今月の新作、ストロベリーフラペチーノ

 一旦帰って仕事着に着替えた邦木場は、時間通りに指摘されたビルへ到着した。


 ビルの受付を素通りし、廊下の隅のひっそりとした会議室の扉を、ノックすらせずに乱暴に開けた。


 長机が複数並んだ少し狭めの会議室の中には、ガタイのいい中年男性がポツンと座っていた。きっちりとしたスーツを身に纏い、髪をオールバックにしており、見るものに清潔感とまじめな印象を与えるだろう。


 彼の名は、伊藤頼王いとうらいおう。警察官で階級は警視。それでありながら、『マンハント』の監査員を兼任している。


 邦木場は伊藤の姿を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。



 「伊藤のおっちゃん、時間ぴったりだ。さっそく仕事の話をしようぜ。」


 「おい、邦木場…。ノックもせずに入ってきやがって。それは、まあいい。んで、何だその手に持ってるやつは。」


 「あっ、これ?今月の新作のストロベリーフラペチーノ。まだ飲んでなかったから来るついでに買ってきた。」



 邦木場はそう言って、ストロベリーフラペチーノを啜った。ズココッと音を立てて、邦木場の口の中にストロベリーフラペチーノが流れ込む。邦木場の口の中に、イチゴの酸味とホイップの甘味が一杯に広がる。果肉もたくさん入っており、飲みごたえもバッチリだったようだ。邦木場は思わず笑みを浮かべた。


 そんな呑気な様子の邦木場を見た伊藤はこめかみに血管を浮かべながら怒鳴った。



 「お前なぁ…。仕事の話だっつってんだろ!!普通フラペチーノなんぞ持ってくる社会人がいるか!?」


 「いや、2時間後っていう中途半端な時間を指定したおっちゃんも悪いだろ。それに俺は普通の社会人じゃねぇし。仕事の話なんざ何しながらでもできる。ストロベリーフラペチーノを飲みながらでも〜。ズココッ!」


 「……ふぅ。まぁ、いい。取り敢えず向かい側に座ってくれ。色々説明をする必要がある。」



 呆れた様子を隠そうともしない伊藤のその言葉に、邦木場はストロベリーフラペチーノを啜りながらも、素直に従う。

 伊藤は、邦木場がコートを脱いで、椅子に座った事を確認した後、1枚の紙を手渡した。



 「これは半年前の1ヶ月の異能犯罪の件数と先月の異能犯罪の件数の差を表した資料だ。見てわかる通りに、まあ増えていると。」


 「確かに、これは急激に増えすぎだな。んで、原因は掴めているって事でいいんだよな?」



 邦木場がそう聞き返すと、伊藤は首を振って否定する。



 「いや、決定的な証拠はないが、関係がありそうな事件、というか社会問題だな。それについてお前に一仕事頼みたい。」


 「証拠、ないのか。おっちゃんにしては珍しい。少しの情報すらないのか?」



 邦木場がそう言うと、伊藤は心底面倒臭そうにため息をついた。



 「…表から探っても情報が殆ど取れなかった。この問題は相当闇が深いぞ。」


 「んで、その社会問題っていうのは何だよ。」



 伊藤は写真を1枚邦木場に見せた。写真には赤と黒が混じった雫のような形の何かが写っていた。



 「最近半グレの間で流行っているヤクだ。見た目のまんま、『ティアドロップ』つぅヤクだ。こいつがここ最近、急激に広まりを見せている。まぁ、逮捕なりお前らに処理なりしてもらったやつが、ちょこちょこ『ティアドロップ』を持ってやがった。」


 「ふーん…。成分解析は?既存の違法薬物との差異は?」


 「ほぼ変わらん。だが、未知のタンパク質が1種類検出された。でもこれは重要じゃない。で、本題はここからだ。一般人がこいつを摂取すると、そこらのヤクと変わらん症状が出る。ダウナータイプだな。だが、異能発現者が摂取するとだ。性格が非常に攻撃的になり、理性が曖昧になるらしい。結果的に事件を起こしまくっているってわけだ。」


 「異能発現者のみに特定の効果があるってことか。それだけだったら俺が動く義理はねぇ。マンハントってのは異能犯罪者を殺すための組織だ。…警察は動いてねぇのか。」



 邦木場は話を聞いている最中、ずっと持っていたストロベリーフラペチーノの容器を机に置いた後、伊藤の目を真っ直ぐに見つめる。



 「最初にも言ったが、目立った情報は集められていない。それに治安の悪化も無視できないところまで来ている。だからお前たちに頼むことにしたんだ。」


 「俺らはお国が手に負えない異能犯罪者を殺すために雇われているんだ。手を汚しているんだ。それは契約違反じゃねぇのか?」



 邦木場が剣呑な様子を醸し出しながら伊藤に問いた。

 伊藤はバツが悪そうな顔をした。



 「すまねぇな。だが、この国の警察はかなり優秀だ。その警察がティアドロップの製造場所どころか出所すら集められていないこと。ティアドロップは異能発現者のみに作用する効果がある事。他にも細々とした理由はあるが、この件の裏にかなりヤバい奴がいるのは確かだ。だからお前たち「マンハント」に動いてもらうことになった。」



 伊藤の言葉を聞いて、邦木場は大きく、それでいて長いため息を吐き出した。



 「はぁぁぁ…。他ならない伊藤のおっちゃんの頼みだ、顔を立ててやる。今回だけだぜ。」


 「すまないな。すでに、お前の他にも何人か動いてもらっている。あまり、進展はないがな。」


 「…んで、頼みたい仕事ってのはなんだよ。」


 「…ティアドロップの運び屋と見られる人物をを数人特定した。その中に、ヤク欲しさか金欲しさか知らねぇが、死体は見つからず、行方不明になっている一般人が何人もいるから…恐らく、誘拐だな。運びの他に、男女見境なく襲っている奴が1人いる。そいつも末端も末端だろうが、殺すついでに、ティアドロップの情報を聞き出して欲しい。」


 「…あくまでもメインは殺しっていうスタンスを取る訳だ。とことん気に食わねぇ。で、誰を殺せばいい?」


 「重ねて謝罪する。悪いな邦木場…。標的はこいつだ。」



 伊藤は新しい写真を邦木場に見せた。写真に写っていたのは、つい先ほど会ったばかりの邦木場の後輩、「真田大喜」であった。



 「なんでお前が……。今日はイラつく事ばかりだよ、全く。」



 邦木場から無意識のうちに言葉が漏れる。伊藤は反射的に聞き返した。



 「まさか、お前の知り合いか?まぁ、無いとは思うが、繋がっているんじゃないだろうな?」


 マンハントは完全なスカウト制である。それなりの年数、マンハントとして活動してきた邦木場だが、別の組織のスパイである可能性が万が一にもあり得る。


 嘘は許さない。腫れ物に触る声色ながら、ある種の凄みを感じさせる様子で伊藤は邦木場に迫った。

 邦木場の眉間にシワが寄る。重苦しい空気が漂う中、邦木場は口を開く。



 「俺の、中学校時代の後輩だよ。今でもたまに連絡するし、なんならさっきバッタリ会ったばかりだ。成程、さっき運んでた荷物ってのはティアドロップとかいう薬だったってわけだな。」



 そう言った邦木場を見て伊藤は息を1つ吐く。



 「一応聞くが…。殺せるな?」



 伊藤がそう聞くと、邦木場はニヤリと、しかしほんの少しだけ悲しそうに言った。



 「当たり前だろう?俺はマンハント。殺しのプロだぜ?仕事はしっかりこなすさ。…何様のつもりだって思うかもしれないけどよ、異能を使って罪の無い人を殺すやつは、許せないからな。」


 「…そうだな。お前は適当なやつだが、仕事に関しては信頼している。」



 伊藤は安心したように笑った。



 「それに、今回の標的は俺の後輩だ。性格から能力まで、よーく分かってる。楽勝さ!」


 「ふっ。馬鹿野郎!情報を聞き出す事を忘れるなよ!」



 伊藤は、邦木場の方を強めに小突いた。邦木場は、痛がってはいるものの、その顔は笑顔だった。

 先ほどまで2人の間に漂っていた、剣呑な空気はすっかり無くなり、普段の調子に戻ったのだった。



 「さて、じゃあ準備をしてから、仕事に入る。」



 邦木場は、残っていたストロベリーフラペチーノを飲み干し、コートを羽織って、会議室の扉のドアノブに手を掛けた。



 「おっちゃん。処理班にいつもの注文伝えといてくれ。なに、いつも通りの働きをするだけさ。心配するなよ。」



 それだけ言うと、邦木場は会議室を出て行った。

 その様子をぼおっと見送った伊藤は1人口を開いた。



 「邦木場は、異能犯罪者を殺せる立場を得るためだけにマンハントに近づき、スカウトされた。マンハントのメンバーの戦力は貴重だ。今回のようなことがないように、上を説得しなければ。」



 伊藤の目に、邦木場が持ち帰らなかったストロベリーフラペチーノのゴミが写った。



 「あいつ、ゴミも持ち帰らずに。…まぁ、たまには、俺もフラペチーノとやらを飲んでみるか。」



 伊藤はそう言って、フッと笑った。

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