第5話

 変わらぬ日々。カラルスを追いかけていた時間を読書に充てれば、それなりの知識を得る事が出来た。前回では知らないまま終わっていた事が、こんなにあるのかと驚きながらも、世界の広さに感動する。今更ながら、図書室の誰も来ない一室でゆっくり本を読むのが自分にとって一番落ち着く時間と場所になってしまっているのだ。

 そして反面……何もしないカラルスに対して悲しさを覚える。

 私が何か起こしても、起こさなくても……何もしない。というより、私が動かなければ視界にすら入らないのだ。向こうから会いに来る事は勿論、手紙の一通も送られない。

 相も変わらず、無意識にカラルスを探しては、その姿を見つけると目で追ってしまっている。


 ――忘れたい。

 ――でも忘れられない。


 もどかしい相反する気持ちが胸を締め付け、ポロリと一滴涙が零れ落ちる。

 好きで。とても大好きで。どうしても忘れられなくて。

 その姿を探すのに、遠くから見つけてしまえば、カラルスを見ているだけでも苦しくなる。……そして、苦しくなるのを分かっているのに、探してしまうのだ。


「全然……楽しくない」


 何も考えず、好きだと言って追いかけていた時の方が楽しかった。カラルスの腕に寄り添って、隠す事なく笑っていた時の方が幸せを感じていた。


「思い合えるって奇跡なのね」


 平民向けの恋愛小説を思い出す。思い合って恋人同士になり、結婚する。お互いの想いが交わるなんて凄い事で……だから……恋愛を切なくも苦しいけれど楽しいものとして描けているのかもしれない。






「アマリア様、一緒にお昼へ行きませんか?」

「本日はテラスでどうかしら」


 前回とは全く違う日常。

 お昼だって、いつもカラルスを探す為に、すぐ教室から出て行った私に友達どころか会話する知り合いさえ居なかった。勿論、お目当てのカラルスと一緒に昼食を取る事なんて出来なかったから、いつも一人で食堂に行っていた。

 それが今は同じ教室で学ぶ他の令嬢達と数人で一緒にお喋りしながら食べるのだ。


「アマリア様、お茶の飲み方が美しいですね」

「そんな……」


 いきなり褒められて、何て答えれば良いのか分からず、つい俯いてしまう。きっと今は顔が赤く染まっているだろう。……褒められ慣れていない。というより、前回から考えても褒められた事なんてないのではないだろうか。ずっと淑女教育をしていなかったせいでもあるけれど……。


「一気にそこまで出来るようになるなんて」

「きっと沢山の努力を重ねたのでしょう?」

「アマリア様はとても頑張る方だったのね」


 言外に、今まではダメだったのだと濁されて言われているけれど、今を褒められているのなら嬉しくなる。確かに、そんなダメだったのかと思うけれど、努力はしっかり認められてもらえてる上に自分の内面を褒められれば悪い気は一切しない。


「カラルス~!」


 語尾の伸びた独特の甘ったるい猫撫で声が聞こえる。

 皆が一斉にそちらの方へ視線を向けると、昼食をとっているカラルスの隣に座るランテス男爵令嬢が見えて、周りの令嬢達が少しだけ眉間に皺を寄せた。

 思わず周囲を見渡すと、食事中にも関わらず、扇で表情を隠す令嬢達も中には居る程だ。

 ……確かに、こんな大勢が居る食堂で、婚約者でもない男性の名前を呼び捨てにして隣に座るなんて……思わず眉をひそめたくなる行為ではある。


「みっともない……」

「ランテス男爵の家では、教育をしないのかしら」

「貴族なら貴族としての教育はしてもらいたいものね」

「見ていて不快だわ」

「公の場だという認識がないのかしら」


 そんな声が周囲から聞こえ、思わず俯いてしまう。だって、以前の私だってしていた行為なのだから……。それが、今ではどれだけみっともない事なのか理解している為、自分自身にも恥ずかしさを覚えてしまい、何かを言葉にするのも躊躇ってしまう。


「アマリア様は今違いますから」

「ちゃんと成長されてるのは素晴らしい事です」

「大切なのは気が付いて進むことですわ」


 庇う事なんて出来る事ではないし、批判の言葉も口から出せない。そんな私に気が付いてか、周りにいた令嬢達が口々にそんな事を言ってくれるけれど……。


 ――戻らなければ、気が付く事もなかった。


 そんな事を胸に秘めて、少し複雑な思いで微笑んだ。






「婚約を白紙にするには、どうしたら良いのかしら……」

「えっ!?どういう事ですか!?アマリア様」


 ふと漏らした言葉に、周囲が食いついた。

 カラルスとランテス男爵令嬢の姿を見ていると、どうしても思ってしまう。それは……冤罪をかぶせられた時の姿と被り、私の心を鋭く突きさすのだ。

 このまま裏切られ処刑されるという未来が脳裏をよぎり、私の心を不安に染めていく位ならば……以前とは違う道を選ぶべきだろうし、そもそも見ているのも辛いこの現状から逃げ去っても良いのではないかと思う。

 むしろ、今のこの状態で婚約者と胸を張れるわけでもない。むしろ婚約者って一体何なのだろうとさえ思う。


「あんな女よりアマリア様のがお似合いです!」

「公爵夫人は覚える事が沢山あるんですよ!」

「努力と成長がないと無理です!」

「アマリア様は、それがあります!」


 作り笑顔で微笑む。だって私は、そんな事を前回やっていない。という事は、全く認められていなかったという事だ。

 ……あのまま結婚していたとして、私は公爵夫人として何も出来なかっただろう。むしろ出来損ないの烙印しかなかったという事を理解した。

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