第7話

「……そうですね……」


 即答でやります!と答えてしまう自分からは成長したと思う。というよりも、ここは選択を間違えてはいけない気がする。だって、王族が毒を盛られて私は処刑されたのだ……その王族を、私は誰か知らない。


「カラルスー!ここに居た!」


 答えを考えている内に、いきなり扉が開かれた……と同時に聞こえてきた声は、私が一番聞きたくない声で……。


「……ランテス男爵令嬢、ノックくらいしろ」

「えー!別に良いじゃない!私とカラルスの仲なんだからー!っと……」


 入室の許可なく入ってきたかと思えば、カラルスの隣に座って腕を絡ませる辺りまでセットなのか。私が目の前に居るというのに。

 そして、カラルスの隣に座ってから気が付いたと言わんばかりの視線をランテス男爵令嬢から向けられたが、その口角が僅かに上がった事を見逃さない。

 全くもって不愉快な光景だと言うのに、何も言わないカラルスに対して、苛立ちと絶望と悲しみと……色んな感情が混ざりあって、自我を保つだけでも必死な程となる。






「何の話をしてたのー?」

「あぁ……」


 そんな女の言葉に、素直に説明を始めるカラルスに対し、何かを期待する心はどんどん冷え切ってしまう。

 どうして追い出さないの?

 どうして説明するの?

 それが優しさだと思っているのだろうか。心を切り離して、この二人を捉えて見てみれば、恋愛している男女か、もしくは都合良い関係性にしか見えない。

 貴族としての務めをきちんと果たすつもりならば、切り離す事も時として優しさなのではないのか。……ただただ、カラルスが優柔不断なだけではないのか。

 そう色々と思ったりするくせに、その都度心が痛む私は一番の愚か者だろうけれど。


「えー!何それ!私が行く!」


 話を聞き終えただろうランテス男爵令嬢は、いきなりそんな事を叫び始めた。


「レガス伯爵令嬢はカラルスへ会いに来る暇もないくらい忙しいだろうから!私が行く!!」

「いや……しかし王女殿下に不敬があっては……」

「それはレガス伯爵令嬢も同じでしょ!?私が行きたいから私が行く!」


 …………は?

 何を言っているのだろう、この女は。先ほどから子どものように駄々をこねて、意味不明な理論をまくしたてているようにしか見えない。それを宥めるだけのカラルスには、ほとほと呆れ果ててしまう。

 それに……会いに来る暇もない……?何だろう、これは喧嘩を売られているのか、それとも恋人としての牽制か。


「まぁ……確かに……。アマリアが忙しいのであれば……」


 そう言って私に視線を向けるカラルスに、心の底から怒りが爆発した。


「婚約者の周りに目障りな虫が飛び交っていては会いに行く気も失せますわ。それを受け入れている以上、私がお邪魔虫みたいですもの。周囲の目をよく見てみて下さいな。貴族としての責任や婚約者としての立ち振る舞いも、第三者にどう見られているのかを」


 そう言って私は席を立ち、扇で口元を隠した。

 呆然としている二人に、更に追い打ちをかけるように言葉を畳みかける。


「婚約者としての立ち振る舞いは勿論の事、責任を果たしていない以上、私としても婚約者の責任を果たす必要はあるのかしら?家柄的に泣き寝入りして当たり前という考えでしょうか。よくお考え下さいな」


 それだけ言って、私はサロンから出た。

 え!?虫!?とか喚くランテス男爵令嬢の声だけが、扉の閉まる瞬間に聞こえたけれど、そんなのどうでも良い。むしろ今更的に気が付くとしたら、二人は同類同士お似合いなのだろう。

 諦めにも似た感情が心の中に広がっていくのを感じながら、でもどこか諦めきれていない自分を自覚しつつ、私は帰路についた。




 ◇




 前回の事を振り返れば、私が会いに行かなくなった期間と被る。

 そう考えると、ランテス男爵令嬢が駄々をこねて、カラルスがそれを受け入れて、王女殿下の教育係になったのではないか。そんな事を思う。

 不敬があってはいけない、と言ったけれど、前回の事を考えてみれば、淑女としての教育レベルは同じだったかもしれない……せいぜい私の方が家柄的に上というだけだ。


「ねぇ、レガス伯爵令嬢、聞いてる?」

「あ、申し訳ございません、何でしたでしょうか」


 溜息が漏れ出るのを堪え、王女殿下へ意識を向ける。不敬にならないように気を付けなければ。そう思う反面、王女殿下はとても気さくで、むしろ市井に憧れを抱く少女だった。夢は平民になりたい!とまで言うので驚いた程に。

 話し相手として教養が必要だろうと思ったけれど、それは他の方がするので、王女殿下の息抜きとなるような相手を探していたらしい。……そうなれば、ますます前回の時はランテス男爵令嬢が行っていても問題はないという事になるのだけれど。


「……貴族として決められた婚姻って、どうなのかしら?レガス伯爵令嬢は幸せ……?」

「……っ」


 その言葉に、私は思わず息を詰まらせる。

 王女殿下の手にあるのは市井で流行しているという恋愛の物語だ。


「……恋って、どんなものかしら?とても素敵なものよね?」

「……そうとは限りませんよ……」


 困ったような微笑みで、それだけを返す。その言葉に裏を見抜いただろう王女殿下は、このお菓子美味しいのよ!と話題を変えた。それだけで、この王女殿下がとても察しの良い、賢い子どもだという事がわかる。とても教育をされているのだろう。

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