お寿司

 ちょうど昼時で賑わっている回転寿司屋の店内。その一角に皿の山ができていた。数にして40枚。その数の寿司が1人の青年の腹に収まっているのだから驚きである。



 「あむっ。昨日はイカの気分だったけど、やっぱり寿司はマグロだよなぁ。程よくねっとりしていて美味い。」



 青年、邦木場群青くにきばぐんじょうはぶつぶつと独り言を言いながら寿司を貪っている。

 昨日の平賀との殺し合いの時とは違い、ラフな格好だった。


 邦木場のフードファイター以上の食いっぷりは、周りの客の注目をこれでもかと集めているが、本人は気づいていないのか、お構いなし寿司を食べ続けている。



 「あぐっ…もぐっ…。久々に来たが、最近の回転寿司も侮れないな。安いし、それなりに美味い。何より種類が豊富だ。回らない寿司とは違った良さがある。もぐもぐ。」



 邦木場は絶え間なく寿司を食べながらも、空いている手を使い、無駄のない無駄な動きでタッチパネルで追加の寿司を注文をする。今度は変わり種の寿司をご所望のようで、ローストビーフ寿司とハンバーグ寿司を頼んだようだ。


 寿司がくるまでの間、湯呑みに備え付けのお湯を注いで一口飲んだ。ほぅ、と邦木場の口から吐息が漏れる。



 (しかし、昨日の標的、平賀?だったか。追い込まれていくたびに異能が進化していた…。俺も異能が進化したことはあるが、あんな短時間で、しかも何度も進化するものなのか…?)



 現在、異能についてわかっていることは少ない。異能の種類はあまりにも多様であることや、なぜ異能が発現するのか、発現する者としない者の差は何なのか、今も研究の真っ最中である。

 異能の進化。能力の拡張と言った方が分かりやすいだろうか。異能発現者は能力がより特化したり、出来ることが増えたりなどすることがある。

 その条件は未だ不明で、努力により進化することもあれば、ふとした瞬間に進化することもある。



 邦木場がそんなことを考えているうちに、頼んでいた寿司が、新幹線型のレールに乗って運ばれてきた。

 運ばれてきた寿司をみた邦木場は、先ほどまでの思考も何処へやら。ニコニコと笑いながら揚々と寿司を口に運び始めた。



「うん、ハンバーグ寿司は初めて食ったが、甘めのソースとマヨネーズが、酢飯と意外によく合う。甘味、酸味、まろ味がちょうど良い塩梅だ。この子供っぽい味のハンバーグが何とも…。むぐむぐ…。軽く七味をかけて、もぐ、辛味を足してもいける。あむ…。うーん、こっちのローストビーフ寿司はあんまりだな。単純に醤油単体だと合わないし、かと言って甘ダレだとくどくなるし…。でも、こういう変わり種の寿司は回転寿司ならではだし、せっかく来たなら食べないと損だよなぁ。」



 そんな感じで寿司の批評をしながらも、邦木場の食べる手は一切止まることはなかった。


 その後、しばらく寿司やサイドメニューを食べ続けた邦木場だったが、最終的に寿司だけで70皿も平らげた。

 邦木場は、最後に取っておいたあおさの味噌汁を口に流し込み、店員を呼び出した。



 「ふぅ、美味かった!店員さん、おあいそで。」


 「はい、ただいま…えっ?何だこの量!」



 仕事中だということを忘れて、思わず驚きの声を上げた店員。



 「あー、すみませんね。これくらい食べないと不安で…。一応30皿ずつ積んであるんで。」


 「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。では、お皿を数えさせていただきます。」



 量が量なので、皿を数えるだけでもそれなりに時間がかかった。



 「ええと…、サイドメニューのお皿も含めてちょうど100皿ですね。お会計をお願いします。」


 「ありがとう。ご馳走様。」



 邦木場は伝票を持って立った時、ようやく周囲の客に注目されていることに気づいたのか、そそくさと早足でレジへと向かった。



 「お会計、15000円です。」


 「現金で。」


 「ちょうどお預かりします。ありがとうございました〜。」



 邦木場は店員の声を背に、回転寿司屋の外へ出た後、大きく伸びをした。その顔は美味いものを食べたことと、満腹感で何とも幸せそうだ。



 「んーーっ!食った食った。昨日、心臓を再生したからなぁ。カロリー摂らないとやってられねぇな。」



 邦木場は懐からスマートフォンを取り出し、銀行口座のアプリを開く。履歴を見ると、150万円が振り込まれていた。



 「150万か…。そこまで強くなかったし、そんなもんか。いや、コートとスーツ新調するから普通に赤字だわ。あいつめちゃくちゃ足元見てくるからなぁ…。品質は最高だから文句はないけど。」


 「邦木場センパイっ!こんちはっ!」



 後ろから自らを呼ぶ声が聞こえたので邦木場が振り返ると、真っ暗な無地の配送バッグを背負った金髪で快活そうな青年が笑顔で手を振っていた。




 「おうっ。大喜だいきじゃねぇか。っと、そのバッグ、ムーバーイーツのじゃねぇな。辞めたのか?」



 青年の名前は真田大喜さなだだいき。邦木場の中学生の時の二つ下の後輩で、今でも連絡を取り合っている。時折、邦木場が飯を奢る程度には親密な中だ。

 邦木場が、先のように問いかけると、これまたニッコリと笑って真田が答える。



 「ハイッ!ムーバーより給料いい配達の仕事見つけたんで、乗り換えたんですよ!」


 「そりゃあいいな。お前の足だったら、どんな配達でも楽勝だろ。」


 「もちろんです!僕はこの足とスタミナだけが取り柄ですから!」


 「そんな事はないだろうが…。まぁ、久しぶりに顔を見れて良かったよ。最近話してなかったしな。今、何を運んでるか聞いてもいいか?」



 邦木場がそう尋ねると、真田は身体の前で両腕でバツ印を作った。



 「いくら先輩でも教えられません!守秘義務ってやつっす!といっても僕も中身は知らないんですけどね。」


 「そうなのか。なぁ、大喜。一応聞くが、危険な仕事じゃないよな?」



 邦木場は思わず鋭い目つきで真田を見てしまう。普段滅多に見せない邦木場のそんな顔にたじろいだのか、少しどもりながら真田は答えた。



 「いっ、嫌だなぁ…。そんなわけないじゃないですか。今、ちょっとお金が必要で、給料のいい所で働き始めましたけど、しっかりした所です!しょぼい能力とはいえ僕も異能発現者の端くれですから!待遇も良くしてくれたんですよ!」

 

 「ならいいが…。」


 「あっ、この荷物、時間指定があるんでした。じゃあセンパイ、ここいらで失礼します!」



 真田はそう答えると、邦木場の返事も聞かず走り出した。



 (大喜のことだから問題ないと思うが…。だけど、俺の気にすることではないし、何かあったら自分から相談してくれるはずだ。)



 そう考えつつも、走り去っていった真田の後ろ姿を見る邦木場の視線は、鋭いままであった。


 手に持ったままだったスマートフォンが、軽快な音楽を流して震え出す。邦木場が画面を見ると、画面に「おっちゃん」と表示されていた。


 邦木場はため息を一つ吐くとスマートフォンの画面をタップし、耳に当てる。すると、スピーカー部分から豪快な声が流れてきた。



『おうっ、邦木場か!昨日の今日で悪いが、仕事の話だ!直接会って話したいからいつもの会議室に来てくれ!』


 「伊藤のおっちゃんよぉ…。他に任せられるメンバーいないの?おっちゃんの頼みなら、渋!々!行くけど。仕事だし。」


 『んなこと言うな。すでに何人か動いてもらっている。全く関係がない話じゃないから、それについても説明したい。集合は1、いや、2時間後でいいな!じゃ、頼むぞ〜。』pi!



 通話が切れてから、邦木場は大きく息を吐いた。



 「…伊藤のおっちゃんが直接会って説明したいってことは、それなりに面倒臭い仕事なのは確かだな。集合は2時間後か…。一旦帰って着替えねぇと。中途半端な時間だし、集合前にコーヒーでも買ってから行くか。」



 そう言ってスマートフォンをズボンのポケットに突っ込むと、邦木場はとぼとぼと歩き出した。


 邦木場の脳裏には粘ついた嫌な予感が張り付いていた。これは間違いなく長丁場になるだろう。そう感じた邦木場の足取りはどことなく重いものであった。



 「あっ、今月の新作まだ飲んでないや。ちょうどいいから買って行くかな。」



 それはそれとして、有名コーヒーチェーン店の新作は必ず飲む男、邦木場であった。

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