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◇
走って、走って、走って。ただひたすら走り続けて、自分の帰る家が視界に入ったところで、ようやく秋菜の足は止まった。眠っていたはずの祖父母は起きてしまったのか、窓からは白い明かりが漏れている。その光にやっと日常に戻ってきたのだと理解して、秋菜は深い安堵のため息を吐いた。
ゆっくりと足を進めて家へと向かう。
街に突如現れた黒い謎の球体。人々を飲み込み、噛み砕いた球体。叫び逃げ惑う人々。血だらけの街。そしてその街をぼんやりとした様子で歩いていた、大切な幼馴染。
彼女こそが五年前の事件の犯人だった。彼女こそが復讐を願っていた相手だった。彼女こそが、でも彼女は、かなめは——。
そこまで考えて、秋菜は首を横に振る。そうするしかない。そうしなければならない。だってずっと望んでいたことだ。願っていたことだ。だけど、だけど。
玄関の扉に手をかける。鍵は開いているらしく、すんなりと扉は開いた。中に入れば、座り込んでいた祖母が顔を上げて秋菜を見つめる。秋菜を見た途端、祖母はほう、と息を吐いた。
「あきちゃん、どこ行ってたの。心配したのよ?」
「っ」
柔らかく微笑む祖母の顔を見て、秋菜の中に先ほどまで押さえ込んでいた恐怖心が溢れ出す。恐怖心は涙となって、ぼろぼろと秋菜の目からこぼれ落ちた。
突然泣き出した秋菜に動揺することもなく、祖母は立ち上がって秋菜に近づく。そうしてよしよしと優しく背中を撫でてくれた。その感覚が心地よくて、秋菜は安心感からぽろぽろと涙を流し続けた。
「どうしたの、あきちゃん」
優しく問いかけてきた祖母に、秋菜は鼻を啜って口を開く。
「おばあ、ちゃんはさ。お母さんたちを殺したかもしれない犯人のこと、どう、思ってる?」
秋菜の言葉に、背中を撫でていた祖母の手が止まった。けれどもそれは一瞬で、祖母は再びゆっくりと手を動かして秋菜の背をさする。秋菜が祖母の顔に目をやると、祖母は悲しげな表情を浮かべていた。
「そう、ねえ」
そうこぼして、黙って秋菜の背を撫でる祖母。しばらく黙り込んでいた祖母だったが、もう一度そうねえ、と呟くと悲痛な面持ちで言葉を紡いだ。
「こんなこと、言っちゃいけないんだろうけどね。正直、苦しんで死んでほしいとは思ってるよ。まあ、今ものうのうと生きているならの話だけれどね」
ぽんぽんと背中を叩いて、祖母は秋菜から身体を離した。そうして秋菜から顔を背けて、玄関を上がって廊下を歩いていく。
「ほら、早く入りなさい。それで、今日はもう寝なさいね」
振り返った祖母は、いつも通りの優しい顔をしていた。けれどもその顔は自然なものではない。まるで、憎悪も怒りも無理矢理飲み込んだような表情。その顔が、秋菜の決意を固めた。
頷いて、秋菜は自室へと向かう。
ぱたりと扉を閉じて、秋菜は自分の机へと近づく。机の上には使い慣れた通学鞄。鞄を開けて中を探る。ごそごそと中を漁って、取り出したのは一本の注射器。それは楽美から貰った切り札。打ち方は教えてもらったけれど、具体的なことは何も教えてもらえなかった。それでもこれがあれば復讐が果たせると、これがあれば化け物を倒すことができるということだけは知らされていて。
でも、あんな化け物をこれだけで?
——もしもう一本欲しいなら、あたしの家に来てね?
秋菜の脳裏に楽美の言葉がよぎる。念には念を。
注射器を握りしめる秋菜の瞳は、ぐつぐつとした怒りに支配されていた。
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