ドゥーリトル空襲その一
情報部のレイトン中佐は憂鬱だった。
ドゥーリトル空襲の見合わせないし延期を上司のニミッツに進言しようにも、大統領が乗り気だった為止められなかったのである。
宣戦布告後三十分と経たぬ内に行われた真珠湾攻撃を予測出来なかった責任から、情報部を辞め駆逐艦艦長への異動願いを出したレイトンを留め置いた恩人のニミッツを、何度も説得する心理的ハードルは高い。
部下のロシュフォードも開戦後に変更された日本の暗号に苦戦しており、私情で部下を動かした場合、煮詰まっていた部下は自分への不満がきっかけで爆発するか切り替えと捉えるかは半々だったがニミッツからは確実に失望されるだろう。
レイトンは新しい報告書を手に執務室をノックした。
「入りたまえ」
「失礼します」
声と共に入室したレイトンの顔を見て、ニミッツは渋い顔を浮かべた。
「レイトン、部隊はもう出撃したんだ、今更来ても──」
「御無礼を承知で申し上げます。
中華民国かソ連から気象情報提供の打診は可能でしょうか?」
「上の方で既に手は打っている。 何かあったのかね」
発言を遮ったレイトンの様子を見て、ニミッツは困惑した。
「気象情報収集の為、先行させていた潜水艦からの報告が定時を過ぎましたが未だ入っておりません。
昨年末に日本近海へ出撃した三隻の潜水艦が未帰還だった事を考えますと最悪を想定すべきかと」
「ふむ……現場も報告が無い事に気付いているだろうが、警告だけはしておこう。
ハワイやマーシャル沖の事を考えると暗号を解読されている可能性はあるが……」
ニミッツはそう言うと電話を手に取り、目で退室を促した。
「失礼しました」
報告書を置いて退室したレイトンは心中でボヤく。
(大将は暗号を解読されたと仰るが、それならマキンの攻撃が成功した事は解せない。
マーシャル諸島を偵察した潜水艦からの報告では潜水艦の拠点となっているが、被害報告を読む限り、迎撃されたと考えるより単艦で通商破壊に向かおうとした艦とかち合ったと考える方が自然だ。
でなければ攻撃が一回で終わる筈がない)
敵味方問わず潜水艦の動向についても報告を上げていたが、魚雷の不良問題もあり温度差を感じていた。
(フィリピンも制圧された上に緯度も異なるから有力な気象情報は得られなかった)
フィリピンからスラバヤを経て豪州に撤退した軍人からの報告では、日本軍は少なくとも十四インチ級の支援砲撃を受けつつ上陸、海岸を南下して来たという。
重油が豊富だったので日本陸軍の苦境を知った日本海軍が二月中旬に山城、扶桑をバターン半島沖に派遣。
サマット、ナチブ両山を始めとする観測所と米比軍の士気、陣地を粉砕した。
南のコレヒドール島は射程外の為手も足も出ず、食料不足も相まって逃げ込んだ兵と元から配備されていた兵の間で対立が発生。
一ヶ月以上前に降伏しフィリピン全土の組織的抵抗も四月九日に終結していた。
(賽は投げられた。
後は成功を祈るしかないが……)
レイトンは不安を消す事が出来なかった。
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