第4話

 そんな思いから、何とか声を絞り出して呼び止める。

 ちゃんと話をしなきゃ。ちゃんと話を聞かなきゃ。ランテス男爵令嬢との間柄をハッキリさせなきゃ。じゃなきゃ……誤解されたままになる!私が悪いままになる!

 むしろ何でカラルスに相談してるんだという憎悪すらも沸き起こってくるが、それ以上にカラルスから嫌われてしまうのではないかという恐怖が身体を支配する。


「悪い。忙しいんだ、もう行かないと」


 ……目の前が真っ暗になると言うのは、こういう事なのだろうか。

 一瞬で谷底に落とされたような……絶望というものに支配されるのは、こういう事なのだろうか。

 私の話を聞く事すらなく、言いたい事だけ言い終えたカラルスは足早に学園の方へと戻って行った。……呆然自失の私を置いて。……きっと、カラルスは気が付いていないだろう、私が今こんな状態である事を。ただ突っ立ったまま、何も動けず呆然としている事を……。


 ――話する価値すらない女なのかな。


 ネガティブな思考は更にネガティブな考えを呼び、どんどん深みにはまっていく。

 会う事や話す事も必要なく、ただ婚約者という肩書を背負っただけの女……。貴族の宿命、愛のない結びつき。そこに絆や情なんてものはない……。

 自分自身が並びたてた言葉に傷つきながら、そこからどう帰ったのかすら分からない。唯一、ルアが心配そうに私を呼んでいたような気がする……だけだ。




 ◇




「結局、わけもわからないまま処刑されたのよね……」


 あの頃を思い返す。

 ただただ嫉妬の悲しみや憎しみ、苦しみに支配されて自分自身にもどかしさを感じている中、いきなり邸に来た兵士達が問答無用で城へ連行したのだ。

 気が付けば訳の分からない罪状を突きつけられて処刑された……のは、かろうじて記憶に残っている程度だ。

 ……何より脳裏にこびりついて離れないのは、助けてくれなかったカラルスと、それに寄り添い醜く笑うランテス男爵令嬢だ。


「……関わるのを止めよう」


 良い意味で。

 前回も関わっていないが、関わろうともがいていた気がする。そして中途半端に関わっていたのではないだろうか。


「私は……私の道を行こう」


 いずれ別れる道であろう。このままカラルスと一緒に居る事なんて私には到底無理だ。ならばカラルスが想う相手と結ばれれば良い。……私は、私で生きていく。家名に泥を塗って処刑されるだけなんて絶対嫌だ。


 ――お父様たちは、どう思っただろう。


 今更ながら貴族としての……娘として親を心配する気持ちが溢れてくる。一体私は今までの間、どれだけカラルスしか見ていなかったのかと小さくため息を吐く。

 どうせ……嫌われてしまったのに……。

 私を見捨てたカラルス。しかし、両親からの愛情は幼い頃からずっと注がれている。……私が処刑された後、一体どうなったと言うのだろう。もう分からない……消えてしまっている未来を思っては胸が痛む。


 ――今度は間違えない。


 本当に私を愛してくれる人を。

 私の事を思ってくれる人を。

 そして、その人達を悲しませないように。

 何より……自分自身を愛せるように。


 カラルスだけを見て、カラルスを愛してはいたけれど、私は私自身を愛していたわけではないし、大事にしていたわけではない。

 この先、1人になったとして、大丈夫と胸を張れるわけでもない。


 ――依存していただけ。


 今になって振り返ってみれば、どれだけ自分を第三者として見る事が出来るだろう。そして、それだけ視野が広がっている事に気が付く。


「どうせ……嫌われるのよ……」


 諦め、後悔。

 悲しみ、苦しみ。

 様々な感情が今も心を締め付ける。けれど、前を向いていかなければいけない。だって今、私はここで生きているのだから。


 ――地に足をつけて、自分自身の為に生きる。


 私はルアを呼ぶと、前回まともに受けてこなかった淑女教育に力を入れようと決めた。

 今更かもしれない……けれど……今回こそは、醜い感情に支配されないよう、自分自身を保つ為にも必要な事だと思うのだ。






「いってらっしゃいませ」


 御者の声に微笑みながらも、ドキドキしながら学園の門をくぐる。

 以前の私ならばカラルスの事だけを考えて、カラルスの名前を呼んで探していただろうけど、今はそんな事しない。背筋を伸ばして、しっかり地に足をつけて前に進む。

 自分の教室へ向かい椅子に座ると、窓から景色を眺めながら、前回はこんなゆったりした時間を、いつ取っただろうと思いながら楽しむ。

 感情が荒々しくカラルスを求め動いていた時に比べると、凪いでいる分落ち着いては居るのだが、それを楽しめる反面……不安が荒波のように襲う。


 ――ついこの間まで追いかけていたのに、何もしなくなった私にカラルスはどう思うのだろう。


 ズキンと鈍い痛みが胸を走る。こんな事で不安になったり心配する必要はないのに、やはりまだ好きなのだろう。

 ……そう簡単に諦めて忘れてしまう程、私のカラルスに対する思いは中途半端でなかった。ただ、それだけ。

 ふと、カラルスの姿が視界に映った気がして、思わず目を剥いた後、自分自身に驚く。結局は、無意識にでも目でカラルスの姿を探している自分に……。

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