷惑を掛けたことはこれから地獄で詫び続けます。僕が謝らなければいけないのは、先輩に僕を殺させてしまうことです。」


 「いいんだ。仕事だしな。…私情は捨てなきゃいけないが、でも、大喜…お前を殺すとなると、な。」



 そう言った邦木場は無表情だったが、顔に力が入っているように見える。

 真田の目から涙が一筋流れた。そんな真田の顔を見て邦木場は口を開いた。


 「お前は俺が殺すから、お前をこんな事にした奴を殺して、仇を取るなんて言えない。」


 「…はい。」


 「でも、個人的な恨みを仕事の邪魔にならない範疇で存分にぶつけることくらいは、いいよな?」



 真田はきょとんとした顔を浮かべたが、すぐに恥ずかしそうに、でも嬉しそうに



 「はい!それでこそ先輩ですね!」



 と笑った。


 邦木場は銃の引き金に指をかける。指は震えているが、少しずつ力が込められていく。



 「まぁ、何だ。こんな事になっちまったけど、お前は可愛がりのあるいい後輩だったよ。…もう少し話していたかったが、そろそろお別れだ。」


 「僕も最期に先輩と本音で話せて、本当に良かったです!喧嘩も初めてしたし、楽しかったですよ!」



 2人は笑った。


 暗い路地裏の一角で、銃声が響いた。


 邦木場は死体に背を向けて立ち去った。その目元は月明かりで少し光っていた…。


 死体は、穏やかな笑顔を浮かべていた。


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