第2話


 自分の部屋に駆け込んだ宇佐美弓月は、持っていたカバンを床の上に放り投げ、ベットに飛び込んだ。

 そして制服のブレザーとスカートがクシャクシャになってしまうのも構わずに、頭から布団を被る。

 「・・・・・・何で、また」

 宇佐美は、細い両腕で自分自身を抱きしめ体の震えを抑えようとしたが、その行動に反して震えは増すばかりだった。 

 これから、どうすればいいのだろう。最悪な想像が次々に頭に浮かんでしまい、もう泣き出す寸前だ。

 「今日で3回目、もう偶然じゃない」

 誰かに助けてもらいたい、でも一体誰に頼ればいいのだろう。

 すると宇佐美の頭の中に、同じクラスのある女の子の顔が浮かんだ。

 あの子ならもしかしたら————と思い、ブレザーのポケットからスマホを取り出し、震える手で必死に画面を操作をして電話を掛ける。

 《ほいほーい、どうしたのぉ? 宇佐美ちゃん》

 何回目かのコールの後に、可愛らしく元気な声が返ってきた。

 「・・・・・・」

 《りゃ? おーい、宇佐美ちゃーん》

 「・・・・・・南ちゃん、迷惑かもしれないけど、話を聞いてくれないかな?」

 《んっ? 何か悩み事かなぁ? いいよ、いいよ。この私、北野南に相談しなさい!》

 「ありがとう」

 やっぱりこの子は凄い。さっきまであんなに暗い気持ちで、いっぱいだったのに、彼女の声を聞いただけで不安な気持ちが吹き飛んでくれた気がする。

 そうして一度大きく深呼吸をした後、意を決して宇佐美は小さく口を開いた。

 「————私、イジメにあっているみたいなの」




 長い長い授業が終わり、ようやく放課後を迎えた。

 校庭では、野球部やサッカー部の熱い掛け声が響き、廊下の方からは「今日はどこ行こっかー?」「ん? 君がいれば、僕はどこでもいいさー ハニー」「もぅ、ダーリンたらぁ」というバカップルの声が聞こえてくる。

 そんな生徒たちの声をBGMに、薬品臭い化学準備室の中で西山東輝は一人、読書を楽しんでいた。

 【おデブさん、殺人事件!】先日、古本屋のワゴンセールの中から見つけた50円の商品だったが、タイトルのインパクトに負けず劣らず、凄い内容だなと感心していた。

 「んんー、太る事は色んな意味で恐ろしいな。病気になったり、こういう奴に殺されたり・・・・・・」

 一応推理小説の体裁を守りつつ、この本には太る事で起きる体へのリスクについての事が、事細かに書かれており、中々勉強になる本で、少し関心してしまった。

 「まぁまぁ面白かったな」

 読み終えた本を閉じながら、東輝はこの本に対する読書感想文はどうしようかと悩み始める。

 東輝が所属する読書部では、本を一冊読み終える毎に読書感想文を提出する事になっていた。

 他のクラスメイトからは「楽そう」「本読んでるだけって、帰宅部とどう違うの?」とか散々言われているが、これでも真面目な活動をしているのだ。

 「んー」

 メガネを外し、疲れた目をほぐすように眉間に指を当て思案していると、いつもより到着が遅い同じ部の一年女子が、大慌てで化学準備室に飛び込んできた。

 「わぁ〜ん、せんぱ〜い! 寂しかったですよぉ! そして先輩も寂しかったですよねぇ? 愛する南が、この愛の巣に居ないんですもん! ごめんなさいぃぃぃ」

 「いや、別に」

 「はわっ! リアクション薄っ! うぅぅぅ、寂しかったですよねぇ?」

 「・・・・・・」

 「寂しかったでしょぉ? せんぱ〜いぃ」

 「・・・・・・」

 「まさか、寂しくなかったんですか? ・・・・・・ウルウル」

 「アァ、サビシカッタ」

 「ちょっ! 棒読みぃ〜」

 オーバーリアクションと物凄くウザいテンションで、いつも通りに北野南は東輝に絡んできた。

 目元はパッチリ二重、小柄でロングヘアーを一つ結びにしているその容姿は、誰が見ても素直に可愛いとは思えるのだろうが、中身がそれに伴っていない残念女子。

 ————本当に宝の持ち腐れだな、こいつは。

 読書部唯一の後輩が到着してきた所で、東輝は質問を口にする。

 「で、今日は随分遅かったけど、何してたんだ?」

 部活が始まってから、もう一時間近く経過している。いつもなら同着か自分より早くに来ていて、無理矢理、新婚さんごっこなどを仕掛けてくるのに。

 そんな東輝の問い掛けに、ニヤリと微笑んだ南は両手を腰に当てゆっくりと答えてくる。

 「あらぁ? 先輩ったら、妻の浮気を疑っているんですかぁ? 大丈夫。私はあなただけの、も・の・よ」

 「なるほど。浮気された方が、ここが静かになるのか・・・・・・」

 「ちょっと! 何を一人でボソボソと言っているんですかぁ! ダメですよぉー 絶対にしませんよー 何が何でも先輩に喰らいつきますよぉ!」

 「分かったよ。で、何だったんだ?」

 あまり遊んでいると、明日になってしまいそうだったので話を元に戻す。

 「あぁ! そうでしたぁ、という事で先輩! 唐突ですが! この前みたいに、先輩の頭脳をお貸し頂けませんでしょうか!」

 いきなり頭を深々と下げられてしまい、さすがの東輝も動揺してしまった。

 「?」

 「ほらっ、前にうちのクラスで起こった、カンニング事件の謎を一緒に話し合って解決したじゃないですか!」

 確かに一度、南に提案された推理ゲームに付き合った事があったが、別に本格的に現場を調べたり聞き込みをしたりなどしないで、話を聞いて考えついた事を言ったまでだったので、ほとんど自己満足のお遊びだったようなものだ。

 「今回も、その推理ゲームを一緒にやってくれませんか?」

 「・・・・・・」

 正直、そういった推理ゲームなどは大好物なのだが・・・・・・。

 「今回はパスだ。これの読書感想文を書かないといけねぇし」

 机の上に出しっぱなしにしてあった【おデブさん、殺人事件!】の表紙をコンコンと指で叩く。

 まぁ、家に帰ってから書いてもいいのだが、実は楽しみにしていた推理小説のシリーズの最新刊が昨日発売で、帰り際に速攻買って自室で、じっくりと読む計画を立てているのだ。

 なので完全下校まで、まだ一時間もあるし、面倒な作業は今の内に仕上げたかった。

 「そんなぁ、そこを何とか————って! なんか凄いタイトルですねぇ! でもなるほど、だから先輩は、私みたいなスマートな体型が好きだと」

 「何の話をしてんだ」

 小柄で細身の体をクネクネとさせ、頰を染めている南を無視して、作業に入ろうと、カバンからペンと作文用紙を取ろうとすると、突然目の前に何かを突き付けられる。

 「なっ! こっ、これは————」 

 「謎解きを手伝って頂けるなら、〝これ〟を先輩に差し上げましょう!」

 ふふん。と不敵な笑みをみせる、そんな南の手に握られている物から、東輝は目が離せなくなってしまった。

 薄ピンク色の紙パックに、イチゴと牛のイラストがプリントされている容器。正しくそれは・・・・・・イチゴ牛乳だった。

 この世にある飲み物の中で、東輝が愛してやまない、イチゴ牛乳。

 「くっ!」

 「さぁ! 先輩!」

 「ウゥゥ」

 強大過ぎる魔力の前では、人は無力な存在だという事を東輝はこの時、思い知った。

 「・・・・・・」

 差し出された東輝の手に、イチゴ牛乳を乗せる南は、してやったりの顔をしている。

 「ありがとうございます、先輩! そういう可愛い所も大好きですよぉ」

 「もう分かった。今回はどんな事件だ?」

 受け取ってしまったからには、もう無視をするわけにもいかないので、パックの側面に付いているストローを取り外しながら話を促す。

 どうせ今回も以前のカンニング事件みたいな、仕様もない事件なのだろうと、東輝は気楽に構えていた。

 「んんー、今回はちょっと重めの話になるかもです。私のクラスメイトの宇佐美弓月ちゃんって女の子が、イジメにあっているかもしれなくて」

 「・・・・・・イジメ?」

 どうやら今回は気楽に聞ける内容ではなさそうで、さっきまでの表情とは打って変わって、厳しい顔をしている南の顔を見て、東輝も姿勢を正した。

 「————一昨日、土曜日の夕方に、その子から電話をもらったんです。自分はイジメられているかもって」

 「理由は?」

 「最近、嫌がらせが続いているみたいなんです。一昨日で、その嫌がらせが3回目で、もう偶然じゃないって言ってました」

 「嫌がらせっていうのは? 具体的にはどんな事があったんだ?」

 持ち物を隠されたり、無視をされたり、あまりに酷い内容ならば先生に報告も考えなければならないだろう。

 「それが〝宇佐美ちゃんが食べる物を苦くする〟という奇妙な嫌がらせらしいんです。それが3回起きています」 

 「食べる物を苦く————それは、食べても平気だったのか? 体に異常は?」

 「いえ、とりあえず平気みたいです」

 苦味というから推理小説脳からすると、一瞬毒物かもと疑ったが、流石にそこまではしなかったようだ。でも宇佐美弓月という子が、危険なのには変わりない。

 「それで先輩にも考えてもらいたいのが、土曜日に起きた事件なんです! その謎を解決すれば、犯人が分かるかもしれません!」

 「?」

 「他に食べる物を苦くされたのはお昼休みの時間で、教室には生徒が沢山いる状態だった————いわゆる衆人環視の元で、犯人の特定が難しいんです。けど土曜日は〝密室状態〟での犯行だったんです!」

 「密室?」

 「そうです! 名付けて! 密室毒入り————じゃなくて!『密室苦味入り事件』です!」

 古今東西、あらゆる推理小説で取り上げられてきたであろう密室事件。

 まさか実際に、自分の周りで起きるとは。

 不謹慎だが、少しだけワクワクしてしまった心を鎮めるために、イチゴ牛乳に口をつける。

 「あの先輩、ごめんなさい」

 話の途中、目の前に座る南が急に謝るので、どうしたのかと聞くと、彼女はイチゴ牛乳を指差して答えた。

 「えっと、なんかイチゴ牛乳で無理矢理釣ったみたいになっちゃって」

 「あぁ」

 ————普段から、こうゆう態度なら、こいつも可愛いんだけどな。

 本人の前では決して言えないような事を思いながら、東輝は首を振る。

 「ってか」

 「?」

 「初めから推理ゲームや、イチゴ牛乳とかで釣らずに、ちゃんと話せよ。そうすりゃ、俺も素直に協力するよ」

 「・・・・・・」

 「そんなに薄情な男に、なったつもりはねぇからな。それに、イジメられてる奴の辛い気持ちは、よく分かるからな・・・・・・」


 嫌な記憶が蘇る。

 『だから! 名探偵なんて、いるわけねぇし!』

 『どんな依頼もお受けします? 誰もお前なんかに助けなんか求めねぇよ!』

 『もうさ、西山置いて、サッカーしに行こうぜ』

 『おぅ! 賛成賛成!』

 『無視しようぜ、無視!』

 

 「・・・・・・」

 「と、東輝先輩?」

 「いや、気にすんな」

 不安そうに顔を覗き込んできた南を、慌てて片手で制してやめさせた。

 なんだか、この場の雰囲気まで、東輝の暗さに飲まれてしまったようなので、少し話を変える事にする。

 「しかし南も、こういう手を使うんだな。正直少し驚いた」

 と、言いながらイチゴ牛乳のパックを人差し指で弾く。

 なんというか、自分より正義の塊のような子なので、まさかこんな買収のような、手口を使うとは思わなかったのだ。

 「んにゅ〜。本当は東輝先輩には、こんな手を使いたくなかったんですよ〜。他の男子なら関係ないですけどぉ」

 グデェ〜と机に突っ伏して答える南を見ながら、なるほど自分の前ではやっていなかっただけかと知った。

 「・・・・・・でも」

 「でも?」

 「大切な人のためなら、私は悪にだってなりますよぉ!」

 「・・・・・・」

 ガバッ!っと、目の前で立ち上がった読書部員を見て、彼女に見えないように、東輝は小さく笑みを浮かべた。

 「・・・・・・」

 「東輝先輩? あの、おーい」

 「とにかく、その密室、苦味入り事件? の話を詳しく聞かせろ」

 右手で眼鏡の位置を直しながら、南へ話をするように促す。

 そんな東輝の様子を見た彼女は、満面の笑みで大きく頷き返した。

 「了解ですよ! 先輩!」





 部室内の清掃も一息ついたので、宇佐美弓月たち三人の女子サッカー部員は、お昼休憩を取ることにした。

 本日は二年生以上のメンバーは、近くの学校へ練習試合に行っているのだが。宇佐美たちは、入部してまだ二ヶ月程なので今日は学校に残り、女子サッカー部の部室掃除をお願いされていた。

 「かぁぁ、本当にめんどいわー。もっと普段から掃除しろっての!」

 室内に転がっていたボールでリフティングしながら、安藤薫子は文句を言っていた。三人の一年女子の中では一番上手で、この夏にはスタメン入りも確実、と言われている実力の持ち主である。

 「はぁああ、お腹が空きましたねぇー。二人とも昼食にしましょー」

 大きな体を揺らしながら、伊藤優衣は二人を交互に見ている。

 女子生徒にしては中々の大きさなので、初めは彼女に対して怖い印象を持っていた宇佐美だったが、話してみると、おっとりタイプで優しい子だった。

 「確かに、腹は減ったな」

 そう言いながら安藤は、ボールを適当に放り投げて室内中央にある机に座った。

 宇佐美たちがいる部室は、体育館脇に建っている部室棟の一部屋を借りている。

 プレハブ二階建てで、一階に4部屋、建物に向かって右側に階段があり、二階にも同じように4部屋が並んでおり、女子サッカー部は2階廊下の一番突き当たりの204号室が部室になっていた。

 室内は八畳ほどの広さで、入って右側の壁には選手用のロッカーがあり、向かいの左側の壁付近には、サッカー関連の書物や道具が乱雑に並んだスチールラックが置いてある。そして部屋の中央には6人用の机と丸椅子が設置してあり、宇佐美たちは部活の時には大抵ここで食事やミーティングなどをしていた。

 「安藤さん、体細いのに結構食べるんだね」

 大きなお弁当箱が二個と小さな容器に入ったデザートを見て宇佐美は、びっくりしていた。

 「いやいや、お前の隣の化け物に比べたら、あたしなんて可愛いんもんだろ!」

 「え〜、ひどいよ〜、化け物なんて。これでも体型気にしてダイエットしてるんだよ〜」 

 「ちょい待ち! お前、努力の欠片も見えない量だぞ! それ!」

 「そうかなぁ?」

 頭を捻る伊藤が、机に広げている量は確かに凄かった。大きいお弁当箱の他に、菓子パンが5個、おにぎりが7つ、その他にポテチなどのお菓子もあった。小さなおにぎりを2つしか持ってきていない宇佐美は、自分の方が異常なのかと疑ってしまうレベルだ。

 それから三人は食事をしながら他愛もない話で盛り上がっていたが、突然の校内放送がそんな三人の休憩時間を阻む。

 《一年女子サッカー部の生徒は、至急、職員室まで来て下さい。繰り返します・・・・・・》

 いきなりの呼び出しに宇佐美たちは、顔を見合わせた。何か悪いことでもしてしまったのかとも思ったが心当たりは、特に無い。

 「ったく、また面倒ごとか? 今日はツイてねぇなー」

 溜息を吐きつつ安藤は席を立つ。口は悪いのだが、なんだかんだ真面目で良い子なのだ。

 「ほら、二人とも行くぞ」

 「うっ、うん」

 「もぐもぐ・・・・・・ごくっ! わぁー、待ってよー」

 扉を開けて出て行こうとする安藤を、宇佐美と伊藤は追いかける。

 廊下側に出ると安藤はジャージのポケットから鍵を取り出していた。一年生の中で彼女はリーダー的なポジションなので、今日は顧問に鍵の管理を任されていたのだ。

 「あっ! ちょっ、ちょっと待ってぇー、忘れ物ぉー!」

 「痛っ!」

 伊藤は突然その巨体で安藤にぶつかりつつ、部室内に駆け込んで行く。

 ガチャンッと閉まるドアを見つめながら外に取り残された二人は呆然としていた。

 それから一分ほどで伊藤が出て来たので、何を忘れたのか? と聞くと、彼女はにっこり微笑んで小さなプラスチック性のボトルを二つポケットから取り出した。

 「サプリメントー」

 「えっ? サプリメント?」

 「うんー、最近飲んでるんだー。体に良いからって、お母さんが言ってたからー」

 「なっなるほどねー。あははは」

 ————おそらく、娘の体型を気にしてのダイエットサプリじゃ。

 そんなことを考えていると、部室のドアの鍵を閉めた安藤がぶつかられた腕を撫りつつ歩き出した。

 「痛ぁー 。おい伊藤、気をつけろよ。これでもレディーの体なんだぞ」

 「ごめんなさい〜、安藤さん」

 「ハァ、まぁいいけどよ、とりあえず職員室に行こうぜ」




 それから職員室にて女子サッカー部、副顧問の百瀬先生から聞かされた内容は、三人のテンションを一気に下げるものだった。

 その内容とは顧問の松島先生からの伝言だったのだが、部室の掃除が終わり次第、外の体育倉庫の道具の点検&掃除を頼むという内容だ。

 話を聞き終わり、その場で倉庫の鍵を受け取った三人はダラダラと文句を言いつつも、そのまま作業を始める事にする。

 その途中、喉の渇きを感じた宇佐美は一人部室に戻ってきていた。

 部室棟の二階への階段を上がり、女子サッカー部の隣にある204号室の前を通り過ぎようとすると、扉が開いていて、中にいた女子バスケットボール部の二人と目が合った。

 どちらも一年生で一人は、クラスが違うので知らない子だったが、もう一人は宇佐美と同じクラスの大友莉緒さんだとすぐに分かる。

 「こんにちわ」

 目が合ってしまったので軽く会釈をしたが、大友は一瞬見ただけで、直ぐにそっぽを向いてしまった。

 —————やっぱり、まだ怒ってるか。

 隣の子は小さくて聞こえずらかったが、挨拶を返してくれたみたいだった。

 そのバスケ部の部屋の前を通り過ぎると、すぐに自分たちの部室の扉の前に到着する。安藤から預かった鍵で扉を開けて中に入ると、奥にある窓から風が吹き込んで宇佐美の髪を乱す。

 「ふぅ、そっか。換気しっぱなしだったんだ」

 髪を整えながら、宇佐美は机の上に置いてある自分のカバンの中を探る。

 「あっ、忘れてた」

 ふとカバンの中に小さなおにぎりが一個入っているのを見つけた。1つ食べ終えた所で放送があったので、食べずに出て行ってしまっていたのだ。

 「うっ」

 実はダイエット中なので、今は食事の量を減らしている。出来ればこれも食べない方がいいのだが・・・・・・。

 グゥゥゥ〜と鳴るお腹を押さえつつ、しばらく考えていたが、やがてそっと手を伸ばして包みを開いた。

 「まぁ、今日はまだ忙しそうだしいいか。あーん、もぐもぐ————んっ?」

 その小さなおにぎりを口の中に入れた途端、宇佐美は異変に気が付いた。

 ————苦い。

 そばにあったティッシュ箱から二、三枚ティッシュを抜き、すぐに吐き出したが口の中にはまだ若干の苦味が残っている。

 「う、嘘でしょ。また・・・・・・い、一体誰が?」

 偶然じゃない、今週で3回目だ。

 最初は、お昼休みに友達と一緒に教室でお弁当を食べている時。

 2回目も、放課後の教室で友達複数人とコンビニのお菓子を食べていた時。

 そして今回で、3回目・・・・・・もう誰かが故意にやっているとしか思えない。考え始めると体が勝手に震え出した。脳裏に浮かぶ《イジメ》という言葉を振り払おうとするが、中々消えてはくれない。

 そしてその時、ある疑問が浮かんだ。

 「でも、どうやって細工を・・・・・・」

 前の2つは本校舎の自分の教室で起こったもので、誰にでもチャンスはあったが、今回は違う。この部室は〝密室〟だったのだ。

 それなのに犯人はどうやって犯行を行ったというのか————。

 宇佐美の頭の中を、黒いモヤモヤとしたものが動き回っていた。




 「————という事らしいんです」

 長い話を終えた南は、イチゴ牛乳と一緒に買って来ていたのであろう、紙パックのミルクティーに口をつけた。

 「大まかな事件の流れは分かったが、少し質問してもいいか?」

 「はい! 私の好きなタイプはぁ〜、先輩のように格好良くて、頭が良くて、クールで、スタイリッシュで、ちょっと可愛いい所もある、後輩思いの男性が好きですよ!」

 「聞いてねぇよ、んな事」

 「でもぉ、知りたかったですよねぇ?」

 「いや、一ミリも興味無い」

 「はがっ!」

 何かに撃たれたように、南は後ろに仰け反り苦しむリアクションを取っていたが、東輝に反応が無いと分かると、ションボリとした表情で椅子に座り直していた。

 「続けるぞ、まず現場になった部室だが、三人が出てから宇佐美が戻ってくるまでの間は、鍵が閉めっぱなしになっていたのは確かか?」

 「はい。鍵は全部で二本あって、その日一本は安藤さんが、もう一本はスペアなので職員室にあったそうです」

 「職員室のスペアは、他の生徒は勝手に持っていけないのか?」

 東輝の質問に南は、首を横に振って答えた。

 「無理ですよー、借りるには鍵を管理している先生の許可と、貸し出し名簿への記入をしなくちゃいけませんし。あっ、もちろん盗むのは無理ですよぉ、土曜日でもかなりの先生がいましたからー」

 「・・・・・・」

 つまり女子サッカー部の部室のドアを開けるには、安藤が持っていた鍵を使うしか無いという事か。

 「安藤薫子という子が、何か怪しい行動を取っていたとかは?」

 「いいえ。安藤ちゃんは、ずぅぅっと一緒に行動していたそうですよ。途中で抜け出して部室に戻って犯行を————なんて事は無理ですねー」

 「まっ、だよな」

 密室事件において、鍵を持っている人間が疑われるのなんて推理小説の中でも当たり前の事だ。ただフィクションの世界だと、その状況を利用する犯人なんてのもいたりするのだが、実際の事件なら流石にそんな状況で、犯行は行わないだろう・・・・・・この案は、却下だな。

 「先輩! 私の案を聞いてもらえますか?」

 いきなりの大声と共に、机越しにグッと顔を近付けてくる南を避けながら、東輝は頷いた。

 「今回の犯人は、伊藤優衣ちゃんだと思うんです!」

 「伊藤か、その根拠は?」

 「ズバリ! 唯一、密室の室内にいた人物だからです!」

 「密室にいた? いつだよ?」

 「ほらっ、放送で三人が呼び出された時、部室を閉める直前に伊藤ちゃん、「忘れ物」と言って室内に戻った。って言ったじゃないですか! その時ほんの少しの間ですけど、部室内に一人だけという状況になっています! これは、絶好のチャァァァンスですよ!」

 席から立ち上がり舞台演劇のように、身振り手振りを加えながら熱く説明する後輩を東輝は、イチゴ牛乳を飲みながら静かに眺めた。

 「ズズー、ゴクッ。んんー、でもそのタイミングで放送が鳴るなんて事、三人は知らなかったんだろ? それが無かった場合、どうするつもりだったんだ?」

 「へっ?」

 明らかに考えてもみなかった。という顔をしながらも、南は必死に口を動かしていた。

 「え、えっとーそれは、なんか宇佐美ちゃんのスキを見て————」

 「狭い室内、二人の目を盗んでか? しかも小さなおにぎり2つが無くなる前に」

 「うっ!」

 「計画してた人間なら、その辺考えて来ないか?」

 「ラッキーなタイミングがあれば、犯行を行おうと思ったのかも・・・・・・」

 もう最後の方は、蚊の鳴くような小さな声になってしまった南を着席させて落ち着かせる。

 色々反論はしたが、伊藤が犯人という可能性はゼロでは無いと東輝は考えていた。

 動機やトリックなどの問題は置いておいたとしても、今の所食べ物に細工を出来そうな人物は伊藤だけだ・・・・・・この案は、保留だな。

 「う〜ん、先輩は何かありませんか?」

 「そうだな・・・・・・ん、部室内の窓が開いていたって言ってたよな? そこから侵入する事は可能か?」

 その質問に対して南は、机に置いたミルクティーのパックを指で弾きながら答える。

 「あぁー、私もそこが気になって、さっき見に行ったんですけど無理でしたー」

 「無理? 二階だからって意味か? でも梯子を使えば届くだろ」

 部室棟の裏は林になっていて人気も少ないので、誰かに見られる可能性も低いはず。

 「格子が付いているんですぅー、あの窓ぉー」

 両手でバッテンを作りながら南は口を尖らせていた。

 ————げっ、まじか。

 普段、部室棟の方へは滅多に近寄らないので、初めて知った。

 おそらく生徒達の安全を考慮して、取り付けられたのだろう。

 「腕が通るか、通らないか、くらいの幅しかないので、人間が通るのは無理っぽいです」

 「そっか。じゃあ、この案は」

 「却下ですねー」

 東輝が腕時計を見ると、あと三十分ほどで完全下校時刻という時間になっていたが、まだ解決の糸口すら見つからない。

 犯人はどうやって密室状態で、犯行を行ったのだろう。

 数分の間、読書部二人の間に沈黙が訪れ、窓の外の校庭から聞こえてくる運動部の声だけが耳に届いていた。

 そんな中、ウンウンと唸る南へ東輝は思い付いた事柄を口にする。

 「そういえば、隣のバスケ部の子達からは、何か聞いたか?」

 「ふえ〜、隣のバスケ部ぅ?」

 「ほら、宇佐美が飲み物を取りに戻った時、隣の部室にいる女バスを見たって————」

 「わっ、忘れてたぁぁぁぁぁあああ!」

 「うるさっ」

 南の大声に思わず両手で耳を塞いだ東輝だったが、まだ頭の中で反響しているようでクラクラする。

 三半規管がやられたかもしれない。

 「先輩! その女子バスケット部の二人、大友莉緒ちゃんと江崎真波ちゃんって言うんですけど、事件発生時刻、部室棟には二人以外の生徒はいなかったんですよ!」

 「おっ、おう」

 「他の女バスのメンバーは、体育館で練習をしていたんですけど、二人はマネージャーなので、部室で今度の大会用の応援旗を作っていたらしいんです。つまり宇佐美ちゃんたちを除けば、一番現場の近くにいたのは、その二人って事になります!」

 さっきまでの負のオーラ全開のテンションから一気に上がった南は、自信満々の笑みを浮かべて東輝に言い放った。

 「しかも、大友ちゃんには動機もあるんですよ!」

 「動機? 二人の間に何かあったのか?」

 「はい。私も二人と同じクラスなのでよく知っていますよ。あの時は大友ちゃん、凄く怒ってましたから」

 「一体、宇佐美は何をしたんだ?」

 「それは、ですね・・・・・・」

 南は一旦間を置きミルクティーを飲んだ後、再び口を開いた。

 「・・・・・・ネタバレです!」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・?」

 「・・・・・・」

 「先輩?」

 「ね、ねたばれ?」

 「イエス、ネタバレ!」

 「・・・・・・」

 「ネタバレ! ネタバレ! どぅゆー、あんだーすたん?」

 「何の?」

 「漫画の」

 「・・・・・・そんな事で?」

 ガクッ! と東輝の一言で、机から若手芸人のように落ちた南がすぐに這い上がって来る。

 「いやいや! ネタバレって恐ろしいんですよ! 自分が楽しみにしていたものを、目の前で掻っ攫われているようなものなんですから! 私だって、楽しみにしていた新刊本のオチを誰かに言われたら怒ってパンチしますよ! 先輩だって気持ち分かるでしょお?」

 「んー、まぁな」

 確かに、もし楽しみにしていた推理小説の、犯人とトリックを目の前でバラされたら、ブチ切れるかもしれないな・・・・・・まぁ今の所は、そんな状況になった事が無いので分からないが。

 でも、その人にとっては何が重要な事かは分からないので、一瞬呆れてしまった自分を戒めて、東輝は背筋を伸ばした。

 「っで! 大友ちゃんには大好きな漫画があったんですけど、彼女はコミックス派なんです! 逆に宇佐美ちゃんは、週刊誌派で毎週読んでいて、先々週の昼休みに宇佐美ちゃんが、友達とその漫画の話をサラッとしちゃったんですよ! しかも超重要なシーンの! それを偶然耳にしちゃった大友ちゃんは、大激怒ですよぉ!」

 「・・・・・・」

 なにわともあれ、これで大友が宇佐美という子に、恨みを抱いているというのは、本当のようだ。

 「大友が仮に犯人だとして、密室の謎はどうすんだ?」

 「う〜んと、例えば————あっ、最初から部室の中に隠れていたんですよ! 三人が出て行ってから犯行を行い、外へ出る————」

 「鍵はどうするんだ? 閉められないだろ」

 「ぬぬぬ〜 でっ、では窓の外から細工を————」

 「格子が付いている件を忘れんな。それにカバンの中に入っていて、包みもしてあるおにぎりに、どうやって細工するんだ? 超長いマジックハンドとか言うなよ」

 「わぁ〜ん! 先輩のイジワルゥー、もう少し優しくして下さいよぉぉー」

 向かいの席でわんわん泣く後輩女子を見て、少し悪い気がした東輝だった。

 まぁ無茶苦茶な案ばかりだったが、こいつはこいつなりに事件を解こうと必死なのに攻めすぎたな、とちょっと反省する。

 「ああー、その悪かった」

 「ぐすっ、抱きしめて頭撫でて、ハグしてくれたら許してあげます」

 「おい。何回、抱きしめてんだ俺は」

 「何回でもギュッとされたいんですよぉ〜 ! さぁ、どうぞ」

 「どうぞ、じゃねぇ」

 「あうっ!」

 両手を広げ、頰を真っ赤に染めて目を瞑る南のおでこに、デコピンを喰らわせてから、改めて状況を整理してみる。


 ① 部室のドアには鍵が掛っていて密室状態。窓は換気のため開いていたが、格子が付いていて人は通れない。

 ② 同じ部の安藤薫子が鍵を持っていたが、一度も一人で行動していない。伊藤優衣は部室を出る直前、短時間だが一人で部室に戻っている。

 ③ 放送でサッカー部が呼び出される。宇佐美がおにぎりを1つだけ残している。これらの事は偶然である。

 ④ 部室棟に残っていた生徒は、隣の部屋のバスケ部の二人だけ。その一人の大友莉緒には宇佐美に対する恨みがあった。

 ⑤ スペアキーなどは使用不可。南が調べた結果、ピッキング、糸などを使って鍵を閉めた可能性は無し。(素人判断)


 考えれば考えるほどに謎は深まっていく。犯人の正体どころか、使ったトリックさえ、まるで見えてこない。

 「やばいですよー 先輩ぃ〜、もう全然分かんないですぅ〜、トリックなんてあるんですか? 透明人間がやったという方が、まだ納得出来ますよぉ〜」

 「最後まで諦めんな」

 「先輩?」

 「実際に宇佐美は被害に合ってるんだろ? なら最後の最後まで考えて考えて、考えまくれ」

 「・・・・・・はい」

 そう言うと目の前で突然にっこり笑う南に気付き、東輝は目を逸らした。格好を付けたが、まるで何も浮かんでない事には変わらない。

 推理小説に出てくる、憧れの名探偵たちは、こんな謎、直ぐに解けるんだろうな。

 「くそ」

 「先輩?」

 「あ、いや、何でもない」

 腕時計を見ると、もう時間は十分ほどしかなかった。

 今日はここまでか————と、東輝はこめかみを指で強く押さえつけた。その時、静寂に包まれた化学準備室内に、ある音が響き渡った。

 ————グゥゥゥウウ。

 「あ?」

 「はう!」

 突然、目の前に座る南が恥ずかしそうに自分のお腹を押さえている。今の音は————。

 「あっははは! ちょっとお腹空いちゃって・・・・・・ううっ! 先輩に聞かれた! 恥ずかしいですぅ! もうお嫁に行けないですぅ! 先輩、私をお嫁さんにもらってぇ〜」

 「ったく、仕方ねぇな」

 「ふえっ! ももももも、もっ、もらって頂けるんですか? いや〜ん、先輩————」

 「ほらっ」

 東輝は自分のカバンの中から、焼きそばパンを南に差し出した。

 「・・・・・・」

 「昼に食わなかったやつだから、やるよ」

 「ああ、ありがとうございます————うっ!」

 涙目の南はパンを受け取ると、すぐさま袋を開けてムシャムシャと頬張り始める。

 何だか小動物みたいだ。

 「もぐもぐ・・・・・・あぁ、ダイエット中なのに食べちゃった。あ〜ん」

 「へぇー、お前ダイエットなんてしてたのか」

 「してますよぉー、先輩に愛されるために、努力努力の毎日です! もぐもぐ」

 東輝から見れば南は痩せているなと思うのだが、やはり女の子から見ると違うのだろうか。

 「まっ、あんまり無理はするなよ、ダイエットって体に————」

 その時、さっきまで読んでいて、今は手元に置かれてある【おデブさん、殺人事件!】の表紙が目に入った。

 ————もしかして。

 「愛されてるなぁー 私って。先輩がこんなに心配してくれるなんて」

 「おい、南!」

 「はっ、はい!」

 珍しく大きな声を出す東輝に驚いてしまったのか、思わず南はその場で立ち上がってしまっている。

 「被害者の宇佐美が、小さなおにぎりを2つしか持ってきていなかった理由って、ダイエットのためか?」

 「えっ? あっはい、そうですよ。二ヶ月くらい前から宇佐美ちゃん、太り過ぎたからって頑張っていたんで」

 「・・・・・・」

 「先輩?」

 しばらくの間、今思いついた可能性を頭の中で考え直した。

 カチカチカチ、と化学準備室の壁に取り付けられている時計の針の無機質な音だけが、部屋の中に響き渡る。

 「・・・・・・密室の謎が、解けないわけだ」

 「えっ?」

 椅子の背もたれに背中を預け、顎に手を当て黙っていた東輝は独り言のように呟く。

 「結論が出たぞ」

 ————キーンコーンカーンコーン。

 東輝の言葉と同時に、終業のチャイムが校内に鳴り響く。

 それを合図にしたかのように、席からすぐさま立ち上がる東輝を南は唖然として見ていた。

 「南! すぐに宇佐美に連絡を取れ!」




 次の日の放課後、北野南は宇佐美弓月と一緒に学校の屋上に来ていた。

 この時間であれば生徒達は部活動に行くか、帰宅するかのどちらかが多いので、ここにはほとんど人は来ない。内緒話をするにはうってつけだった。

 「それで、あの後はどうしたの? 宇佐美ちゃん」

 屋上のフェンスに寄りかかりながら南が問いかけると、自分の細い腕を眺めながら宇佐美が答えを返してくる。

 「連絡を受けてすぐに病院に行ったら、南ちゃんに指摘された通りの診断をされたよ」

 「私じゃなくて、愛しの東輝先輩の指摘だよ! そこの所、間違えないようにね!」

 ビシッと人差し指を向けられた、宇佐美は小さく微笑んで頷く。

 そんな彼女が診断された病気とは————【味覚障害】だった。

 急激なダイエット、精神的なストレスなど様々な原因で起きてしまう病気で、特に女性や高齢者に多い。

 宇佐美の場合、急激なダイエットで食事が偏り、味覚の働きを助ける亜鉛が不足してしまった事で起きてしまったらしい。

 東輝が読んでいた【おデブさん、殺人事件!】という本には太ると起こる病気、痩せ過ぎて起こる病気など、推理小説なのに体型に関する医学的な事も書かれていたと、南は説明を受けていた。

 「それで、すぐに治りそうなのぉ?」

 「うん、病院で亜鉛が含まれている薬をもらって来たから、その薬を飲めば治るらしいよ」

 「そっかー、良かったね、宇佐美ちゃん! 食べ物が苦く感じちゃうって地獄だしねー」

 顔をクシャクシャにして嬉しそうな表情をする南に、宇佐美は深く頭を下げた。

 「本当にありがとう。南ちゃんが私の話を真剣に受け止めてくれたから、私は助かったよ。本当にありがとうね」

 その言葉に南は小さく微笑んで、彼女の肩をポンポンと叩く。

 「いいってことよ! 私たち友達でしょ!」

 「南ちゃん」

 夕暮れの光に照らされキラキラと、宇佐美の瞳は光っていた。

 「西山東輝先輩か、凄い人だね。まるで名探偵みたい」

 「でしょ、でしょ!」

 東輝の事を褒められると、とても嬉しくて、つい気分が舞い上がってしまうのを何とか抑えようとする南だったが、無理だった。

 「東輝先輩は、いずれもっともっと沢山の人に頼りにされる————そう! ヒーローみたいな存在になる人だよぉ! だから、宇佐美ちゃんも要チェックだよ! あ、でも好きには絶対なっちゃダメ!」

 両手で大きくバッテンを作り、宇佐美の周りをクルクル回ると、彼女は大声を出して笑い始めた。

 そうして、しばらく二人で笑い合っていると、宇佐美が西山にも何かお礼がしたいと言ってきたので、丁寧にお断りをする事にした。

 「大丈夫! 先輩には、私がたぁぁぁぁっぷり、ねぇぇぇぇっとり、お礼するから安心してー」

 「えっ、でも————」

 「はぁわぁっ! もう三十分も過ぎてる! また先輩が寂しがっちゃうぅ! っという事で宇佐美ちゃん、また明日ねぇ!」

 「えっ! あ、えっと、南ちゃん! 本当にありがとうね!」

 再び大きな声で言われた感謝の言葉を背中に浴びながら、嵐のように南は走り出した。

 今日も、愛する人との読書の時間を楽しむ為に・・・・・・。

 


 

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