第6話

「でも……こんな状態ではそう思いますよね……」

「これでは、どちらが婚約者なのか……」

「ジーン公爵令息ともあろう方が……」


 皆の視線は公の場にも関わらず、いちゃつくかのように寄り添っている二人に注がれる。まぁ、ランテス男爵令嬢がカラルスに寄りかかっているだけなのだけれど……注意をしないし、振り払わないのであれば同罪だ。だって、それを許している事になるのだから。


「……伯爵家からは言い出しにくい事よね……」

「……これがジーン公爵の耳にでも入れば……」

「……それでも公爵が動くのか……」


 何だかんだで、私の気持ちが分かるのか、皆考えてくれはするのだけれど、階級的にこちらから婚約を白紙にするなんて言い出す事は叶わない。どう足掻いても家柄はカラルスの方が上なのだ。

 貴族同士の縁繋ぎである婚姻だけれど、こんな状態で結婚するというのは裏切り行為に近いというのに……。むしろそれでも何も言えないだ。

 ……せめて……婚姻を結ぶのであれば……お互い尊重し合えるような相手が良いし、せめてもの信頼関係くらいは欲しいと思う。

 もう恋愛感情なんて望まないから……。


 ――どう足掻いても、諦めようと心に決めても、感情は言う事を聞いてくれない。


 二人を見ると未だに引き裂かれそうな心の痛みを感じるし、今すぐにこの場を逃げ出したい衝動にも駆られる。

 すぐに忘れられる方法があるのならば。

 すぐに諦められる方法があるのならば。

 あなたへの恋心がすぐになくなるのであれば。

 私は喜んでそれを実行するというのに。






「全く……一体どうなっているのかしら」

「同じと思われたくもないわ」

「距離をとっている方が安全ね」


 ひそひそ、こそこそと、話はどんどん広がっていくのが耳に聞こえてくる。

 ランテス男爵令嬢の立ち振る舞いに、皆が不快を示し、そのうち何か事件を起こすのではないかと距離を取っていく。

 ランテス男爵令嬢が話かけようものなら、適当な相槌だけうって逃げていく様は、まるで省かれているようで……周囲には誰も居ない。それこそ、居てもカラルスだけだ。

 その様子を見ながら、私も前はあんな状態だったな、なんて事を思い出すと、嫌でも省かれていたのだと理解できた。私も、あの立ち振る舞いでは確かに何か問題を起こしていただろうし、起こしていても気が付かなかっただろう。それがあの冤罪事件に繋がっていく事を考えると、本当に教育というのは大事なのだと今更ながらに痛感する。


「そういえばアマリア様、お聞きになりました?ジーン公爵令息の事」

「……え?何をです?」


 振られた話に首をかしげて、質問に質問を返すと、皆が憐れんだ瞳で私を見てくる。

 ……婚約者なのに。私には何1つ知らされていないカラルスの事。


「……何てこと」

「本当に……ジーン公爵令息は何を考えているのか」


 だけれど、周囲に居た令嬢達は私の悲しみに同情するより、カラルスの行動に怒ってくれた。

 確かに、婚約者に対しての扱いではない。それはランテス男爵令嬢の事も含め、全てにおいてだ。


「大丈夫よ。今更だもの」

「……アマリア様……それでも……私達は気が付いていますよ?」

「本当に健気なアマリア様を……」

「今もまだ……目で追ってますよね」


 その言葉にハッとする。令嬢達は本当によく見ているし気が付くなと尊敬もさせられる。

 ……私は、まだ忘れる事が出来ないでいるのか、という事実と共に、私の心境を察して怒ってくれる周囲に慰められもした。

 ……健気……一途。言うのは簡単だけれど、どうしてこうも感情は自分の言う通りに動いてくれないのだろう。忘れたい、忘れられたら……この気持ちをなくせるのならば。

 そんな考えは幾度となく巡り、そしてその努力をしているつもりでもあるのに……どうしても無意識に探してしまうのだろう。


「……ジーン公爵令息が、王太子殿下の側近候補になったんですよ」

「どうして、あんな男が」

「周囲の状況を考えれば有りえませんわ。家柄しかないですもの」


 憤怒したかのように令嬢達は口々にそんな事を言い出すが……私は知らない。前回も含めて。

 ……カラルスが、王太子殿下の側近候補に選ばれていたなんて……全く知らなかった……。






「アマリア、少し時間良いか?」


 学園でいきなりカラルスから声をかけられたかと思ったら、一言それだけ言うと私の返事を聞く事もなくサロンの方へ歩み始めた。

 ……意外と自分勝手だったのか、なんて今更ながら知ってしまう現実に苦笑したくなる。以前の私ならば誘われたら何も思わず、ただ後ろを喜んでついて行っただろう。


 ――それでも、嫌いになれないのだけど。


 後ろ姿を見つめながら、嫌な所をいくつもあげるけれど、胸が締め付けられる思いには変わりない。

 ずっと好きだった。 その思いは簡単には消えない事だけを理解してしまう。

 ……返事を聞くまでもなく……と思うけれど、私の返事はどうせ肯定以外ない気がする。……それをどこまで理性で抑えられるかなだけだ。






「王女殿下の教育係……ですか?」

「あぁ、王太子殿下の側近候補となったからか、年の離れた妹の教育係を探しているという相談を受けてな」


 サロンでお茶が来たタイミングで早速と言わんばかりにカラルスは話始めたが、私は思わず呆然としてしまった。

 前回、そんな話は聞いてない。私の知らない所で何があったと言うのだろうか。王太子殿下の側近候補を含めて、だ。

 何も知らないまま生きていて、何も知らないまま処刑されたと言う事になる。……私は本当に良い意味でも悪い意味をも含めて何もしていなかったのか。


「……今のアマリアならば安心して任せられると思う」


 ――ドキン。


 と、鼓動が高鳴るのを自分でも分かった。

 見ていてくれた、気が付いてくれた。たったそれだけの事で心が浮かれる。本当に恋とは厄介なものだ。


「と言っても、ほぼ相談役というか話し相手なんだが……どうだろう?」

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