マンハント~異能狩りの殺し屋たち~

帯刀靱負

「マンハント」

 20××年、世界中に超能力や異形の力を発言した人間が現れた。それらの異能に目覚めた人間を「異能発現者」と呼ぶ。


 唐突に、自らに強大な力が湧いてきたら私たちはどのように行動するだろうか?実際に起こらないと分からない人がほとんどだと思うが、少なくとも...理性のタガが外れ、モラルを無くし、本能のままに行動するものがいることは間違いないだろう。





 真夜中、日付を跨いだ頃。人気のない港沿いの薄暗い倉庫の中、巨漢が金髪の男性の死体を踏みつけながら下品な笑い声をあげていた。



「ゲハハハハハハハハッ!やっぱりこの力は最高だぜ!そろそろチンピラじゃなくて、そこらの堅気に手を出してみるかぁ?」



 巨漢は1月前に「異能発現者」となったばかりであった。長年ヤクザの下っ端をしていた彼は、突然自分に宿った異能という強大な力に溺れて、非道の限りを尽くすようになった。


 「俺様の実力をいつまでも認めないからだ!」そう言って最初は所属していた組を滅ぼした。そこで人殺しの快感に目覚めてしまった彼は夜な夜な、裏路地にたむろしているチンピラを殺して回るようになっていた。それは、連日ニュースで報道される程度には世間に知れ渡っている。


 もっと血を、もっと破壊を!巨漢の衝動は日に日に増していくばかりだった。



 「よおし、決めた!明日、そこらの通りで無差別に…ん…?」



 不意にコツコツと、足音が倉庫内に響き渡った。巨漢が倉庫の入り口をみると、コートを羽織った青年が巨漢に向かって歩いてきていた。

 青年の顔は中の上というべきか、それなりに整っていた。だが、特徴的な部分ははそれだけだったため、一般人が迷い込んだか、怖いもの見たさに近づいてきたのだろうと巨漢はあたりを付けた。



 「何だ?お前。道にでも迷っちまったのか?まあ、見られてようが何も見てなかろうが殺すけどなあ!!」



 そう巨漢が声を上げたとたん、その背中から触手のようなものが生えて青年に向かってくる。触手の先端にはワニのような鋭い牙が並んだ口が付いている。


 あわや青年の首筋に食らいつく直前、青年の左腕がブレて、触手の口元が切断された。

 いつの間にか青年の左手には、鉈と見間違うほどの大ぶりなナイフが、右手にはこれまた大口径な拳銃が握られていた。



 「ぎゃあああ!」



 触手にも痛覚があるのか叫ぶ巨漢。その苦悶の表情を見ながら青年が口を開いた。



 「元田中組組員、平賀悟志ひらがさとし。異能に溺れ、短期間に人を殺しすぎたな。」


 「てめえ、何もんだ!この俺様の触手を!」


 「お前を殺しに来たもんだよ。こういった方が早いか?『マンハント』のお出ましだ。」



 『マンハント』そう聞いた途端、巨漢、平賀の顔が一瞬恐怖でゆがんだ。 


 「マンハント、聞いたことがある。国公認の殺し屋集団だったか?なぜ、俺を狙った?人を殺した数なら俺様がいた田中組の方がよっぽど殺しをしていたぜ?」


 平賀は表情を歪めながらも青年に問う。青年は素直に質問に答えた。



 「殺した数じゃあない。依頼が出たかどうかだ。。一応俺らが出張るラインはあるが、あんたはそれを越えちまった。だから殺す。」



 青年は淡々と答える。


 平賀がにやりと笑った。

 青年がちらりと触手の方を見ると、先ほど切ったはずの口部分が再生していた。



 「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとよ!!今度は油断しねえ。全力で殺してやるよ!」



 平賀の背中から、新たに3本、合計で4本の触手が現れた。触手は一斉に、うねるようにして青年に殺到する。同時に青年も平賀に向かって駆け出した。


 先ほどのように、逆手に持ったナイフで次々に触手を切断しながら、跳ねるように平賀へと近づいていく。しかし、平賀まであと数歩というところで、後ろからの気配を感じとった青年は転がるように回避した。


 青年が感じた気配の方を見ると、先ほど切断した触手が再生していた。それどころか、先端が次々枝分かれしていき、大量の触手が網のように青年の前に広がっていた。



 「ゲハハハハハッ!!まさか俺様の触手にこんな能力があったとはな!マンハントだろうが何だろうが関係ねえ!ズタズタに食われて死ね!」



 平賀の言葉と共に、無数の触手が青年に襲い掛かる。あらゆる方向から縦横無尽に触手が迫る。が、突如として青年はその場で一回転した。その数舜後、青年の周りの触手が地面に落ちた。




 「……は?」



 平賀は少し呆けた後、触手を一斉に落とされた痛みが遅れてやってきたのか絶叫した。



 「ぎゃああああああああっ!…フゥ、フゥ…てめえ、あれだけの触手をいっぺんに…。一体、何をした!?」


 「ん?細かく切ったから触手が増えたんだろ?だからナイフで周囲の露払いをしながら、拳銃で触手の根元に近い部分を撃ったんだ。そうすりゃ安全にまとめて触手を処理できる。」



 そう話しながら青年は平賀のもとへ歩みを進めていく。




 「また触手が復活しても面倒だし、さっさと殺すとするか。」



  淡々と言った青年に恐怖を感じたのか平賀は、震えながら口を開いた。




 「や、やめてくれ!お、俺様はまだ死にたくない!助けてくれよ!お、お前、マンハントなんだろ!?そもそもお前も同じ人殺しじゃねえか!俺様とおんなじだ!なんでお前が許されて俺様が許されないんだ!…そうだ!俺様もマンハントに入れてくれ!そうすりゃ俺様は助かる、お前らは俺様という戦力が手に入る!なっ?ウィンウィンだろ!?なっ!?だから助けてくれよ!」



 錯乱し、捲し立てるように命乞いをする平賀。青年は、その様子に呆れながら右手に持った拳銃を平賀の額に向けた。



 「なんだみっともない。潔く死ねよ。仮にも元ヤクザだろうが。」



 そう言いながら引き金にかかる指に力を込めた瞬間、ドッと青年の胸に衝撃が走った。

 胸をみると心臓の辺りから先ほど切断した触手の先端が、青年の心臓を食い破り這い出ていた。



 「ごぼっ…」



 青年の口から血があふれ、全身から力が抜ける。青年の身体は触手を支えにしてだらりとしている。まるで紐で吊られた人形のように。



 「ゲハハハ!やった!やったぞ!まさか切られた触手の遠隔操作ができるなんて!今は一本が精いっぱいだが、鍛えればどこからでも殺し放題じゃねえか!」



 平賀は両腕を広げて天井を仰ぐ。よほど青年に勝ったことが嬉しいのか、それとも命が助かって安堵しているのか、高笑いはやむことはない。



 「ゲハハハ!あのマンハントを殺したんだ!もう俺様に怖いものはない!やはり俺様は選ばれた人間だっ!」



 平賀は力なくうなだれている青年の方をちらりと見た。



 「おっと、こいつの死体も処理しなきゃな。いつも通り俺様の触手で食っちまうとすrガッ!!……エッ??」



 突如として青年の左腕が振りあがり、ナイフが投擲される。ナイフは寸分違わず平賀の額に深く突き刺さり、その命を一瞬にして刈り取った。



 「わりいな、俺も異能発現者なんだよ。肉体を再生できるっていう便利だが地味な能力だ。」



 ドシンと重厚な音を立てて平賀が倒れる。その様子を見ながら、すでに息絶えている平賀に向けて青年はそう言い放った。


 触手が刺さったままであるからといって、遠隔操作の能力を自覚したばかりの平賀がなぜ、青年の身体を支え続けられたのか。答えは単純、青年が自らの足で立っていたからだ。



 「どうせ直るって分かっているとどうしても気が抜けちまうな…。改めて肝に銘じないと…。」



 そう言いながらスーツの胸ポケットからスマホを取り出した青年は、どこかへと電話を掛ける。



 「あーもしもし?伊藤のおっちゃん?標的の平賀を始末したから処理班をよろしく。一般人のホトケさんもあるから留意するように。じゃあ俺は寿司食って帰るから。いや、な?平賀の能力が触手でな?その触手、イカゲソみたいだったから、食いたくなっちまった。」


 『こちらの返答も聞かずに捲し立てるな邦木場くにきば!とりあえず、標的の死亡がこちらで確認出来次第、いつもの口座に金を振り込んでおく。そして、お前はそろそろ自分から依頼を受けに来い!力はあるんだか』pi!



 電話先の相手から邦木場と呼ばれた青年は耳元で怒鳴られるのが嫌だったようで、話の途中で電話を切った。


 邦木場は心底面倒くさそうに頭を搔く。



 「いつもうるせえなあ、伊藤のおっちゃんは。寿司を食いたいって言ったばっかじゃねえかよ…。あっ!そういや胸のところ穴が開いてるじゃねえか!しかも血だらけ。これじゃあ店に入れねえ…。次から絶対に油断しない。全身オーダーメイドだから高いんだぞ全く…。」



 ぶつくさ言いながら、邦木場は倉庫の外へ出てそのまま夜の闇に消えていった。

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