第14話 欲求

 全てが、僕のことを考えているわけではない……

 少なくとも、朝倉あさくらさんと鈴木すずきさんはそうってこと?


 朝倉さんは僕を幸せにすると言っていた。でも、その上で鈴木さんはそう言った。


 本当に、そうなのだろうか。

 だって、僕はかわいいって、ずっと皆に言われてきて……


 そうだ。

 僕のことをかわいいって言ってくれて、共通の趣味があって、僕のことを理解してくれている人。


 田村たむらさんに話してみよう。


 僕は、田村さんのシンスタのアカウントを開いた。

 まだ1度もトークをしていない。でも、田村さんなら受け入れてくれるだろう。そう思った。


『田村さん、ちょっと話したいことがあるんだけど、いい?』

 迷わず、そう送った。


白宮しろみやくんか。いいよ』

 少し経って、田村さんから返信がきた。

『長くなっても大丈夫?』

『うん、いいよ』


 田村さんの言葉に甘えて、先程の出来事をざっと話した。

『誰も、僕のことを考えてないのかな?』

 今はただ、その答えが欲しかった。

『少なくとも、はなは自分のことしか考えてないと思う』

 ……

『なんで?』


『小学生の頃から、そうだったから』

 小学生の、頃から?

『小3のときに同じクラスだったんだけど、本当にうるさい奴だった』

 うるさい? あの朝倉さんが?

『で、小6のときかな。最初の方は静かだったんだけど、途中から結希ゆきにべったりになった』

『うるさかったんじゃないの?』

『友達がいなくなったんだと思う』

 どうしてだろう。


『私は、華のことが嫌い。自分のことしか考えてないって、すぐ分かったから。今は、久しぶりにできた友達が離れていくのが嫌なんだと思う。ずっと1人でいる自分がダサいと思ってるから』

 田村さんが、朝倉さんのことが嫌い……?

『じゃあ、どうして田村さんは朝倉さんと仲良くしてるの?』



『私、自分以外の人のことも考えられるから。華が可哀想だから、仲良くしてあげてるだけ』



 田村さんは、そうなんだ。

 もしかしたら、僕が求めているものを、田村さんはくれるかもしれない。


『1番大事なのは自分のことだけどね』

 それでも良い。

『じゃあさ、田村さん』

 お願い。



『白宮くん、分かるよ。私、白宮くんのこと、ちゃんと考えていてあげる』



 田村さんだ。

 僕のことを1番理解してくれているのは、田村さんだ。


『ありがとう、田村さん。僕、そう言って欲しかった』

『うん、良かった』

 全てが僕のことを考えているわけではない……

 そんなことなかったんだ。

『じゃあ、白宮くん。これから何かあったら、全部私に教えて』

『分かった』


『華とか、鈴木さん? と関わるのは自由でいい。白宮くんは、したいと思ったことをして。全部、受け入れてあげるから』


 ああ。

 田村さんは、僕が求めているものを全てくれる。

 田村さんに従えば、幸せになれるんだ。


『分かった。ごめん、時間使わせちゃって。また連絡する』

『謝らないでいいよ』

『ありがとう』


 田村さんの言うことは、本当だ。

 僕のことを、考えてくれている。



――翌日

 鈴木さんは、本当に僕のことを考えているわけではないのだろうか。

 いつもと違くて心配だって、僕の「良さ」が損なわれた僕が嫌だって、よく話してくれたって、言ってくれたというのに?


 今の僕には、田村さんがいる。だから、絶対大丈夫。

「おはよう、鈴木さん」

 昨日と同じ鈴木さんの背中に、声をかけた。

「おはよ〜」

 いつも通りの鈴木さんだった。

「あ、白宮、おはよ」

工藤くどうさん、おはよう」

 工藤さんは、普段とは違う様子だった。


「白宮、ちょっと来て」

 小さな声でそう言って、まだ誰もいない廊下へと歩いていった。

「あっ、え」

 僕は訳も分からないまま、工藤さんについて行った。


「ど、どうしたの……?」

「……言ってもいい?」

「う、うん、何?」

 工藤さんに、何かあったのだろうか。


「……さっき、美織みおりに 『はるとは関わらない方がいい』って言われた」


「え……?」

 僕と、関わらない方が……いい?

「『面倒事に巻き込まれた』とも。どうしたの、何があったの?」


 面倒事、か。

 そっか。


 僕のことなんて、ちっとも考えてくれてなかったんだ。


「もう美織は無理。私しかいない。教えて、何があったの?」


 鈴木さんは無理? 私しかいない?

 鈴木さんは、僕の好きな人だ。それに、僕には田村さんがいる。工藤さんだけじゃない。


「工藤さんは、なんでここまでしてくれるの」

 工藤さんは、僕のことを考えてくれているのだろうか。

「言ったじゃん、いつもみたいでいてほしいからって」

「いつもって何」

 答えて。

「えっと、それは……かわいい白宮でいてほしいってこと」


 かわいい……


「それだけ?」

「いや、別に、そういう訳じゃ……」


 かわいいから、僕を心配してくれてたの?


「じゃあ、かわいければ、ずっと僕のことを考えていてくれるの?」

 教えて、工藤さん。

 そうなの?

「え……? えっと、かわいい白宮が戻ってきてくれたら、考える、かも」


 かわいかったら、僕のことを考えてくれるんだ。

 みんな、そうなんだ。

 僕、今変だから。かわいくないから。だから、みんな僕のこと、考えてくれてないんだ。


 そうだよね。僕って、かわいいんだもんね。


「ありがとう、工藤さん。僕、もっとかわいくなるから。ずっと、僕のこと考えててよ」

「……は?」


 田村さんは、僕が欲しいものをくれた。

 でも、もっと欲しいよ。

 工藤さんにも、貰えるかな。


――放課後

 いつもなら朝倉さんがいるはずの場所に、今日、彼女はいなかった。

 僕はその場所に立ち、彼女を待った。


 朝倉さんは、早くから僕をかわいいと思ってくれていたんだ。

 じゃあ、朝倉さんにも貰えるよ。

 田村さんは、朝倉さんは自分のことしか考えていないと言った。


 なら、考えさせてあげるしかない。

 かわいければ、考えてくれるんだから。

 ――方法は、あるじゃないか。


「……!」

 しばらく経った頃、朝倉さんが僕の目の前を通り過ぎた。

「朝倉さん!」

「!」

「こんにちは!」

「こ、こんにちは……!」


 通り過ぎたって……見えなかったの?

 いや、違う。「見せる」んだ。



「朝倉さん、朝倉さん。僕、なりたい自分見つかったよ! ねえ朝倉さん。僕のこと、ちゃんと考えていてくれるよね?」



「へ?」

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