11
通学路には昨日とは違い、下校する生徒たちの姿がちらほら。周囲の畑にも人の姿があるし、時折車が通り過ぎていく。いつも通りの下校時間。自分以外にちゃんと人間がいるという安心感から、小さく息を吐いた。
ちら、と横を見る。
万妃は少々不機嫌そうな雰囲気を纏って、無言のまま私の横を歩いていた。私の視線に気がついたのか、万妃が瞳を私に向ける。アメジストの瞳は透き通っていて、夕日に照らされてキラキラと輝いていた。
万妃は私が見つめていたことを不審に思ったのか、なに、と首を傾げる。
「あ、えっと。一緒に帰ることになったけど良かったの? 万妃の家ってこっち?」
「ああ、家はビル街の方だからこの道で問題ない。けど、そうだな。このまま真っ直ぐに帰るより、かなめの部屋に行きたい」
「私の部屋?」
ああ、と万妃は頷いて腕を組む。
「五年前の現場を実際に見てみたいし、今後の話もしたいからな」
ダメか? と上目遣いに見つめられて、ドキリとしてしまう。それを悟られないように、こくりと頷いて了承の意を示した。
「よし、決まりだな。ああそうだ。家に着くまで、五年前の事件について説明してくれるか? もちろん知ってはいるが、かなめの、当事者の言葉で改めて聞きたいんだ」
「うん、わかった」
ドキドキと心臓が煩い。まだ万妃の隣が慣れなくて緊張しているのか、さっきの上目遣いがよほど心臓に悪かったのか——それとも、五年前の事件を思い出そうとしているからか。
強く速く脈打つ心臓が気持ち悪くて、襟元を握りしめる。バレないように平静を装って、私は五年前の事件について語り始めた。
それはいつも通りの夜に、たった数時間の間に起きた。
五年前のある晩のこと。マンションに住む住民の半数以上、六十八名もの人間が行方不明になった。消えた住民の部屋には彼ら、彼女らの血痕が残されていた。でも、残されていたのも見つかったのもそれだけ。警察の必死の捜査も空しく、行方不明となった住民たちは誰一人として見つかっていない。
「かなめは事件が起きた時、どこにいたんだ?」
「自分の部屋にいた、と思う。いつものように寝て、目が覚めたら部屋と寝巻きが血だらけになってた」
私の言葉に、万妃が眉をひそめる。
「そう、か。深夜に物音はしなかったのか?」
「しなかったんじゃないかな。寝ていたから絶対とは言えないけど。でも確か、隣の部屋は襲われたけど自分の部屋は襲われなかった、って証言してる住民もいて。その人たちも、特に物音や叫び声は聞こえなかったって言ってたみたい」
「ああ、そっか。全部の部屋が襲われたわけじゃないみたいなんだよな。襲われた部屋にいた人間は全員行方不明だけど、そうじゃない部屋にいた人間は全員生き残ってる」
何かを考えているのか、万妃は黙り込む。しばらく無言の時間が続いた後、万妃が私に視線を向けた。
「かなめは、その、ご両親の血以外は何も見てないのか?」
「うん、見てない。他の部屋の人たちも知らないみたい。あと目撃証言って言ったら、防犯カメラが頼りになる、はずなんだけど」
「壊れてたんだろ」
うん、と頷く。万妃は腕を組んだまま、ち、と舌打ちをした。
「カメラに関しては壊れた、壊された、というよりはおかしくなった、っていう表現の方が適切かもな。外側は無事だったが、肝心の記録映像がダメになってやがった。それも、事件時間と思われる部分のものだけ。五月十六日の午前零時から午前四時の間。その時間の映像だけが消えていた。乱れてよく見えない。うまく再生できない。でも、誰かが触った形跡はなし、と」
とてもじゃないが、人間によるものとは思えない。その考えは、どうやら万妃も同じらしい。
「わざわざ
「こっちの存在、って?」
と、万妃の足が止まる。
視線を前に向ければ、そこには見慣れた、忌々しい十階建ての建物があった。長方形のきっちりとした灰色のマンション。それはひどく無機質で、透明な自動扉の向こう側はこの世から隔絶された空間のように感じられた。
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