第5話


 週明け月曜日の放課後、山田瞬次は学校の裏手にある林の中を黙々と歩いていた。

 元々、山を切り開いて作られた学校なので、今でも校舎の周りには自然が沢山残っているのだが、裏手近辺は、ほとんどジャングルだと生徒達からは言われていた。

 現在、歩いている道も舗装などまるでされていないので、雑草が生え散らかっていて、足にチクチクとした感触がある。

 そんな林の中を進んで行くと、目の前に少し開けた場所が現れる。

 中央にある直径7.8メートルの池がある以外、目ぼしい物は何も無いので、全校生徒の中でも、この場所の存在を知らない者も、きっと多いだろう。

 「わぁ、相変わらず汚い池ねぇ〜」

 「そうですね」

 「せっかく綺麗な場所にある池なのに、勿体ないわね」

 「まぁ、確かに」

 いつの間にか隣に立っていた、佐藤志乃先生の言葉に瞬次は相槌を打った。

 佐藤先生は、瞬次が所属する緑化委員の顧問だ。この委員会では週4回、学校敷地内の清掃をしたり、花や木の世話をする活動をしている。

 今日は委員会の生徒全員と共に、この池の周りの草刈りにやって来たというわけだ。

 「さぁ! みんな、ちゃっちゃっとやるわよぉー」

 「「は〜い」」

 佐藤先生が号令代わりに手を叩くと委員達は、鎌を片手に散り散りになって作業を始める。

 そんな生徒達に混じり瞬次も、片手に鎌を持ち、池のほとりにしゃがみ込んだ。

 ————うわぁ、草はボーボーだし、池の中は汚ぇ。

 池に浮かんだ枯葉や、底に沈む古びた空き缶などを眺めていると、瞬次の背後の方で作業をしていた女子生徒二名のおしゃべりが、ふと耳に入ってきた。

 「そういえばさ、知ってる?」

 「んっ? 何よ?」

 「この池って、出るんだってさ」

 「出るって何が?」

 「河童よ、河童」

 「はぁ? 河童〜? あの、きゅうり大好きな?」

 「そうそう、頭にお皿乗っけてるやつ!」

 「何、それ! あっははは」

 ゲラゲラと笑う女子生徒のそんな馬鹿話を聞いていると、いつの間にか、目の前に黄緑色のつなぎ姿の男が歩いて来ているのが見えた。

 「やぁ、瞬次。頑張ってるか」

 「叔父さん」

 白い軍手をはめたままの手で、短めの髪をガリガリと掻いている山田一郎は、瞬次の父親の弟であり、自分にとっては叔父さんに当たるのだが、何の因果か、彼はこの学校で事務員の仕事をしているのだ。

 「草刈りの仕事をすると聞いてな、手伝いに来たんだぞ」

 「ふーん」

 「な、何だ。その目は」

 「嘘つけ、別の目的があるんだろって思ってさ」

 「はっ? な、何が」

 「あら、一郎さん、来てたの?」

 いきなり掛けられたその声に、激しく動揺する叔父さんの背後から、佐藤先生が顔を覗かせていた。小柄な体とポニーテールがチャームポイントの先生は、正直高校生でも通用するレベルの童顔であり、綺麗————というより、可愛い系だ。

 「あっ、あっ、いや! 草刈りが大変と思って、手伝いに」

 「えっ、本当っ? ありがとう!」

 「いやいや、あっははは」

 「ほらな」

 瞬次がニヤリと視線を向けると、叔父さんは恥ずかしそうに目を逸らした。

 そう。実は、この二人は恋人同士である。

 叔父さんは五十二歳、佐藤先生は二十六歳と、かなりの歳の差なのだが、こんな感じに、いつもラブラブで生徒達からも、よくからかわれている。

 そんな二人の様子をニヤニヤしながら見ている、他の緑化委員のメンバーの視線をかわすように、鎌とゴミ袋を手に叔父さんは作業に入っていく。

 「いい加減、プロポーズして結婚しちゃえば?」

 佐藤先生が離れて行くのを見送った後、瞬次はまだ顔を真っ赤にしている叔父に声をかけた。

 「うっ、うるさいぞ。おっ、俺だってな。い、色々————」

 「? 色々?」

 「か、考えているんだ」

 まるで初恋を初めて経験した中学生男子のように、叔父さんはウブで、奥手だ。

 何歳も年下の瞬次に、とやかく言われるのも嫌だろうが、こうやって発破をかけないと、全く前に進まないから、仕方ない。

 「み、見ていろよ。今度お前にも目に物を————んっ? あれは」

 「あ」

 叔父さんが突然、視線を上に向けたので、その方向に瞬次も目を向けると、木の枝にサッカーボールが挟まっていた。

 「ったく、誰だ? こんな所でサッカーした奴は、仕方がないなー」

 結構な歳なのに、意気揚々と木に登り始めた後ろ姿をボーッと眺めていると叔父さんは、あっという間にボールの位置まで移動していた。

 ————おっさんのくせに、猿みたいだな。

 「瞬次! ほらっ!」

 「おっと!」

 投げられたボールがキャッチされる様子を確認した叔父さんは、また器用に枝を掴んで降り始める。

 「叔父さん! 落ちるなよぉ」

 「よっと! 大丈夫だ————わっ!」

 ————ズドンッ。

 せっかくの警告も無意味になり、物凄い音と共に、地面に落下した叔父さんは、腰を痛そうに抑えていた。

 それを見て、瞬次は慌てて駆け寄った。

 「大丈夫か? 叔父さん!」

 「あっ、あぁ。枝が途中で折れちまった・・・・・・あはははは」

 「一郎さん! 大丈夫! 怪我は————」

 「佐藤先生」

 叔父さんが照れ笑いを浮かべる中、遠くから涙目で走ってくる佐藤志乃先生を見て、瞬次は本当に、良い人に出会えて良かったなと素直に思い、思わず笑顔が溢れた。




 ————キーンコーンカーンコーン。

 六月になり日が長くなったお陰か、六時の完全下校時刻になってもオレンジ色の夕陽が北野南の顔を照らし続けていた。

 「ハァ〜」

 そんな素敵な景色の中、靴を履き替え昇降口から出た南は、深いため息を吐く。

 火曜日である今日も、所属している読書部の活動が放課後にあったのだが、そこの先輩であり、愛しの(自称)旦那様の西山東輝が家の用事で先に帰ってしまったのだ。

 いつもなら自分も一緒に帰ってしまう所だが、こうゆう時に限ってタイミングが悪く、ほとんど顔を見せないはずの名ばかり顧問の本田ミヨ先生が、活動場所である化学準備室に来てしまい、長い間サボっていた読書感想文を、急に書かされる事になってしまったのだ。

 「ちっくしょー。悪魔みたいな先生だぁー。本当ー」

 地獄のようなスパルタを受けながら、何とかノルマを達成した南は現在、満身創痍だった。

 「もぅ、ちかれたぁ〜。およ?」

 フラフラと歩きながらダルそうに愚痴を零していると、校舎の裏手の方に向かう人影らしき物が目に入った。

 「むむむ?」

 こんな遅い時間に一体誰だろう? と気になった南は、その好奇心から進路を180度変えて歩き出した。

 「匂うなぁー。探偵として見過ごせない!」



 ————ザザー、ザザー。

 この時間帯になると林の中は薄暗く、怖い物が苦手な南は、木々が風で揺れる音や、自分が踏み鳴らす小枝の音にすらビクついていた。

 「怖くない、怖くない、怖くない、東輝先輩が好き。だから怖くない」

 自分の好奇心に負けて、ここまで進んで来たが、先ほどの人影も見失ってしまったし、そろそろ戻ろうかと思っていると、前方に広場らしき場所が見えてきた。

 「おぉ」

 所々、雑草が生えてはいるが、割と綺麗にしてあり、もっと日が出ている日中ならピクニックなどに最適だと思った。ただ中央にある池は酷く濁っていて、底が見えないほどなのは少し残念だ。

 「へぇ〜、こんな場所があったんだ。池なんかあっていい雰囲気だぁ〜 今度先輩と来ようっと」

 ————グニッ。

 「にゃぁぁあああ、ごめんなさい! ごめんな————あれ?」

 上機嫌にスキップをして池に近付こうとしたら、何かを踏んでしまって驚いた南は、汚い絶叫を上げてしまった。

 「くぅっおおおおー。マジでビビった! な、なに?」

 ジタバタと、その場で妙なダンスを踊りながら、足元に目を向けると、何故か、この場に似つかわしくない物が地面に落ちていた。

 「・・・・・・きゅうり、なぜに?」

 やけに真新しく、水々しいきゅうりに疑問を持ちながら、首を傾げていると、池の方から「ポチャン」という水音が聞こえてきた。

 「んっ?」

 魚でもいるのか? と近寄って中を覗いてみると、枯葉だったりゴミが浮かんでたりしていて、とても生物が住んでいそうには見えなかった。

 「なんかぁ、薄気味悪いなぁ」

 この濁りきった水面を見ていると、何だか怖くなってくるのが不思議だ。まるでホラー映画のワンシーンで、ヒロインが何か化け物に引き摺り込まれて、消えてしまうような。

 ————バシャッ!

 「うぎゃっ」

 突然、池の中央から大きな水しぶきが上がり、南はビックリして、その場に尻餅をついてしまった。

 「えっ、えっ、えっ! なに、何ぃ?」

 動揺しながらも確認をしようと、必死に目を凝らすと、そこからヌッと黒いシルエットが浮かんできた。

 「はっ・・・・・・え?」

 人のようにも見えるが、体中にヘドロのような物を纏わり付かせているそれは〝化け物〟にしか見えなかった。

 「いやぁぁぁぁあああああああああああああ————」

 校舎どころか、町中にも届きそうな悲鳴を上げながら、南は来た道を全速力で駆け出した。




 「うわぁぁぁあああんん〜 せんぱ〜い、怖かったよぉ〜」

 「分かったから、離れろ」

 「しどいぃ、もっどぉ優しくしてぇ」

 翌日の放課後、化学準備室の中では涙目で抱きつこうとする北野南を、西山東輝が必死に抑え込んでいた。

 話を聞く所によると、どうやら昨日の放課後に校舎裏手の林の中にある池の中から、化け物が出て来たという事らしいが。

 「化け物は置いておいて。南、怪我はしてねぇんだよな?」

 「はぁうっ! 先輩! 私を心配してくれるんですか?」

 「いや、えっと」

 「もぅ、大丈夫ですよ! どこにも傷なんか無い、綺麗な体ですから、何だったら確認します?」

 と言いながら、制服のボタンを外そうとするので「ていっ!」と頭に一発チョップを入れてやり、南を椅子に無理矢理座らせると東輝は話を促した。

 「んで、逃げ出した後は、どうなったんだ?」

 「すぐに職員室に駆け込んで、残っていた先生数人と一緒に、池に戻ったんですよ。でも」

 「でも?」

 「あの池の化け物は、どこにもいなかったんですぅ」

 「じゃあやっぱ、お前の見間違いじゃ————」

 「絶対! 見たんですよ私!」

 珍しく真剣な表情をしている南だったが、宇宙人や妖怪、超能力の類を全く信じていない東輝にとっては、とても信じられない話だ。

 どんな超常現象にも、必ず裏があり、トリックはある。もし証明できないような事柄が起こったとしても、それは、まだ研究不足だったり、考えが甘いのだと思っている。

 ————南が見たって言う、その化け物もおそらく、光の反射だったり、水面の揺れを勘違いしたんだろうな。

 一応同じ部活の後輩が泣きながら部室に飛び込んできたので、話くらいは聞いてやろうと思ったが、あまりにも現実離れしているので、先程から欠伸を噛み殺す事で必死になってしまっている。

 「先輩」

 「ん?」

 「その顔は、信じてませんね」

 「うっ」

 最近、一緒にいる時間が長くなってきたからなのか、南が東輝の表情だけで、心情を読んでくる事の方が、よっぽど怖い。

 「いや、まぁ。えっと・・・・・・」

 「なやぁぁぁぁぁぁぁ! 愛する恋人の話を信用してくれないなんてぇぇぇ、酷いぃぃぃぃぃ」

 「落ち着けって」

 一つ結びの自慢のロングヘアーをかき乱しながら、泣き叫ぶ南を東輝は何とか落ち着かせる。

 「先輩みたいに、誰も信じてくれないので、私、悔しくって! それで家に帰って、あの池の事を調べたら」

 「? 」

 「凄い事がっ! 分かったんですよ!」

 「?」

 興奮気味に向かいの机から身を乗り出した南は、自分のスマホの画面を東輝に差し出してきた。

 「夫婦・・・・・・河童池?」

 東輝達が住む地域の歴史や、都市伝説をまとめたインターネットのとあるサイト。その画面にデカデカとした文字で書かれた、池の写真と名称の後に、名前の由来となった、ある事件についての事柄が記されていた。

  


 【夫婦河童池】

 


 明治初期、人里離れた森の中にある、その池には、二匹の河童の夫婦が静かに暮らしていた。

 しかしある日、近くの村に住んでいた一人の男が森に入り込み、偶然河童が住むその池を発見してしまう。

 初めて見た河童に恐怖した村人は、持っていた斧で妻河童を殺してしまった。

 用事が終わり池に帰って来た夫河童は、妻の変わり果てた姿を見て泣き叫んだ。

 その後、妻を殺された恨みを晴らすため、池に近付いて来た人間を夫河童は、次々に殺していったという・・・・・・。



 表示されたサイトの文面を読み終えた東輝は、可愛らしいピンクのカバーが掛かったスマホを南に返した。

 「・・・・・・つまり、南が見た化け物の正体が〝河童〟だと」

 「はい! あれは、まだ人間に恨みを持った夫河童です!」

 いつの間にか隣の席に移動してきた南は、これでもかと顔を近付け、しかも無駄に腕を絡ませてこようとするので、鬱陶しい。

 「河童なんて、いるわけねぇだろ」

 「そんな事ないですよぉー 妖怪も宇宙人もいるかもしれないです!」

 「ハァ」

 「それに根拠だって、ありますよ!」

 ビシッと東輝の顔の前に人差し指を向けた南が、鼻息荒く口を開いた。

 「昨日、池の近くに目新しいきゅうりが、置いてあるのを見たんです!」

 「きゅ、きゅうり?」

 そう言われた東輝の脳内に、よくサラダにも入っている緑色の細長い物体が浮かんでくる。

 「間違いないです! あのきゅうりは、河童の晩御飯だったんですよ!」

 ————そんな馬鹿な。

 どんどん寄って来る頭を避けつつ、東輝は腕時計で時間を確認すると午後五時を少し過ぎていた。

 「あっ、悪い。俺、今日も早く帰るわ」

 「えぇぇぇぇぇぇ! 今日もですかぁ〜?」

 文句を言われつつ、東輝は急いでカバンに荷物を入れ肩に掛け立ち上がる。

 「明日まで母親が旅行で、料理をするのが俺しかいねぇんだ。うちの姉貴は家の事は全く出来ねぇし」

 「あぁー、あのブラコンお姉さんですか。ほっときましょう」

 「そういうわけには、いかねぇんだよ」

 「東輝先輩、お姉さんにも優し過ぎぃ! 料理くらい自分でやってもらいましょうよぉ〜。一応、女の端くれでしょ?」

 「いや、それはちょっと」

 確かに東輝だって、本当ならそんな面倒な事はやりたくないのだが、姉である西山卯(にしやま うさぎ)は、壊滅的に料理が出来ない。

 小さい頃、東輝の誕生日に作ってくれたシフォンケーキなんて、全体が真っ黒で、一口食べてみたら「何これ、タイヤ?」と言う感想が思わず口から出てしまい、その後は意識を失ったレベルだ。

 もし彼女が、自分自身で作った料理を口にしたら・・・・・・というわけで、母が戻るまでの間、東輝がキッチンに立つ事になったのだった。

 「先輩に甘え過ぎなんですよぉ〜 あのお姉さん。ねぇ、せんぱ〜い。河童がいるかどうか、一緒に確かめに行きましょうよぉ〜」

 腕にしがみ付きながら懇願する南を見ながら、確かに二日間連続で早退は、悪いなとは思う。だが、こればっかりは仕方がなかった。

 「明日からは普通に参加出来るから、今日は勘弁してくれ————じゃな」

 「そんなぁぁぁぁああああああ——」




 最近、生徒間で噂になっている裏手にある池には〝河童が住んでいる〟という話。

 誰が広めているのかは分からないので注意の仕様がないが、そんな非現実的な物を信じるわけにはいかない。

 その思いを胸に、自慢の縦ロールのロングヘアーを左右に揺らしながら、渡辺麗華風紀委員長は、薄暗い林の小道を歩いていた。

 「河童なんて、馬鹿馬鹿しいですわ。この私がきっちりと確かめて、全校生徒に示してあげませんと」

 平日も休日も返上して、この五日間は裏手の池に通い詰めているが、河童なんて現れる気配すらない。

 生徒達は「河童に池の中へ引きずり込まれて、殺されるから近づかない方がいい」などと話しているが、渡辺はそんなものは、まるで信じていない。

 「今日で六日目ですわ。これだけパトロールしても現れないなら、やはり噂は、噂のようですわね」

 問題の夫婦河童池に到着した渡辺は、辺りをぐるぐる歩き回りながら、怪しいものが無いか確認を始める。

 昨日までの五日間、河童どころか人間すら現れない、本当に寂れたこの場所で調査をしていたが、池があるといった以外、特に目立った物はなかった。

 正直、毎日毎日、無駄な事をしているなぁ・・・・・・と心が折れそうになるのだが、これで全校生徒の不安が解消出来れば————という事を思い出して、踏ん張っていた。

 「やはり、今日も異常は見当たりませ————」

 ————グニッ。

 「うぇぇぇええええええ! なななななにか、踏みましたわぁぁああ!」

 肩を揺らして、優雅に軽やかに雑草を踏み鳴らしていたら、何かを踏んでしまった。

 「なななななななななななななん、なん、何、何でですの?」

 とても他の生徒には聞かせられない絶叫を上げながら、渡辺は慌てて自分の足元を確認した。

 「? こ、これは」

 するとそこには、まだ新鮮で水々しい一本のきゅうりが、ポツンと置いてあった。

 「きゅ、きゅうり? まさか、河童のご飯」

 その時、背中に何か冷たいものが走るのを感じ、急にこの場所が不穏な空気に包まれているような、そんな錯覚をしてしまう。

 「ううううううう嘘でですわわ! き、きっと、誰かのイタズ————」

 ————バシャッ。

 「ぎゃぁぁぁぁああああああああ!」

 震える体を両手で抱きしめた、次の瞬間、池の方から突然水しぶきが上がり、ビックリした渡辺の腰は完全に抜け、その場に尻餅をついた。

 ————あぁ、私は若くして河童に殺されるんですわ。お父様、お母様、そして弟達よ・・・・・・ごめんなさい。

 「う、う、う」

 ————シーン。

 家族にお別れの言葉を言ったが、池からは特に何かが現れるといった事は起きなかった。

 「?」

 もしかして魚か何かが跳ねた音に驚いただけかと、少し恥ずかしくなり確認するため、ハイハイをしながら池の淵に近付いてみる。

 「ん〜?」

 そのままの状態で水の中をよく見てみると、枯葉や木の枝が少し沈んでいるが、底まで見えないほど汚い事もなく、割と綺麗だった。

 「あれは?」

 少し先の方に目をやると、何やら黒い影が水中を移動する姿が目に入った。

 まさか、河童? と期待を胸に、渡辺は目を細めるが、視力がそこまで良くないのでボヤけてしまう。

 ————ここからじゃ、よく見えませんわ。

 「へ?」

 ちゃんと確認しようと、意を決して立ち上がろうとするが、突然、背後から感じる嫌な空気に、体が硬直してしまう。

 「・・・・・・タチ・・・・・・サ・・・・・・・・・・・・レ・・・・・・」

 見てはいけない————。

 そう思う気持ちとは裏腹に、頭がゆっくりと後ろへ回転していく。

 まるで、とてつもない魔力に引き込まれるかのように。

 「・・・・・・タ、チサレェェェェェェェェェェェ」

 「い————」

 涙目で振り向いた渡辺の背後には、とても不気味な黒装束が立っていた。

 「いやぁぁああああああああ————ぁう」

 いつも高飛車な物言いの風紀委員長には似合わない悲鳴を上げながら、彼女の意識は暗闇へと沈んでいくのだった。





 まさか、ちょうど一週間前の水曜日に南が話していた【夫婦河童池】の話題が、こんなに大事になるとは、東輝は夢にも思ってなかった。

 昨日の放課後、事務員の山田一郎さんが校内の見回りをしていると、裏庭にある池の隅で倒れている渡辺麗華風紀委員長を発見。幸い気絶していただけだったようで、連れて行かれた保健室ですぐに目覚めたそうだが、彼女は「河童に襲われた!」と教師達に話しているとの事だった。

 「東輝せんぱ〜い、やっぱりいたんですよぉ〜」

 「・・・・・・」

 先週、南が河童を見たと言ってから、学校中その話題で持ちきりで、面白がって見に行く生徒が続出したが、誰も河童は見られなかったらしい。ただ今回の渡辺の事件を聞いて、今度は怖がる生徒が続出しているという事を、向かいの席で涙目になっている南が教えてくれた。

 「河童か、どうかは不明だが、〝何かがいた〟のは確かみてぇだな」

 「河童ですよ! 河童! あぁ〜可哀想に、ドリル委員長が帰らぬ人に・・・・・・」

 「いや、死んでねぇよ」

 興奮している南を宥めつつ、東輝は腕を組んで今回の事件について考えていた。

 別に自分がこの事件を解決しなくてはいけないわけではないが、被害が渡辺風紀委員長だけで終わるとも限らないし、これからも増える可能性があるなら、また後輩の南などにも危険があるかもしれない————。

 「少し考えるか」

 「ん? 何か言いました、先輩?」

 「いや」

 東輝はその独り言を誤魔化すように、一つ気になっている事について話し始めた。

 「何故、火曜日なんだ?」

 「へっ?」

 「南が、池の中から出てきた河童を見たと言ったのは、先週の火曜日の放課後。それからは野次馬などが、こぞって池に行くが、目撃者はなし。しかし、一週間経った昨日の火曜日、渡辺が河童を見たと発言した」

 「あぁ!」

 目を大きく見開いた南の向かいで、東輝は腕を組み直して、天井を見上げた。

 「偶然か、それとも〝火曜日でなければならない理由〟があるのか・・・・・・」







 2年以上、この学校には通っているが、校舎裏手にある【夫婦河童池】という場所に来たのは初めてだった。

 林の小道を抜けた先にある広場は、想像より綺麗で、緑に色付いた木々達は、西山東輝の心を穏やかにしてくれるような気さえする。

 「何だか、デートみたいでドキドキしますね」

 「いや、別に」

 「うへ〜」

 ————コイツには、マイナスイオンとかは意味無いだろうな。

 隣に立つ北野南から目線を外し、東輝は今回の事件現場の池に歩を進める。

 先週の火曜日に、南が池の中から現れた謎の生物を発見し、その一週間後の火曜日、今度は風紀委員長の渡辺麗華が、謎の黒装束を見て気絶してしまうという事件が起きた。

 この二人が言うには、この池に住み着いている《河童》の仕業という事だが。

 超常現象などは、一切信じていない東輝だが、とりあえず噂の池のほとりに立ち、腰を曲げて水の中を観察してみる。

 「ん、別に見た感じは、普通の池だな」

 「いえいえ! 見えない所に隠れているかもですよ! 先輩、あんまり近寄らないで下さい!」

 東輝の背後に隠れながら、読書部の後輩は辺りをキョロキョロと警戒していた。

 「確かに、この池には昔、河童がいたなんて話があったが、作り話かもしれねぇだろ」

 「でも、私は見ましたよ!」

 「黒いシルエットをな」

 「うっ」

 「それに南が言う、その河童は、何で火曜日にしか現れないのか? という疑問もある」

 「ん〜、だから先輩は、人間の仕業と思っているんですか?」

 「あぁ」

 ただ、そうなると容疑者が多過ぎる。学校内の人間だけでも何百人、外部も合わせたら・・・・・・。

 正直、絶望的なその数字を考えると、一気にやる気が低下するのだが、河童の正体が分からないと南が怖がって「これからは、二十四時間べったりくっ付いていますよ! 私がそういう妖怪になりますよ!」と半ばストーカーのような脅し文句に東輝は、謎解きを了承せざるを得なかった。

 ————まぁ、解決出来るならした方がいいしな。これから、怪我をする人だって出るかもしんねぇし。

 渡辺の件もあるので、単なる見間違いだ————で、済ませられなくなっているのは事実だった。

 それから読書部二人は、池の周りをゆっくり歩きながら、水中や周りの木々を見て回り、何か怪しい物がないかと調べてみるが。あるのは、足元に生えた雑草や、名も分からぬ花が揺れていたり、小鳥が木の枝に止まって羽を休ませている姿があるだけだ。

 「何も無ぇな」

 「そうですねぇ。今日はきゅうりも落ちていません————し?」

 「んっ、どうかしたか?」」

 急に池の淵に座り込み、南は水の中を覗き込み始めた。気になった東輝も、その隣に腰を下ろす事にする。

 「んん〜?」

 「何か、あるのか?」

 「いえ、何も無いんです」

 「は?」

 呆れた声を東輝が発すると、南は小さな右手を伸ばして、池の水面に触れながら頭を捻っていた。

 「先週、私がここに来た時、ここの池の中には枯葉だったり、ペットボトルだったりと、物凄く汚かったはずなんですけど・・・・・・なんか綺麗になってるんですよ」

 「綺麗に?」

 そう言われてよく見てみると、夕陽に照らされてキラキラ光る池は、確かにとても綺麗で澄んでいる。

 ————ガサガサッ。

 「?」

 「ひっ!」

 突然、背後から聞こえた物音に「まさか、河童か!」と二人は身構えたが、そこに居たのは。

 「あらっ? あなた達は」

 「佐藤先生」

 数人の生徒と共にジャージ姿で現れた、佐藤志乃先生が軍手を付けた片手を腰に当て立っていた。

 普段は、一学年の国語を担当している先生なので東輝は、あまり面識はなかったが、南は一年生という事もあって親しげに近づいていく。

 「もう、佐藤先生! 脅かさないで下さいよ〜」

 「驚いたのは、こっちよ。何してるの、こんな場所で?」

 「デートです!」

 「違います」

 こうして南と並んでいる姿を見ていると、同級生に見えるほど佐藤先生は幼い顔立ちをしているな、と失礼と思いながらも、つい見比べてしまった。

 「まさか、河童事件の事を調べているとか言わないわよね?」

 「おぉ〜 そのまさかですよ! 先生冴えてるぅ!」

 指パッチンをしてウインクをする南に対して、溜息を吐いた先生は、お説教を開始した。

 「もう! 生徒達は、この池には近付かないようにって、この前HRで通達があったでしょ!」

 「あれぇー、そ、そうでしたっけー」

 「そうよ! 全くあなたったら!」

 「だって、先生達も問題解決に動いてる様子ないんだもん」

 「そ、それは」

 「だから我々、読書部が河童事件の解決に尽力しているんですよぉ」

 「せ、先生達は、ちょっと忙しいのよ! 今度のテストの問題作りとか色々と!」

 「あ、絶対言い訳だぁ。私やドリル委員長が嘘付いてると思ってるんだぁ!」

 「そういう訳じゃないわよ! ちょっと話を聞きなさい北野さん————」

 二人の会話のテンポについていけず、矛先は、ほとんど南に向いてしまっているので、何となく、置いてけぼりにされた東輝がボーと、その様子を眺めていると不意に肩を叩かれる。

 「よっ、西山」

 「瞬次じゃねぇか」

 「こんな所で、何やってるんだ?」

 「いや、別に。お前こそ何してんだ?」

 「俺は、委員会だよ」

 そういえば同じクラスの、この山田瞬次は、緑化委員に入っているのだと前に聞いた事を思い出した。

 読書部なんかより、よっぽど有意義な活動をしている事も。

 「学校内の花や木の世話とか、清掃とか、毎日大変だな」

 「まぁ、そういう事が好きな奴が集まってるからさ。それに毎日ってわけじゃなくて火、土、日の三日間は休みだ」

 「火曜日が、休みなのか?」

 「そうだけど、何か気になるのか?」

 「・・・・・・いや」

 顎に手を当て、目を瞑って急に黙り込んだ東輝の隣では、佐藤先生がようやく説教を終えたようだった。

 「じゃあ、みんなー 今日も草刈りよろしくねー! あなた達は早く帰りなさい!」

 「うわっ、教師の横暴だぁ!」

 「うるさいわよ」

 東輝と南の方に向かって念押しした後、先生は作業を始めるため林の奥の方に歩いて行った。

 「もう! 志乃先生は、顔は私よりは劣りますが可愛いのに! 性格が小姑のようですよ! あれでは結婚はまだまだ、何億光年も先ですね!」

 腕を組みながら鼻息を荒くしてる南に、緑化委員の瞬次が声を掛ける。

 「残念。佐藤先生、もうすぐ結婚すると思うよ」

 「はぁっ? 本当ですかー」

 「あぁ、そういや、事務員の山田さんと付き合ってるって言ってたな」

 「やややや、山田さんとぉ? え、うそ! 山田さんって、事務員の山田さんですよねぇ!」

 驚く南に頷きながら、瞬次はその場に座り込み、持って来た鎌で草を刈り始めた。

 佐藤先生の目線もあったので、読書部二人も何となく、その場にしゃがみ込み話の続きを促す。

 「大きな声じゃ言えないけど、二人とも超ラブラブだよ。去年からは同棲を始めていて、毎日一緒に帰宅してるほどだ」

 「そうなのか」

 瞬次が事務員の山田一郎さんの甥っ子だと、隣で一緒にしゃがんでいる南に教えてやると、目をまん丸にして驚いていた。

 「もうすぐ結婚って事は、プロポーズは済んだのか?」

 「ははは、プロポーズか」

 東輝が質問をすると、雑草を切り取りながら苦笑いをしていた。

 「それが、まだなんだよ。ハァ、準備はしてるって話だけど」

 チラッと佐藤先生の方を見てみると、読書部二人が残っている事が気になっている様子で目が合ってしまう。

 ————そろそろ退散するか。

 流石に、これ以上長居するのは、緑化委員の活動の邪魔になってしまうと思い、隣にしゃがみ込む、南の肩をそっと叩き立ち上がる。

 「そろそろ行くぞ。作業の邪魔して、悪かったな」

 「お邪魔しましたぁ、山田さんの恋愛応援してますよー」

 「ありがとう。いい歳だから、本当に早く結婚してほしいよ」

 そう言って、読書部二人に手を振った瞬次は、再び鎌を持ち直して、池の周りの草刈りを再開した。




 翌日の昼休み、東輝は風紀委員長の渡辺麗華に会うために、本校舎3階にある風紀委員会室に来ていた。

 「お邪魔しまーす」

 一歩扉を開けて中に入ると、自分達が活動している化学準備室とは違い、一般教室と同じ広さの室内には、エアコンやパソコンなどが置かれて、大変過ごしやすそうな空間だった。

 そんな贅沢な造りの部屋の中央にある会議机には、現在、渡辺一人が座っており、可愛らしいピンクの弁当箱を広げていた。

 その光景を見た東輝に対して、「べ、別にいつも一人で食べている訳ではなくってよ! 今日は、たまたま! 本当にたまたま! 仕事があったから、こうして一人で食べているの!」と、言い訳ならぬ宣言していた。

 「それで、河童池での事を聞きたいとおっしゃっていたわね。西山君」

 ようやく落ち着いたのか、それとも話を逸らしたかったのかは分からないが、とにかく本題に自分から移ってくれた。

 「あぁ、せっかくの昼休みに悪いが」

 相変わらずのお嬢様口調に苦笑いしながら、東輝は頭を掻いた。

 同級生だが、あまり渡辺とは話さないので何となく緊張してしまうのだ。

 「ふん、いいですわ。よく、聞いていなさい————」

 自慢の縦ロールをくるくると指に絡めながら、渡辺は自らの身に起きた事件の内容を身振り手振りを交えて話してくれた。

 被害者本人からの事件の話は、リアリティがあり、こちらにも緊張感が伝わってくるようだが、主観的で感情的な発言もあるので、全てを真に受けると違った解釈をしてしまうと、東輝は注意しながら耳を傾ける。

 「————というわけよ」

 「池の中にいた黒い影、背後にいた黒装束か」

 渡辺の話を聞いて、事件の情報はさらに増えたが、それに比例して謎も増えてしまった。

 ————犯人に繋がるものが、見つからない。

 メガネを外して眉間を揉みながら、溜息を漏らす。

 河童なんて、いるわけがないと思っていても、だったら何だ? と問われたら困ってしまう。

 何かしら、ほんの些細な事でいいので突破口が欲しいと、必死に頭を回転させる中、目の前でお弁当を食べ終えた渡辺が、ソッと箸を置く音が聞こえてきた。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・西山君は、犯人は人間と思っているのかしら?」

 「んっ?」

 「・・・・・・」

 「渡辺?」

 いきなり質問を投げかけてきたのに、彼女は目を逸らし、室内前方に設置してある、真っ白なホワイトボードに目を向ける。

 「誰に話しても「河童なんているわけない」。みんな、私が嘘をついていると思っているのよ」

 「・・・・・・」

 悲しそうな笑みを浮かべる渡辺は、いつもの高飛車なお嬢様の印象は消え去り、普通の女の子に見えた。

 信じてもらえない。というのは、確かにキツイ事だろう。その気持ちは理解できる。だが東輝には、そんな周りの目を簡単に変える力なんて、ない。

 「でも、私は本当に見たのよ! 河童は居たの!」

 「河童なんて、いるわけねぇよ」

 「だ、だって! わ、私は————」

 「そんな非現実的な事を信じろっていうのは、当たり前だが、無理がある」

 「・・・・・・」

 鋭く放たれた言葉に渡辺は、肩を落とし俯いてしまった。

 風紀委員会室の壁に掛けられた時計を確認すると、もう間も無く昼休みが終わりそうな時刻を針が差している。

 「・・・・・・」

 「でもな」

 風紀委員会室の扉の方へ歩きながら、東輝は口を開いた。

 「お前が〝何かを見た〟っていう事実は嘘じゃないって、俺は信じている」

 「西山君」

 必ず解かなければならない理由が、もう一つ出来た。

 その小さな決意が胸の奥で燃えて、熱くなっていく————そんな気がした。

 ————ガラガラッ。

 扉を開けると、昼休みを満喫している生徒達の声が、一気に静まり返っていた室内に侵入してくる。

 そんな声を聞きながら、東輝は背後に言葉を投げ掛けた。

 「河童の正体を突き止めたら、お前の所に謝らせに来させっから、ちょっと待ってろ」

 



 放課後になり北野南は、化学準備室に向かって廊下を早歩きしていた。

 河童池での話は、未だに生徒達の中で話題の種になっているが、犯人に繋がりそうなヒントを持っている人には中々出会えない。

 悠長な事をしていると、また被害者が出てしまうかもしれないのに。

 「先輩は、ドリル委員長から何か聞き出せたかな? あ〜ぁ、私は何も掴めてない〜」

 自分の無力さを嘆きながら歩いていると、背後から低音の優しげな声が掛かる。

 「やぁ、南ちゃん。どうかしたの? 元気が無いみたいだけど」

 「あっ、こんにちは〜 山田さん」

 黄緑色のつなぎに身を包んだ事務員の山田一郎が、いつも通りの笑顔を南に向けて、そこに立っていた。

 「こんにちは。それで、何かあったのかい?」

 「え〜と、ちょっと河童池について調べてて、あっ、そういえば山田さんって、風紀委員長を助けたんですよね? その時————」

 「えっ、おっ、痛たた・・・・・・」

 事件について、南が質問しようとした途端、突然腰を抑えて苦しそうな表情をする山田。

 「腰、どうかしたんですか?」

 心配して理由を聞くと、どうやら前に、例の池の掃除を手伝った時、木の上から落ちてしまって痛めたらしい。

 「大丈夫ですか? 保健室行きます?」

 「い、いや、大丈夫だよ」

 しばらくすると落ち着いたようで「もう平気だ」と笑っていた。そして思い出したように、先ほどの質問の続きを促してくれた。

 「それで風紀委員長を助けた時に、何か池の側で不審な物を見たり、聞いたりしていませんか? 何でもいいんですけど」

 「さぁ、何も無かったと思うけど」

 「そうですかぁ〜 。じゃあ、きゅうりも落ちていなかったですか?」

 「きゅうり?」

 目をパチパチさせながら、頭を捻る五十代男性っていうのは、中々可愛らしいなと思った。

 「何で、きゅうりが落ちていると?」

 「私が、あの池で河童を見た直前にも、近くに真新しいきゅうりが落ちてたんで、もしかしてと思って!」

 「・・・・・・」

 「ん? 山田さん?」

 廊下を歩く何人かの生徒が、振り向くほどの大きな声を出しながら、熱く話しをする南の目の前には、不審な顔でブツブツ独り言を口にする山田さんがいた。

 「きゅうり・・・・・・きゅうり?」




 薬品臭い化学準備室の中央に置かれた机には、それぞれの好きな飲み物であるイチゴ牛乳とミルクティーが置かれていて、その前に、西山東輝と北野南が向かい合わせになって着席していた。

 ちなみに今日は、本来の活動目的である読書をするのではなく、河童池の事件について話し合いをする事になっている。

 「まず第一に、河童なんて妖怪は存在しない。という事が大前提だ」

 「そうなると、犯人は人間ですね」

 「あぁ。で、人間であるなら、目的は何なのか?」

 机の上に広げられたノートには、今回の事件の要点がまとめられていた。東輝がそれを見ながら唇に人差し指を当てていると、まずは、南が意見を出してくる。

 「池に、他の人を近付けさせたく無かった。とか?」

 「それが一番ありえるな」

 「おぉ〜 良かったぁ」

 「何が?」

 「いやぁ〜 いつも先輩を混乱させるような意見を言ってないか不安なんですよ、これでも・・・・・・エヘヘへ」

 頭を掻きながら南は照れた表情をしていたが、毎回、色々な意見が出る事で、可能性を潰していけるので意外に役に立っている。と言おうと思ったが、調子に乗るのが分かっているので黙る事にする。

 「きゅうりが置いてあったのも、犯人が〝河童がいる〟と思わせるためだったんのかも知れねぇな」

 「勿体無い事をしますよねぇ、ちゃんと後で美味しく頂いたんですかね?」

 「それは、どうでもいい」

 溜息交じりにツッコミを入れ、大好きなイチゴ牛乳を一口飲んだ東輝は、新たな話題を出した。

 「一つ気になったんだが」

 「何ですか?」

 ミルクティーの紙パックに刺さったストローを無駄に噛んでいた南が、顔を上げる。

 「お前、池の水が綺麗になってるとか言ったよな?」

 「はい。気のせいかもしれませんが」

 ————もし本当に池の水が綺麗になっているなら、誰かが掃除した可能性があるが。

 今の所、東輝が一番気になっているのは、そこだった。

 一体、何の目的があって池を掃除したのか? 最初は、緑化委員が清掃したからかと思ったので、瞬次に確認を取ったが「やっていない」と返答が返ってきた。

 「分かりましたぁぁぁぁああ!」

 「!」

 突然の大声にビックリして、思わず姿勢を正してしまった。

 そんな東輝の様子には気付いていない南は、自信満々の顔で仁王立ちして、腕なんか組んでいる。

 「犯人は、綺麗好きな人! 花や木、自然を愛している。そんな人だったら、あの池の汚れを許す事が出来なかったはずです!」

 「だから、掃除して綺麗にしたと?」

 「そうです! これで謎は全て解けて————」

 「ねぇよ」

 決め台詞を取られた南が、半泣きで東輝に理由を尋ねてきた。

 「ただ綺麗にするだけなのに、あんな手の込んだ事する人なんかいない。堂々としてればいいだろう」

 「おぅ」

 しまった。という顔になった南は、両手でミルクティーのパックを持ち上げ、ストローでチューチューと吸い始め、恥ずかしそうに頬を染めていた。

 「ただ、掃除をしたのが犯人なら、今回の事件の目的が何となく分かる」

 「ゴクゴク——ぷっは! えっ?」

 その発言に驚きむせ返る南に対して、昨日から考えていた、ある一つの仮説を話す事にする。

 「犯人は、池の中にあった〝何か〟を探していたんじゃねぇかな」

 「ん? その〝何か〟を探すために、掃除をしたって事ですか?」

 腕を組んで、首を捻っている南に、ゆっくりと頷き、目の前のイチゴ牛乳を手に取った。

 「そうだ。そしておそらく、その探していた物は〝他の人には知られてはいけない物〟だったはず」

 「?」

 ここで南は、探していた物とは何だったのか? と聞いてきたが、さすがに東輝にも、そこまでは分かってはいなかった。

 「う〜ん。だんだん真相に近付いている感じがするんですけどねぇ〜」

 「・・・・・・」

 ————まぁ、そう願いたい所だが。

 東輝は、机の上のノートをパラパラと捲りながら、他に気になる点を考えてみる。

 「あとは、火曜日にだけ現れる理由だな。昼休みに渡辺から聞いたんだが、木〜月の五日間パトロールをしてたらしいんだが」

 「暇なんですねぇ〜 あのドリル」

 「生徒のために、だろ」

 「先輩! あの人の肩を持つんですか? まさか、あのドリルが好きとか————」

 「その五日間の間には、河童は出なかったらしい。まぁ、二十四時間監視してたわけじゃないから、絶対とは言えないけどな」

 「スルーですかぁ、ほにょほにょほにょぉぉぉぉ」

 ほっぺを膨らませ、ヤキモチを焼いているらしい南は放っておいて、話を進める。

 「火曜日にだけ現れた理由。さっきの目的の話と合わせるなら、この曜日だったら人に、見られないから」

 「えぇ〜 でも火曜日だって人が近付く可能性がありますよぉ〜 現に私とドリルが見てるんですから」

 ————もう、完全にドリル呼びになってる。一応先輩だぞ。

 一度咳払いをして、椅子に背中を預ける。

 「そうなんだよな。何か別の理由があるのか、それとも」

 悩んでいる東輝の前で、小さな赤い唇でストローをはむはむと甘噛みしながら、南は独り言を呟いていた。

 「緑化委員の誰かに見られたくなかったんじゃ」

 「緑化委員、か」

 瞬次の話によれば、火曜日は緑化委員の活動が無い。

 彼らの活動してる時だと、池に来る可能性があるからか?

 と考えた所で、ある事を思い出して東輝はガックリとうな垂れた。

 「どどどどうしましたぁ? 東輝先輩!」

 「ダメだ。緑化委員は関係が無い」

 「えっ? どうして?」

 うな垂れた頭をゆっくりと持ち上げながら、右手の指を三本だけ立てて南の前にかざす。

 「緑化委員の休みは、火、土、日の三日間だろ。なら土、日なら生徒の数も少なくて、一番行動も起こしやすいのに、わざわざ火曜日を選ぶのは不自然だ」

 「あっ」

 読書部の二人は、一気に空気が抜けたように肩を落とした。せっかく惜しい所まで行ったのに、行き止まりの看板が立っていた気分だ。

 チラリと腕時計を確認すると、本日の完全下校時刻まで五分を切っていた。

 ————今日も、解決出来ないか。

 諦めて帰り支度をしようとした東輝が席を立つと、ちょうど化学準備室の窓から見える校庭の隅で、箒を持って掃除をする事務員の山田一郎さんが見えた。

 いつもいつも、本当にご苦労な事だ。

 「あっ、山田さんだ。腰大丈夫かな?」

 「んっ? 腰?」

 いつの間にか東輝の隣に立って、同じように外を眺めていた南がポツリと呟く。

 何の事かと尋ねると、緑化委員と一緒に池の草刈りをした際、木の上のボールを取ろうとして落ちてしまった話を聞かせてくれた。

 「————という事が、って先輩?」

 「・・・・・・」

 話を聞き終えた東輝は、まさか、こんな事で最後のピースが揃うなんて、と思わず笑みが溢れてしまっていた。

 「南」

 「はい?」

 ————キーンコーンカーンコーン。

 校内にチャイムが鳴り響くと、グラウンドにいた運動部は道具の後片付けなどをするために慌ただしく動き回っていた。

 そんな生徒達とは対照的に、ゆっくりとカバンを肩に掛け歩き出した東輝は、南にだけ聞こえる音量で言葉を発する。

 「・・・・・・結論が出たぞ」




 渡辺風紀委員長の事件から、ちょうど一週間後の火曜日の放課後、学校の裏庭にある【夫婦河童池】には、二人の男女が佇んでいた。

 男の方が、左手につけた腕時計を何度も確認して周囲をキョロキョロと見ている所から、その二人は誰かを待っているようだ。

 「待ったかい?」

 と、予想は見事に的中したようで、二人の背後から人影が現れた。

 「いや、突然呼び出したのは、こっちなんで」

 現れた人物に頭を下げながら、先に待っていた男がポケットをまさぐり始める。

 「時間が勿体無いんで、単刀直入で・・・・・・あなたが河童の正体ですね?」

 そう言った男の手の平には、小さな紺色の箱が乗っていた。

 「事務員の、山田一郎さん」


 



 緑色のつなぎに、白い軍手をはめた姿————。

 一応、西山東輝から犯人は聞かされていたが、こうして目の前にしてしまうと信じられない気持ちでいっぱいだった。

 「それを、君が見つけたのかね?」

 「はい」

 東輝の手の平の箱を見た事務員の山田一郎は、動揺を隠せない様子だった。

 昨日の夜、手伝って欲しい事があると、学校に呼び出された南は、東輝と一緒に真っ暗な夫婦河童池に来ていた。

 最初は、まさか愛の告白! とルンルン気分だったのだが、驚く事に、いきなり東輝は池の中に入って潜り始めたのだ。

 真冬ではないとはいえ、あまりの行動にビックリした南だったが、彼に言われた通りに、必死に懐中電灯で真っ暗で冷たい水中を照らした。

 それから数時間後、東輝は見つけたのだ。犯人が探していた大切な物を————。

 「これ、返しますよ。今度は、無くさないように」

 小さな箱を渡された山田さんは、東輝の顔を怯えた表情で見ていた。五十代の男性が何十歳も年下にこんな顔をするなんて、初めて見た。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 相対する二人が何の言葉も発しないので、南が場の空気を変えるべく口を開く。

 「あっ、えっと〜 山田さん、それって何なんですか?」

 大事そうに、その箱を手の中でコロコロと転がしながら、山田さんは南の方に目を向ける。

 「〝指輪〟だよ。南ちゃん」

 「へっ! ゆっ、指輪!」

 「佐藤志乃先生に、プロポーズするために用意した物」

 「あぁ」

 その東輝の発言に山田さんは、小さく頷いた。

 「あの! 先輩、これはどういう事なのでしょうか?」

 未だに、犯人以外詳しい事は、教えてもらえていない南は、必死に説明を求める。

 「————初めて南が河童を見た、前日の月曜日。山田さんと緑化委員の生徒達は、この池で草刈りの作業を行なっていた。しかしその時、山田さんが木の上のサッカーボールを取ろうとして、誤って落下してしまった時に、不運な出来事が起きてしまう」

 「まさか」

 「そうだ。持っていた指輪を池に落としてしまったんだ。おそらくプロボーズをするタイミングを狙って、いつも持ち歩いていたんだろ」

 「山田さん! 間抜け過ぎますよぉ〜」

 恥ずかしそうに頰を赤らめるその姿は、まるで乙女のようだった。

 間抜けすぎる。これがもし、将来プロポーズされる相手にされたらと思うと————いや、東輝ならギャップ萌えでアリかも。と南は来るか分からない未来を想像して、ついニヤケてしまった。

 「もちろん、すぐに回収しようと思ったんだろうけど、昼間は自分の仕事があり、ここには近付けない————なら放課後だが、緑化委員は火曜日以外の放課後は、校内の至る所で活動している。佐藤先生に見つかり『何をしているの?』と問われるわけにはいかねぇ。池を綺麗にする為というのも、普段滅多に人なんか来ない場所なのに、不自然過ぎると考えたんだろ」

 「・・・・・・」

 「だから、火曜日の放課後だけに河童が現れたんですねぇ〜」

 南の発言に頷きながら、東輝はゆっくりと夕陽に照らされて、キラキラ光る池に近づいて行った。

 「あれ? でも土日も緑化委員は休みなんだから、この案は却下されましたよね?」

 そう言われ、こちらに振り向くと、水面で反射した光で東輝の顔が輝いていて、まるで王子様のようだと、ついポーっと惚けてしまう。

 「瞬次が言ってたろ? 二人は同棲しているって」

 「ん? あぁ! なるほどです! つまり休日に山田さんが一人で外出なんてしたら浮気と疑われると!」

 「いや、浮気とは思われないだろうが。まぁ休日は、二人で外出する予定でもあったんだろ。今でもラブラブと言ってたから」

 チラッと山田さんを見てみると、顔を真っ赤にして冷や汗が滝のように流れていた。

 何ともまぁ、幸せな事で————。

 指輪の事や火曜日にだけ現れる理由、そして山田さんの反応だけで、もう決着は着いたと思った南だったが、なぜか東輝は池の周りの林の中を見回し始めた。

 「んっ? 先輩どうしました?」

 「山田さんは、知らなかったみたいですね?」

 「?」

 山田さんと、南は顔を見合わせて首を捻った。

 「何の事だい?」

 「きゅうりと、渡辺の背後に立っていた黒装束。これは、あなたがやった事では無い」

 「に、西山君は、分かっているのか?」

 「は、え? あ? ちょっ、どういう事です?」

 その言葉に不敵に笑う東輝は、いつもの大人っぽい表情とは違い、イタズラっ子みたいで可愛いなと南は、またもや惚けてしまう————って、そんな場合じゃない!

 そんな南に気付いているのかは分からないが、東輝は静かに話を続ける。

 「渡辺は、水の中に黒い影を見ている。これは山田さんだ。なら背後に立った黒装束は誰だったのか? そして南から、きゅうりの話題が出た時、山田さんは、まるで知らなかった様子だった・・・・・・」

 「えっ、えっ? どういう事ですか?」

 何だか、置いてけぼりにされている気分になり、東輝のブレザーの裾を掴むと彼は、何の変哲も無い、林の中を見つめながら答えた。

 「この【夫婦河童池】には、河童が〝二匹住んでいた〟という事だ————なぁ、そうだろ?」

 遠くの誰かに呼びかけるように、東輝はいきなり大声を出した。

 何が何だか分からない南が、困惑していると。

 ————パキッ。  

 林の奥から、木の枝を踏み砕く音が聞こえてくる。

 そして、そこからブレザー姿の人物が、ゆっくりとコチラへ向かって近付いて来ていた。

 「やっぱりいたな・・・・・・瞬次」

 そう言われて現れた人影は、事務員の山田一郎さんの甥っ子である、山田瞬次だった。




 とても良いタイミングで現れた瞬次だが、実は昼休みに東輝が「河童の正体が分かったから、放課後に捕まえに行く」と話してあったのだ。

 「うぇっ! 山田先輩!」

 「瞬次」

 ビックリしている北野南と、山田一郎の前を通り、瞬次は東輝の前に立った。

 「すごいな西山、全部聞いてたよ。見事な名推理だよ」

 「それで、お前がもう一匹の河童でいいんだよな?」

 「あぁ、正解だ」

 そう言って、小さな拍手を送る相手の顔を見ると、一度、腕時計に視線を落としてから、東輝は話を続けた。

 「現場にきゅうりを置いて、本当に河童が居ると思わせたり。渡辺が水中にいた山田さんに気付きそうになった時、彼女を背後から脅かしたり。————全部、生徒を遠ざけるためだろ? 山田さんが指輪を探しているのが、バレないようにするために。他の曜日に河童が現れなかったのも、お前自身が緑化委員だったから」

 「すげぇな。まるで、後ろから見てたんじゃないかって思うわ」

 「ばか。そんな事してねぇよ」

 瞬次は照れたように笑うと、叔父さんである山田さんに顔を向けた。

 「だってさ。もし、指輪を池に落としたなんて佐藤先生に知られたら、叔父さん振られるかもしれないだろ」

 「瞬次、お前————」

 山田一郎が大事そうにギュッと握りしめている指輪の入った箱をチラリと見た瞬次は、強く頷いた。

 「叔父さん達は、誰が何と言おうと素敵なカップルだと思うからさ。絶対、一緒になって幸せになって欲しかったんだ・・・・・・でも、ごめん叔父さん、余計な事をして」

 「そんな事はない!」

 甥っ子に近寄った山田さんは、その頭を涙ながらに撫でながら、何度も何度も頭を下げている。

 「ありがとうな。瞬次」

 「うん」

 「本当に! 本当に!」

 「うん」

 その二人の光景を見つめている東輝の隣に歩いてきた南は、そっと背伸びをして耳元に顔を近付けた。

 「チューしたいです」

 「やめろ、鬱陶しい」

 「いやん、冗談ですよぉ」

 「・・・・・・」

 慌てて距離を取ると、テヘヘと笑いながら南は、再び小声で話し掛けてきた。

 「そろそろですよ」

 「分かってる」

 さあ、推理発表の時間は終わりを告げた・・・・・・お次は。

 読書部二人の不審な行動に気付き、二人の山田は不安そうにコチラを見ていた。

 ————さて、フィナーレだな。

 「さぁ! 今回の事件の黒幕の河童達よ! 聞きたまえぇ!」

 「?」

 「?」

 南の、その大げさな芝居に、二人はキョトン顔になっているが、隣で見ている東輝なんかは、恥ずかしくて死にそうだった。

 「君たちの正体を他の生徒に黙っていて欲しくば! 我々、読書部の出す〝二つの条件〟を飲んでもらおう!」

 「?」

 「な、何なんだい? 南ちゃん」

 両手を広げ「わっははは」と高笑いをするその姿は、ある意味で凄いと感心しているが、やり過ぎだ。

 そんな東輝の思いなど、つゆ知らず。勢いよく二人に、指を二本立てて南は続ける。

 「ひと〜つ! 風紀委員長のドリ————じゃなくて! 渡辺麗華さんに謝る事!」

 「えっと・・・・・・渡辺には、二人の事は内緒にしてもらうように言っておくから、安心してくれ。ただ、あいつには絶対に謝ってもらいたいだけだ」

 ————まっ、犯人の正体を知ってベラベラと話す奴じゃないだろう。

 東輝が補足説明を入れながら、そんな事を考えていると、隣の南が、その場で一回転をして、再び人差し指を前に差し出す。

 「そして、もうひと〜つ! それは————」

 すると困惑する二人の背後に、南が目線を動かしたので、釣られるように全員、そちらに顔を向けると。

 「えっ! 佐藤先生!」

 「なっ! しっ、志乃!」

 まだ少し遠いが、緑に覆われた小道を小柄で童顔な女教師が、こちらに向かって歩いてくる姿が見える。

 その光景に驚く二人をよそに、読書部は足早に逆方面へ向かって歩き始めた。

 「男なら、覚悟を決めろ。これがもう一つの条件————」

 東輝が瞬次の腕を引っ張り、山田一郎一人を取り残しながら、三人はその場から離れる。

 「え、あ、おおお」

 いきなりの状況に、頭を左右に振り、目を何度もパチパチとさせて動揺する山田さんには悪いが、ここらで一発、男を魅せてもらおう。

 雑草や枝を踏み鳴らしながら、林を抜けていると背後から小さな声が聞こえてきた。

 「西山、ありがとな」

 「いや」

 無理矢理、手を引かれ連れ去られている瞬次は、東輝と南にお礼を言った。

 その時の笑顔は、やはり親戚同士という事もあり、山田一郎さんの無邪気で大きな笑い方と、よく似ていた。

 しばらく歩いた後、気になってそっと振り向くと、遠くに見える山田さんと佐藤先生が、池の前で恥ずかしそうに笑い合う姿が目に入った。

 「東輝先輩、やりましたねぇ!」

 「だな」

 「叔父さん、おめでとう」

 そんな二人のバックにある夫婦河童池は、これからの輝かしい未来への門出を祝福するように、光のライスシャワーを振りまくように光りを放っていた————。

 

 

 

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