第1話(3)

 冒険者ギルドは他国からの流れ者が多い。

 ここガーディア国の様な巨大国家から国境を越えた先は、どの国にも属していない貧困な町や村が数多く点在した。

 そういった町や村で暮らす家族は、子供はある程度大きくなったら自立する事を強要される。

 自立と言えば聞こえはいいが、要は家から追い出されるのだ。

 口減らしの為に。

 そういった者たちが集うのが、冒険者ギルドである。

 冒険者登録すれば、認識票が受け取れるからだ。

 これは、国が税を納めている国民に対して発行している住民票や、騎士団・護衛団に発行しているドッグタグと同等の身分証明価値を持っている。

 しかし、世の中そう甘くはない。

 冒険者になった以上は、定期的に仕事をこなす義務が生じる。

 もちろんほとんどの者が無一文の身なので、皆率先して仕事を受けるが、万が一失敗すれば違約金が発生。

 借金まみれになるリスクもあった。

 だから、自身の能力に見合わない仕事を誤って請けない様、ランクが設定されている。

 ランクは認識票で位置付けられ、

 青銅級(初心者の観察期間)、

 銅級(基礎習得期間)、

 鋼級(一般レベル)、

 銀級(熟練レベル、昇級試験または推薦による面接試験有)、

 金級(師範レベル、昇級と面接試験の他、技能別各種ギルド長の承認が必要)、

 と、5ランクで大別されていた。

 昇級試験という単語で予想がつくと思うが、冒険者にとってはここが一つの壁となっている。

 勉強なんてロクにしていなかった者たちがほとんどなのだ。

 だからなのだろうが、冒険者は鋼級が多い。

 その為、鋼は一般とよく言われている。


 冒険者のジンは鋼3等級だった。

 無口無愛想無表情な性格で、周囲からは鉄仮面と呼ばれていた。

 年齢が30を過ぎてからも着実に仕事をこなして信頼を得ているのだが、性格が災いしてか、なかなか銀級への推薦がかからない。

 いつ銀に昇格してもおかしくない。

 周りからはそう思われているのだが、本人はどう思っているのやら。

 そのジンが仕事を終えて冒険者ギルドにやってくると、その扉の前に王宮護衛団の者が待ち構えていた。

 ジンは

『またか。』

 と言いたげな目線をする。

「・・・そろそろ護衛団の入団試験を受ける気になってくれたかな、と思って期待しているんだが。」

 どうやらスカウトらしかった。

 ジンは無視して冒険者ギルドの扉を開く。

「相変わらずつれねーなあ。

 やっぱ、美女に口説かれた方がいいか?」

 その台詞が終わると同時に、扉は閉められた。

 王宮護衛団の男は軽く一息つくと、近くにある駐在所へと戻っていった。


 駐在所が見えたその時、

「ん?

 女の子・・・か?」

 スラム街から来たんだろうか、ヨロヨロと、それでも必死に駐在所へ向かって歩いているのが分かる。

 ボロボロの衣服、足は靴が無く裸足、そして首元に鉄製の首輪。

 まさか!?

 急いで走り、倒れそうになる女の子を抱きとめた。

「おい、しっかりしろ!

 どこから来た!?」

 走った音を聞きつけたのか、駐在所にいた女が顔を出した。

 男がすぐに声を掛ける。

「水!

 水持ってきてくれ!!」

「は、はい!」

 コップに水を入れ、少女の口元にソッとあてがった。

「もう大丈夫だ。

 ゆっくり飲め。」

 少し飲むと少女は、ボソリと一言口にした。

「奴隷商・・・。」

「・・・え?」

「奴隷商“アラクネ”・・・。

 そこから・・・逃げて・・・。」

 それだけ言うと、少女は意識を失っていた。

 男は脈拍を確認する。

 安定している。

 これなら大丈夫だ。

 男は少女を抱きかかえて、同僚の女に言う。

「ちょっとシーズン・ホスピタルに行って、この娘を入院させてくる。

 班長が巡回から戻ってきたら伝えてくれ。」

「分かりました。」

 これだけ言葉を交わすや、男は急ぎ足で病院へと走っていった。


 シーズン・ホスピタル。

 寺院で癒せない奇病の類を治療する総合病院だ。

 奇病は季節に分けて症状が異なる為、四季に分けた病棟が4棟存在する。

 男は迷わず第4棟に入っていった。

 受付を済ませ、順番を待つ。

 この時期、流行っている奇病は極低病。

 体温が急激に下がり仮死状態になる。

 雪虫という昆虫系の魔物が原因らしいが、どうやって治療するのかは分からない。

 仮死状態になってしまうので大体が運ばれてくるのだが、その手の患者が多いとかなり待たされてしまう場合もあった。

 しかし、今日は運がいい。

「受付番号57番の方、第一診察室へどうぞ。」

 呼ばれたので、早速女の子を抱きかかえて中に入る。

「先生、すまん。

 この娘をベッドに寝かせたい。

 ここにベッドはあるか?」

 男に先生と呼ばれた女医は立ち上がり、

「こちらへ。」

 とカーテンを開けてベッドを見せた。

「助かる。」

 少女を寝かせると、女医は真っ先に首輪を凝視する。

「これは?」

「少女が、奴隷商“アラクネ”と言っていた。

 奴隷の首輪で間違いないだろう。

 首輪を外す治療は可能か?」

 こういった首輪には、大概呪いが込められている。

 もし外せたとしても、その瞬間場所が特定され、狙われてしまう事も確実だ。

 そう。

 狙ってくる者は患者にとって全て病原菌。

 治療とは、そいつらの排除・抹殺を指している。

 色白の女医、ドクター・スノーは妖しく笑みを見せるや、

「この娘は本日付けで第4棟に入院させます。

 御安心を。」

 と静かに語った。


 それは、奴隷商“アラクネ”への宣戦布告とも感じられた。

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