開戦前夜

 40年8月、東北帝国大学。


「浩君、今さっき廊下で日本鋼管の遠山君達とすれ違ったが、何かあったのかい?」


「あ、本多教授、村上教授。


 あの人達は主機遠隔操縦装置と新型溶接用ロボットの出来を見に来られました」


「操縦装置は判るが溶接用ロボットは車両や内装だろう?


 後艦に載せる装備か。


 塩釜で海防艦と輸送艦の建造が終わったばかりなのに又新しい船でも造るのかな?」


「今度は松型駆逐艦を百隻造るそうです」


「次は駆逐艦かい、そりゃ大事だ」


 本多は笑った。


 スペイン内戦で国籍不明の潜水艦が活動し、軍縮条約明け後程無くして日中戦争が勃発。


 神州丸の運用実績から一等、二等輸送艦の配備が求められた為にキャッチャーボートや捕鯨母船に転用可能として塩釜が海防艦と輸送艦の建造を一部ではあるが請け負っていたのである。


 遠山の来訪は先月米国で成立した両洋艦隊法が原因だった。


 駆逐艦115隻を筆頭に総計133万tの艦艇を建造する物で、170万tの艦艇を有し37年12月に起きた臨機調事件が未解決の日本海軍に個艦性能に優れた駆逐艦の建造を諦めさせ、藤本造船官の海軍への復帰を認める結果となったのである。


 「はい。


 ですが既に電化が進んで、手が空いた溶接工を艦船用ボイラー製造に動員してますし、受注した艦に使う鋼材も高張力鋼ハイテンや普通鋼なので作業性に問題はありません」


「となると部材が厚くなるか……。


 でも七年前と比べて粗鋼生産量が十倍近く増えたし、電気が何時でも安定して使えるから昔より材料費はかからないねぇ」


「転炉はこれまでの常識を変えましたからね。


 今まで平炉で精錬に六〜七時間掛かっていたのが転炉は十七、八分で出鋼した時は目を疑いましたから」


 村上が本多の言を継ぐ。


 その時の興奮が蘇ったのか後半は捲し立てるようだった。


「じゃあ奢って貰おうかな」


「えっ」


「『えっ』じゃないよ。


 僕はロボットの磁石だけだけど君のステンレスはロボットの他に操縦装置や高射装置に使われてるんだろう?」


 本多教授は新KS鋼以降も米国が38年に開発するアルニコ5を除き、秘匿を条件に強力な磁石を開発。


 新KS鋼の四倍以上の磁力を持つ代物の実用化に成功していた。


 村上教授と立石電機で共同開発されたステンレス製継電器リレーは故障知らずで電車のブレーキシステムや船舶機関遠隔操縦装置に高射装置、果ては漸く品質が安定した真空管と共に産業用ロボットの頭脳として活躍していたのである。


 造船関係では別の企業が磁石を卸していた事もあり、確かに村上の方が収入は上であった。


「冗談だよ。


 今日は見たいTVが有るんだ、戸締りよろしく頼むよ」


「あ、はい。


 お疲れ様でした」


 東京五輪は返上したが、昨年始まったTVの試験放送は今年から本放送に切り替わったのである。


 ※朝潮型タービンは実機連続運転による調査中。


 両洋艦隊法成立に伴い巻雲以降の艦隊型駆逐艦は計画に終わりました。


 38年にGEが新KS鋼に銅を添加し磁力を25%UPさせたアルニコ5を開発。


 43年に量産。


 PPIスコープを除いて日米の艦載レーダーにそれ程性能差はなかったのですが、ここで出力に差が付く事になります。


 本作では37年12月に本多教授が出願しました。











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