19

 昼間感じた恐怖が離れない。午後の授業中も、放課後になった今も、私はずっと怯えている。心臓はバクバクと煩いまま。気を抜けば身体は今にも震え出してしまいそう。

 それでもそれを悟られないように、万妃の隣を歩く。万妃には、知られたくない。だって心配させたくない。だって説明ができない。だってまだ、言えない。


「なんかあったのか?」


 それでも完全に隠すことはできていなかったらしい。万妃は心配そうな様子で私の顔を覗き込む。アメジストの瞳には温度があって、温かくて。


「かなめ、午後からずっと顔色が悪いぞ」

「そうかな、平気だよ」


 大丈夫、と笑顔を作って答えると、万妃は怪しむような表情をしたものの、それ以上追求してくることはなかった。


「ああ、そうだ。可憐ちゃんについてとか、今日一日気になったことを話すね」

「ああ、頼む」


 万妃が頷いたのを確認して、まずは可憐ちゃんについて話し始める。可憐ちゃんの両親が十年前に事故で亡くなっていること。可憐ちゃんは伴場先生と一緒に住んでいること。それから、可憐ちゃんは普通の食事ができないこと。


「十年前、ねえ。普通の食事ができないって、給食を食べてないってことか?」

「うん。いつも伴場先生が用意したお弁当を食べてるみたい」


 昼休み、理科室で聞いた話。伴場先生が自称不老不死であること。可憐ちゃんによればそれは擬似的なものであるらしいこと。伴場先生は可憐ちゃんにもそうなってほしいと願っていること。可憐ちゃんはそれが嫌だけど、伴場先生のお弁当を食べたくないならそうするしかないかもしれないこと。

 それらの話をすると、万妃はふむ、と腕を組んだ。


「伴場先生はともかく、可憐の方はグールになってると考えて間違いないだろうな。グールは人間の肉からじゃないと栄養を摂れない。普通の食事もできるけど、それで生きていくことはできないんだ。で、そうなっちまったのは伴場先生のせい、って考えるのが自然だろうな」

「可憐ちゃん、普通の人間に見えるけど」


 これまで見てきたグールはみんな、いかにも化け物という姿をしていた。おまけに意思の疎通もできない。けれど可憐ちゃんは違う。普通に話すこともできるし、どこからどう見ても普通の女の子だ。


「グールにも種類があるんだよ。知能の低い個体から人間に偽装できる個体。それからアタシたち魔喰いとほぼ同等の力を持つ個体まで。可憐のやつはグールの中でも中級程度の位置に存在する個体に変化したんだろうな。で、伴場先生は自分が不老不死だって言ったんだよな?」

「うん。可憐ちゃん曰く、擬似的な、らしいけど」

「なら、アイツはアタシと同程度の能力を持つ個体なのかもしれない。それかアイツも吸血鬼かなんかの魔喰いで、可憐はアイツの血を摂取させられたのか」


 ぶつぶつと呟きながら、万妃は腕を組んで考え込む。


「万妃は自分の血を飲んでグールになってしまった人たちの気配を探れるんでしょ? なら、可憐ちゃんと伴場先生がそうなのかもわかるんじゃないの?」


 問い掛ければ、万妃はいいや、と首を横に振った。


「人間の状態に偽装されてたらわからないんだよ。低級のグールとか、偽装を解いてグール化したり能力を発現していればわかるんだけど」


 あの二人が正体を現さない限りは万妃にもわからない、ということらしい。

 ともかく可憐ちゃんがグールになっている。伴場先生もグール、もしくは魔喰いかもしれないということは確かだろう。どうして二人はそんな状態になってしまっているのだろうか。伴場先生の目的は一体なんなのか。もし伴場先生が魔喰いなのだとしたら、可憐ちゃんに自分の血を飲ませたというのか——いや、違う。それは違う。秋菜から聞いた話が本当なら、伴場先生は少なくとも吸血鬼の魔喰いではないはずだ。


「あのね、万妃」


 昼休みに秋菜から聞いた話を万妃に話す。伴場先生が秋菜に万妃が犯人であると告げたこと。その証拠として万妃の血液を使ってネズミをグール化させたこと。そのせいで秋菜は今回と五年前の事件の犯人が万妃であると思い込んでしまったこと。そのことを話すと、万妃はなるほどな、と頷いた。


「アイツが吸血鬼の魔喰いならわざわざそんなことをする必要はない。自分の血を使えばいいんだからな。だからアイツは吸血鬼の魔喰いではない、ってかなめは考えてるわけか」

「うん。あくまで秋菜の話が本当で、伴場先生が使った血液が本当に万妃のものなら、だけど」

「それを確かめる方法はないからな。絶対にアイツが魔喰いじゃないとは言えないし、絶対にアイツがアタシの血を奪った犯人であるとも言えない。どちらにせよ、アイツが怪しいことに変わりはないがな」


 私も同じ意見だ。どちらにしても、伴場先生は間違いなく今回の事件に関わっているだろう。


「それにしても、アタシが犯人か」


 ため息を吐きながら、万妃は眉間に皺を寄せた。


「原因はアタシにあるから、その考えは間違っちゃいない。でもそれは今回の事件に関してだけだ。前回の、五年前の事件にはアタシは無関係なんだけどな」

「うん、知ってる。でもとりあえず、秋菜が万妃を疑ってることは知っておいた方がいいと思って。あと、伴場先生が秋菜にあげた切り札ってやつも気になるし」

「…………切り札、ねえ」


 先に私たちが事件を解決してしまえば、その切り札を使う必要もなくなる。何を貰ったのかは気になるが、事件さえ解決すれば何も問題ないだろう。少なくとも、万妃に危害が及ぶ可能性はなくなるはずだ。


「ま、今はとにかく伴場先生と可憐だな。二人の家は知ってるのか?」


 ううん、と首を横に振るとだよな、と万妃は頷いた。


「ま、運が良ければ今夜も街で見かけるかもしれない。グール退治もしないとだしな」

「今夜もビル街に行くの?」

「ああ、って、ついてくる気か?」


 もちろんそのつもりだ。

 万妃は複雑そうな表情を浮かべた後、観念したようにため息を吐いた。

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