第10話 理由

 朝倉あさくらさんから「提案」をされてから2日後の月曜日。

 あの日から、自分について、自信について、「かわいい」について、そして、「女装」について。それらのことを考えている。

 僕には、「自分」を知る必要があると感じた。

 教室に着き、席に座る。

「おはよう、鈴木すずきさん」

「おはよ〜」

 前の席の鈴木さんに挨拶をした。

 久しぶりに、鈴木さんが1人でいた。だが、今日は自分について考えなければならない日だ。

 意味もなく水筒の水を飲み、席を立つ。そして、ある人たちの元へと向かった。

工藤くどうさん、青山あおやまさん、おはよう。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 真剣な雰囲気を作り上げるため、声のトーンを少し落としてみた。

「お、おはよ、白宮しろみや

「おはよ〜」

「どうしたの、何かあった?」

 2人は、普段よりも落ち着いた様子で僕に挨拶を返してくれた。

「何かあったっていう訳じゃないんだけど、気になることがあって」

「気になる、こと?」

「うん。あのさ、いつも僕に『かわいい』って言ってくれてる、じゃん……?」

「そうだね」

「私も、よく言ってるかも」

 呼吸を整える。

「どんなところが、その……『かわいい』って思うの?」

 2人は、少し驚いたような表情をした。だが、僕をからかおうとはしなかった。

「あたしは、雰囲気、かな。いい意味で女の子みたいっていうか……ちょっと言葉にするのが難しいな」

「私は、話しかけたときの反応とか、かな? 動物みたいでかわいいと思う」

 工藤さんと青山さんは、真剣に言葉を選び、答えてくれた。

「……そっか。2人とも、急だったのにありがとう。聞きたいことは、終わり。本当にありがとう」

「えっと、また何かあったら言って!」

「分かった。ありがとう!」

 感謝してばっかりだ。だが、一切からかわずに話をしてくれたことは、本当に嬉しかった。

 席に座り、水筒の水を飲み、考えを整理する。

 工藤さんと青山さんの考えは、それぞれ「雰囲気」と「反応」だった。

 また、以前、川島かわしまさんは、小さくてかわいい、つまりは「見た目」がかわいいと言っていた。田村たむらさんが言っていた「マスコットキャラクター」は、青山さんの言う「動物みたい」と同じような意味なのだろう。

 色々な人の考えを聞くことで、「僕の知らない僕」が見えてきたように感じた。

 もしかしたら、「磨いて輝くような素質」が、「僕の知らない僕」にはあるのかもしれない。僕以外の皆は、既にそれを見抜いているのかもしれない。

 朝倉さんの言う「勿体ない」は、僕がこれに気付けていないことを指していたのだろう。

 ただ、その「僕の知らない僕」をはっきりとさせるためには、どうすればいいのか――女装だ。

 今まで僕は、女装という行為がなかなか理解できずにいた。その行為に意義があるのかすらも分からなかった。

 しかし今、「女装」をする理由と意義が僕にある。それを知ることができた。ならばもう、道は1つしかない――



――放課後

 僕は、自分なりの考え、そして答えを出すことができた。その上で、朝倉さんと話したいことがあった。

 学校からの帰り道。もはやその一部と化していた朝倉さんの姿が、今になって僕の呼吸を乱す。

「朝倉さん、こんにちは」

「お、白宮さん! こんにちは。行こっか」

 息を整えて、飾りにすらならないような挨拶を交わす。ただ、そんな挨拶でさえ、今は有り難く感じてしまう。

 しばらく歩いてから、僕は口を開いた。

「……朝倉さん、あのことについて、話してもいいかな?」

「うん。聞きたいよ」

 「僕」を見てくれる朝倉さんの言葉が、ぬるま湯のように僕の心を包み込む。

「自分が『かわいい』っていうことが、僕にはまだ分からないんだ。でも、僕を『かわいい』と感じる人が沢山いるっていうことは、理解できた」

 頭の中で、言葉を整理する。

「僕は今まで、自分磨きをしたって意味がないんじゃないかって。変わろうとしたって何にもなれないんじゃないかって。磨いて輝くような素質がないんじゃないかって。そう思ってた」

 初めて、心の中の声を口に出した。

 朝倉さんは、それらを優しく受け止めてくれる。

「でも、『僕の知らない僕』にはそれがあるのかもしれない。色んな人が、そう思わせてくれたんだ」

 足を止め、朝倉さんの目を見た。

「僕は、『僕の知らない僕』を見つけるために、女装、やってみようかなって、思う」

 自分の声が震えていたことに気付くまでに、長い時間が流れていたように感じる。

「白宮さん、ありがとう」

「あり、がとう?」

「私ね、ちょっと変なこと言っちゃったかなって、反省してたの。でも、白宮さんは、私が言ったことを素直に受け止めてくれて、よく考えてくれた」

「……」

「白宮さん、『磨いて輝くような素質が、僕の知らない僕にはあるのかも』って言ってたよね」

「そう、だね」

「今の自分には、磨いて輝くような素質がないって思うの?」

「……」

 朝倉さんになら、もっと本音をぶつけても良いと思ってしまった。

「……うん、思ってる」

「そっか。じゃあさ、1つ覚えててほしいんだ」

 僕の手が、温かいものに包まれた。

「私はね、白宮さんのことを『かわいい』って思ってる。でもそれは、白宮さんが知らない白宮さんじゃなくて、『今の白宮さん』に向けてなの」

 そうだ。

「白宮さんの思う『僕の知らない僕』は、私とっては『白宮さん』。ただそれだけなんだ」

 そうだった。

「ごめんね、なんかお説教みたいになっちゃって」

 そう言って、朝倉さんは少し反省するように笑った。

「僕、分からないことだらけだね」

「大丈夫、まだまだこれからだよ!」

 いつものような元気な調子に戻って言った。

「さっき私が言ったことを踏まえて……白宮さんには、『なりたい自分』になってほしいんだ!」

 なりたい、自分……

「白宮さんは、自分の可能性を知ることができた。この1歩を踏み出せたことが、すごいことなの!」

 自分の、可能性……

「自分磨きをする必要も、変わる必要もない。ただなりたい自分になって、自信を持って、自分のことが大好きになれたら、それでいいの!」

「女装は、『なりたい自分探し』の1つ、ってこと?」

「そう! でもね、実は提案した理由がもう1つあるんだ……」

「そ、それは……?」

「女装姿の白宮さんが見てみたいから!」

 この言葉が、先程からの会話の中で1番に元気で、1番に素直で、そして1番に温かいものだった。

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