第10話 理由
〇
あの日から、自分について、自信について、「かわいい」について、そして、「女装」について。それらのことを考えている。
僕には、「自分」を知る必要があると感じた。
教室に着き、席に座る。
「おはよう、
「おはよ〜」
前の席の鈴木さんに挨拶をした。
久しぶりに、鈴木さんが1人でいた。だが、今日は自分について考えなければならない日だ。
意味もなく水筒の水を飲み、席を立つ。そして、ある人たちの元へと向かった。
「
真剣な雰囲気を作り上げるため、声のトーンを少し落としてみた。
「お、おはよ、
「おはよ〜」
「どうしたの、何かあった?」
2人は、普段よりも落ち着いた様子で僕に挨拶を返してくれた。
「何かあったっていう訳じゃないんだけど、気になることがあって」
「気になる、こと?」
「うん。あのさ、いつも僕に『かわいい』って言ってくれてる、じゃん……?」
「そうだね」
「私も、よく言ってるかも」
呼吸を整える。
「どんなところが、その……『かわいい』って思うの?」
2人は、少し驚いたような表情をした。だが、僕をからかおうとはしなかった。
「あたしは、雰囲気、かな。いい意味で女の子みたいっていうか……ちょっと言葉にするのが難しいな」
「私は、話しかけたときの反応とか、かな? 動物みたいでかわいいと思う」
工藤さんと青山さんは、真剣に言葉を選び、答えてくれた。
「……そっか。2人とも、急だったのにありがとう。聞きたいことは、終わり。本当にありがとう」
「えっと、また何かあったら言って!」
「分かった。ありがとう!」
感謝してばっかりだ。だが、一切からかわずに話をしてくれたことは、本当に嬉しかった。
席に座り、水筒の水を飲み、考えを整理する。
工藤さんと青山さんの考えは、それぞれ「雰囲気」と「反応」だった。
また、以前、
色々な人の考えを聞くことで、「僕の知らない僕」が見えてきたように感じた。
もしかしたら、「磨いて輝くような素質」が、「僕の知らない僕」にはあるのかもしれない。僕以外の皆は、既にそれを見抜いているのかもしれない。
朝倉さんの言う「勿体ない」は、僕がこれに気付けていないことを指していたのだろう。
ただ、その「僕の知らない僕」をはっきりとさせるためには、どうすればいいのか――女装だ。
今まで僕は、女装という行為がなかなか理解できずにいた。その行為に意義があるのかすらも分からなかった。
しかし今、「女装」をする理由と意義が僕にある。それを知ることができた。ならばもう、道は1つしかない――
――放課後
僕は、自分なりの考え、そして答えを出すことができた。その上で、朝倉さんと話したいことがあった。
学校からの帰り道。もはやその一部と化していた朝倉さんの姿が、今になって僕の呼吸を乱す。
「朝倉さん、こんにちは」
「お、白宮さん! こんにちは。行こっか」
息を整えて、飾りにすらならないような挨拶を交わす。ただ、そんな挨拶でさえ、今は有り難く感じてしまう。
しばらく歩いてから、僕は口を開いた。
「……朝倉さん、あのことについて、話してもいいかな?」
「うん。聞きたいよ」
「僕」を見てくれる朝倉さんの言葉が、ぬるま湯のように僕の心を包み込む。
「自分が『かわいい』っていうことが、僕にはまだ分からないんだ。でも、僕を『かわいい』と感じる人が沢山いるっていうことは、理解できた」
頭の中で、言葉を整理する。
「僕は今まで、自分磨きをしたって意味がないんじゃないかって。変わろうとしたって何にもなれないんじゃないかって。磨いて輝くような素質がないんじゃないかって。そう思ってた」
初めて、心の中の声を口に出した。
朝倉さんは、それらを優しく受け止めてくれる。
「でも、『僕の知らない僕』にはそれがあるのかもしれない。色んな人が、そう思わせてくれたんだ」
足を止め、朝倉さんの目を見た。
「僕は、『僕の知らない僕』を見つけるために、女装、やってみようかなって、思う」
自分の声が震えていたことに気付くまでに、長い時間が流れていたように感じる。
「白宮さん、ありがとう」
「あり、がとう?」
「私ね、ちょっと変なこと言っちゃったかなって、反省してたの。でも、白宮さんは、私が言ったことを素直に受け止めてくれて、よく考えてくれた」
「……」
「白宮さん、『磨いて輝くような素質が、僕の知らない僕にはあるのかも』って言ってたよね」
「そう、だね」
「今の自分には、磨いて輝くような素質がないって思うの?」
「……」
朝倉さんになら、もっと本音をぶつけても良いと思ってしまった。
「……うん、思ってる」
「そっか。じゃあさ、1つ覚えててほしいんだ」
僕の手が、温かいものに包まれた。
「私はね、白宮さんのことを『かわいい』って思ってる。でもそれは、白宮さんが知らない白宮さんじゃなくて、『今の白宮さん』に向けてなの」
そうだ。
「白宮さんの思う『僕の知らない僕』は、私とっては『白宮さん』。ただそれだけなんだ」
そうだった。
「ごめんね、なんかお説教みたいになっちゃって」
そう言って、朝倉さんは少し反省するように笑った。
「僕、分からないことだらけだね」
「大丈夫、まだまだこれからだよ!」
いつものような元気な調子に戻って言った。
「さっき私が言ったことを踏まえて……白宮さんには、『なりたい自分』になってほしいんだ!」
なりたい、自分……
「白宮さんは、自分の可能性を知ることができた。この1歩を踏み出せたことが、すごいことなの!」
自分の、可能性……
「自分磨きをする必要も、変わる必要もない。ただなりたい自分になって、自信を持って、自分のことが大好きになれたら、それでいいの!」
「女装は、『なりたい自分探し』の1つ、ってこと?」
「そう! でもね、実は提案した理由がもう1つあるんだ……」
「そ、それは……?」
「女装姿の白宮さんが見てみたいから!」
この言葉が、先程からの会話の中で1番に元気で、1番に素直で、そして1番に温かいものだった。
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