第12話 混乱

 なりたい、自分……

 僕は一体、どうなりたいんだろう?


 どうして、磨いて輝くような素質が欲しかったんだっけ?

 人生を楽しみたかったから?

 鈴木すずきさんみたいになりたかったから?

 ――違う。


 じゃあ、なんで、なりたい自分になろうとしているんだろう?

 自分に自信を持って、自分を大好きになるため?

 今の自分のままでいるのが勿体ないから?

 ――どっちも、朝倉あさくらさんの言葉じゃないか。


 朝倉さんは、僕が「なりたい自分」になることを望んでいる。

 ならやっぱり、そうするのが正しいのかな……?



――翌日

 教室に着き、いつも通りに席に座る。

 そして、前の席に座っている鈴木さんの後ろ姿に、目を奪われた。


 以前、僕は生まれ変わったら、彼女のようになりたいと考えていた。

 ――彼女のように、なりたい……?

 なんでだっけ。

 ……


「どうしたの、はる? ぼーっとして。体調悪いの?」

「……大丈夫、考えごとしてただけ」

「ほんと? この前より深刻そうだけど。何考えてたの?」

「ごめん、本当に大丈夫なんだ……」

「大丈夫じゃないでしょ! ほら、言ってみてよ」

 鈴木さんは、僕の目を見て言った。

 やはり、鈴木さんは優しい心の持ち主だ。


 ……僕がなりたかったのは、優しい人?


「えっと、い、言うのは……」

 言ったら、朝倉さんは許してくれるだろうか。

 それよりも、もしかしたら、朝倉さん以外に言ったら、からかわれてしまうかもしれない。


「あたしには、言える?」

 工藤くどうさんが僕たちの元へやってきて、問いかけた。

「最近の白宮しろみや、なんか違う気がするんだよね。あたしたちも心配してるんだよ」

「心、配……」

 工藤さんの顔を見る限り、それは本心のようだ。

「え、陽、気付いてないの? だいぶ心配してるよ」


 ……ここで、どうできる自分になりたいだろう。


「よ〜し、分かった。今日中に聞き出す! 優波ゆな、私に任せて!」

「そ、そっか。白宮、あたしは何も知らないけどさ、白宮には、ずっといつもみたいであってほしいと思ってる。あんまり、難しいことばっか考えないようにしてね」

「……うん、ありがとう」


 ずっと、いつもみたいであってほしい?

 僕は今、「なりたい自分」になろうとしてて……


 あれ、何に従うのが正しいんだっけ?


「陽、こっち向いて」

 鈴木さんの声が、僕の脳を刺した。

「今は、楽しい話をしよう」

 鈴木さんは、優しく微笑んだ。

「そうだ、レッドチェーン、読んだ? 読んでみるって言ってたよね」

 以前、全巻購入した漫画だ。

「途中まで読んだよ。丁度、鈴木さんが好きって言ってたキャラが出たところぐらい」

「そこか〜! そこからもっと面白くなるのに〜!」

「読もうとは思ってるんだけど……」

「まあでもそこまでも面白いよね〜、好きなキャラ、誰?」

 僕の言葉を遮るように言った。

間楽あいら、かな。すっごい強いし、覚醒シーンもかっこよかったから」

「あ〜、間楽! いいね、分かってるじゃん」

「結構人気なの?」

「人気なんじゃないかな〜、煌生こうせいが好きだった気がする」

 同じクラスの、真島ましま煌生くん。爽やかな雰囲気を醸し出していて、背が高い。顔もかっこいいと思う。

 友達も多く、クラスの中心と言っても過言ではない存在だ。


 鈴木さんが彼の名を口に出したとき、何故か、胸が苦しくなったのを感じた。

 これは、何なのだろう。

 前にも、こんなことがあった気がする。


 チャイムが鳴り、僕たちの会話が中断された。

 ……

 僕は今、何もかもが分からなくなってしまっている。何が分からないのかすらも、よく分からない。

 そんな僕と、鈴木さんは真っ直ぐ向き合って話をしてくれた。

 新しく分かったことはない。何かが解消されたわけでもない。

 でも、なんとなく、ずっとあの時間が続いていてほしかったと思った。


 そう思わせてくれる鈴木さんに、憧れていたのだろうか。


 では、あの日、鈴木さんに心を震わされたのは、どうしてだろう。

 あの日芽生えた感情は、「憧れ」ではないのだろうか。


 鈴木さんは「美少女」だと思う。朝倉さんも、「かわいい」と言っていた。

 そんな彼女に、なりたい……?

 憧れ……?

 初めて鈴木さんと話したときから、心臓の音はうるさかった。

 あのときから感じてたものは、何なのだろう。



――放課後

「陽、どう? 気分、楽になった?」

「どう、だろう……」

「……考えてること、言えたりとかする?」

 鈴木さんは、こちらを向いて問いかけた。

「……」

「じゃあ、帰り道。ちょっとついて行っていい? もうちょっと話さない?」

「……なんで、そこまでしてくれるの?」

 心から、零れ落ちた言葉。

「心配なんだよ。今日、絶対いつもと違うから」


 心配。

 僕はただ、何も分からなくて、迷ってるだけ。

 鈴木さんにも、工藤さんにも、ここまで気を遣わせてしまって、迷惑をかけてしまって。

 そこまでする必要が、あっただろうか。


 あのことを言ってしまえば、どうなるか分からない。そもそも、何をどう言えばいいかも分からない。

 でも、言わなきゃいけない。もう、本当に迷惑をかけているんだ。

 なのに、言いたくない。言ってしまって、鈴木さんたちが分かりやすく呆れる姿を見るのが嫌だ。


 僕は、どうすればいい?

 誰かが、教えてくれたっけ?


「じゃあ私、ついてくね。誰かが一緒にいる方が、いいでしょ?」

「……うん」

 いつも朝倉さんと帰ってるから。そうは言えなかった。



――数分後

 鈴木さんの家が僕と逆の方向であるのにも関わらず、僕の方についてきてくれた。

「陽、なんかごめん。もしかして私、プレッシャーになってるかな?」

「いや、そんなことないよ」

「そっか、なら良かった」


 少しして、鈴木さんは口を開いた。

「1年の頃はさ、陽とあんまり話さなかったじゃん? 元気な子だな〜って思ってたよ」

 元気な子。


「2年になって、私の周りが皆『白宮くん、かわいい〜』って言い出すの。ちょっと気にするようになったよ。かわいいっていうのはあんま分かんなかったけどさ、話してみようかな〜とは思えて」

 気にするようになった。


「いざ話してみたら、かわいいっていうのも分かんなくはないかな〜って感じで。席替えで近くなってからはよく話すようになったじゃん? 陽には、他の男の子とは違った良さがあるっていうか……落ち着くんだ」

 他の男の子とは、違った良さ……


「だから、私には変化が分かるんだ。優波も分かってたみたいだけどね。私たち、少なくとも私は、陽の『良さ』が損なわれた陽は嫌だった」

 僕の良さが損なわれた僕……


「教えてほしいんだ、陽。何か、あったんでしょ?」

 鈴木さんの優しい声が、僕の心に響いた。


 憧れ。ドキドキ。心臓がくすぐったい。心が震える。目を奪われる。苦しい。心に響く。


 好き。


 なんで?――理由なんて、必要だろうか。



 僕は、鈴木さんのことが好きだ。



「この間、ある人に女装を提案されたんだ。『なりたい自分になってほしい』って。僕は、前から僕が自分磨きなんてしたって何にもならないって思ってたんだ。だから、『なりたい自分になるだけでいい』って言われて、そうしてみようかなって思った」

 何も見えない。


「でも、僕が元々自分磨きをしたいと思ってた理由が分からなくなったんだ。なりたい自分になりたい理由も、分からない。ただ、そう言われたからやってみようと思うだけ」

 何も見ない。


「そしたら、違う人には今のままでいいって言われて。僕が何に従えばいいのか、分からなくなった。そんな状態でも、僕自身にはちゃんと感情があって」

 何も見たくない。


「僕がするべきことも分からない。僕がしたいことも分からない。今の僕が何なのかも分からない。何でこんなことを考えるのかも、分からない。何も、分からないんだ」


 何も見ない僕を、見てくれた。

 彼女は、力いっぱい僕を抱き締めた。

 いつも通りの、いつもと違う風景が見えた。


「陽、ありがとう。よく頑張った。ありがとう」

 鈴木さんは、涙声でそう言った。


「……」




「陽くん、何で? 何してるの? 何で言ったの? 何でその人に? ねえ答えて早く。教えて、何で?」

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