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オレンジに染まった廊下を一人で歩く。委員会の仕事を真面目にやった三年生は私一人だけ。他の子たちは早々に帰ってしまったから、廊下には誰の姿もない。
ない、はずだった。
コツコツと、遠くから足音が近づいてくる。誰もいない廊下に、靴が床を蹴る音だけが響く。
「あら? かなめちゃんじゃナイ」
背後から、絡みつくようなねっとりとした声。振り返ると、理科教師の
ハーフアップにまとめた長い金の髪の毛を揺らしながら、胡散臭い女がわざとらしく足音を立てて近づいてくる。
夕日のせいだろうか。翠色をした瞳が妖しく光っているように見えた。
「こーんな時間まで一人で残ってたのォ?」
「ええ、まあ。他のクラスの分まで仕事をしていたら、遅くなってしまいました」
そう、と伴場先生は目を細める。
「偉いのねェ……でも、今日ばっかりは早く帰った方が良かったんじゃナイ?」
伴場先生の言いたいことがわからず、首を傾げる。
「ほらァ。最近物騒なの、かなめちゃんも知ってるでしョ?」
物騒、という単語を聞いて思い出した。
最近この夜部市内では毎日のように行方不明事件が起こっている。被害者は一人も見つかっていない。だが被害者のものと見られる血痕だけは見つかっていることから、行方不明事件ではなく殺人事件なのでは、という噂も流れているらしい。
ボランティアの中止も、明日以降の放課後の居残り禁止も、おそらくはこの事件の影響だろう。伴場先生が早く帰るべきだったと告げるのも、何もおかしなことではない。
何かを探るように、伴場先生はじっと私の瞳を覗き込む。
「五年前の事件の再来、なーんて言われてるみたいだしィ? ま、あたしは全然違うと思うんだけどォ」
「……はあ」
自然と、足が一歩下がる。
伴場先生が何を言いたいのか、見当もつかない。想像できない。考えられない。
「まだそんなに暗い時間じゃないけど、夜だけが危険なわけじゃないんだしィ? なるべく誰かと一緒に帰った方が良かったと思うわよォ?」
心臓の音が煩い。きっと、伴場先生に恐怖を煽られているせいだ。
「そう、ですね。明日からは気をつけます」
平静を装ってそう答えると、伴場先生の口元がニヤリと愉快そうに弧を描いた。
「そう? ま、あたしはそれでもいいけどォ……かなめちゃんなら、大丈夫なのかもねェ? んじゃ、気をつけてね。きゅうきかなめちゃん」
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