第13話 激昂

「あんたは何なの? さっさと離れてよ」


 朝倉あさくら……さん?


「っ……?」

 鈴木すずきさんは僕から離れ、困惑した表情で僕と彼女を交互に見た。

「あんた誰? 陽くんの何なの?」

 彼女は、激昂していた。

「4組の、鈴木 美織みおり

「……はぁ」

 彼女は、鈴木さんの言葉を遮るようにため息をついた。


はるくん、まだこの人と仲良くなろうとしてたの? もういいでしょ、関係ないじゃん」


「え?」

 もう、いい……?

 彼女は、何を言っているんだ。

「朝倉さん、どうしたの」

「こっちが聞いてんじゃん、何でこの人に言ったの? 何してたの? 答えてよ早く」

 訳が分からない。


「ねえ、あんたこそ何なの? 急に話に入ってきて怒鳴り散らしてさ」

 鈴木さんが口を開いた。

「陽くんには私が必要なの。あんたは要らない」

「はぁ? 陽はね……」


「あんたごときが陽って言うんじゃないよ」


 あんた……ごとき?


「いい加減にしてくれない? 朝倉さん。どうしちゃったの?」

「どうしちゃったって、こっちが言いたいよ。何でこんな人に全部言って、その上ラブラブしちゃってんのよ。こんな人、陽くんには要らないでしょ?」


 そんな訳がない。

 鈴木さんは、僕の好きな人なんだ。


「要らないって何? 鈴木さんは、僕の」

「ああ、ああ、ああ! いい、そういうのいい。陽くんは、自分のことだけ考えてればいいの。それで幸せになれるから」

「幸せって、そんな」

「だからいいってそういうの。幸せになりたい、そんなの皆そうでしょ? だから、私が陽くんを幸せにしてあげるって言ってんの。なんでこんな人に執着してるの?」


 この人は、誰?


「あんたなんかが、陽を幸せにできるとは思えないんだけど」

「『あんたなんか』って何? 私はね、結希ゆきちゃんに認めてもらったの。結希ちゃんを否定するっていうの?」


 何、これ?


「私が必要だ〜とか、結希ちゃんが〜とか、訳分かんない。あんたは陽にとって悪でしかないってすぐ分かった。消えてくれないかな?」


 鈴木さん、違う……


「消えてって……あんたさ、ちゃんと考えてしゃべってる? あんたと陽くんが仲良くなれたのは私のおかげなの。私が、鈴木さんと仲良くしてみてって陽くんに言ったの。だからもうあんたは関係ないの。消えるのはそっちでしょ?」


 そんなのじゃ、なかったよね?

 かわいいって、目を奪われるって……


「違うよ、朝倉さん。僕は、僕がそうしたくて鈴木さんと仲良くなったの」

 僕は、精一杯の声を出した。

「は? 陽くん、全然面白くないよ、何言ってるの? こんな奴より私の方が……」



 パッ!


 その瞬間、鈴木さんが彼女の頬を叩いた。



「そろそろ黙ってほしいな。私、腹立ってきたんだけど」


 沈黙が流れる。


「え……? あれ、私……」


「あれ、私、なんで……?」


 朝倉さんは、小さな声で泣いていた。


「何泣いてんの、早く説明してよ」

 鈴木さんは、力強くそう言った。

「私、私……そんなつもりじゃ……」

「何?」

「鈴木さん、ちょっと、落ち着こ……?」

 今は、冷静に話し合いたいたかった。


「あ、白宮しろみやさん……白宮さんっ!」

 朝倉さんは、勢い良く僕に抱きついた。

「ごめんね、白宮さん。違うの、私、私……」

 涙を流しながら、そう言った。


「え、えっと、朝倉さん、どう、したの……?」

 僕は、何も分からないままそう尋ねた。

「ごめんね、違うの。全部、全部忘れて。お願い。ごめんね」


「ごめんね、じゃなくて説明してって言ってんの。何、何なの?」

 鈴木さんの怒りは収まっていないようだった。

「私、2組の朝倉 はな。白宮さんに女装を提案した人……です」

 朝倉さんは僕から離れ、鈴木さんに向かって言った。


「自己紹介はいい、何がしたかったの?」

「……ごめん、言えない。こんなことするつもりはなかったの」

 朝倉さんは自分の足元に視線を向けた。

「言えない? ここまでしておいて? 意味分かんないんだけど」


「っ……!」

「は、ちょっと!」

 そのとき、朝倉さんが走り出し、この場から去っていった。


「……陽、ごめん」

「鈴木さんは、何も悪くないよ」

「……」

「……」

 なんで、なんでこんなことになったの?


「あの人、どう思う?」

「もうちょっと、ちゃんと話さないと分からない……」

「今のが、あった上で?」

「……うん」


「……陽は、優しすぎるんだよ」

 鈴木さんは、柔らかく微笑んだ。


「全ての人が、陽のことをよく考えてるわけじゃないんだよ。でも陽は、周りの人がそうだなんて思ったこともなかった。そうでしょ?」

「……」

「陽は、信じてたんだよね。あの人のこと」

 そう、だったんだ。

 ……


 再び、沈黙が流れる。


「……ごめん、陽。私、何もアドバイスできないや。私も、分からないよ」

 鈴木さんは、顔を背けた。

「私、陽に元気になってもらいたかったのに。今度は、私が、分かんなくなっちゃった」


 ……何で?


「ごめん、今日は帰る。またね」

「……あっ」

 そう言って、音を立てて走っていった。


 この風景から感じ取れるものが、次々と上書きされていく。

 車が道路を走っていき、風が僕を通り過ぎていく。

 「全てが、僕のことを考えているわけではない」。


 あ。



 鈴木さんも、そうだったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る