第9話 ██
〇
僕たちは、先程入手した小さなウーパールーパーのぬいぐるみを、鞄にしまった。ただ、
温かかったはずの空気が、僕たちの間に漂う。
「あ、あっちも見てみない?」
温かさを取り戻すように言った。
「うん、そうだね……!」
僕を楽しませるために頑張ってくれている朝倉さんを悲しませてしまうなんてことは、あってはいけない。そう思った。
「
「あ、ほんとだ!」
朝倉さんが見つけたものは、僕の好きなキャラクターのぬいぐるみだ。
僕が彼を好きだということを覚えていてくれたことと、彼の名前と見た目を覚えていてくれたことが、嬉しかった。
「……よし、今度は私が! 取ってあげる!」
やる気に満ち溢れた表情で、朝倉さんが言った。
「え、あ、ありがとう!」
この状態の朝倉さんに、「大丈夫」とは言いにくかった。
「私、取れるかな?」
「ど、どうだろうね」
朝倉さんは、筐体に100円玉を押し込んだ。
そして、慎重にボタンを押した。
「……」
「……お」
何となく、取れそうな気はした。だが無情にも、少し傾いただけだった。
「よし、もう1回!」
「朝倉さん、別にそんなに無理しなくても……」
また先程のようになってしまっては、どちらにとっても良くない。
「大丈夫、絶対取るから。見てて!」
そう言う朝倉さんの目は、「絶対に取れる」と信じさせてくれるような、強くて輝かしいものだった。
「ていうか白宮さん、何かコツみたいなのってあるの?」
「どうなんだろう、ほぼ運、なんじゃないかな? もちろん、考えるべきことはあるんだろうけど……」
「運……」
「うん、運。ん?うんうん」
「おお、いっぱいうんうんって言うね」
「いや、別にそういう感じじゃ……」
「ふふ、白宮さん、かわいい」
「あ、ちょっと朝倉さん! それ! ちょっと!」
そうだ。朝倉さんも、こんな感じだったんだ。皆、そうやって僕をからかうが……
「かわいい」って、一体……
「否定は、しないんだ」
朝倉さんが、僕の目を真っ直ぐ見て、そう言った。
「違う! してないんじゃない、もう慣れちゃったの!」
「慣れちゃった、か……あ、ちょっとズレた!」
UFOキャッチャーをしながら、何気無い会話をしていた。
なんだか、朝倉さんが
「お、いいんじゃない?」
「だよね!」
4回目。
僕も力になろうと、ネットで調べた攻略法を朝倉さんに伝えてみる。
「タグに引っかけると取れるらしい……よ」
「なるほど! よし、やってみる!」
UFOキャッチャーで楽しむというのは、こういうことなのだろう。協力してプレイしているという感覚がある。
「あ、もうちょっと奥まで行かないとかな?」
「そうかもしれない」
プレイしていない僕も、今が楽しい。
「あ! 今の! 今ので行けそう!」
「おお、いいじゃん! コツ、掴めた?」
「うん! いける、いける!」
朝倉さんの目の輝きが強くなったのを感じる。
「……」
「……」
僕の鼓動が速まる。
「……お、取れた! 取れたよ白宮さん! やった!」
「すごい! やった!」
2人で、子供のように喜んだ。UFOキャッチャーがここまで楽しいものだなんて、今まで気付くことができなかった。
「はい、白宮さん!」
朝倉さんが、ぬいぐるみをこちらへ差し出す。
「ありがとう……」
僕は、それを受け取った。
「……朝倉さん、僕、すっごい楽しかった」
「えへへ、私も!」
僕たちは、同じ気持ちで、同じ時間を過ごし、同じ感覚を覚えた。
「そろそろ、
「そうだね」
今、僕は、朝倉さんに言いたいことがある。
「ねえ、朝倉さん」
歩きながら、僕はその名前を呼んだ。
「?」
「僕たち、前よりもっと、仲良くなれた、ね」
「……!」
特に意味はないが、軽い仕返しをしてみた。だが、本心だ。
「あ、朝倉……さん?」
朝倉さんが顔を赤くして、ただ僕の目を見つめていた。
だが、きっと、僕もそうなのだろう。
「わ、私も、そう、思う、よ」
もっと、仕返しをしてみたら、どうなるだろう。ふと、そう思ってしまった。
もし僕たちの立場が逆なら、朝倉さんはこう言うだろう。
「……顔赤くしてる朝倉さん、かわいい、ね」
「ひぇ!?」
耳までも赤くして、その目には涙を浮かべている。
「そんな、か、かわいいって……白宮さんだって……」
「……?」
「白宮さんだって、すっごい手震えてるじゃん! しかも、今までで1番顔赤いし! 白宮さんの方がかわいい! かわいいかわいいかわいい!」
「え、え、ええ?!」
朝倉さんは足元に視線を落とし、両手で顔を隠した。
仕返しに、更に大きな仕返しをされてしまった。
僕には、仕返しやからかいといったものが向いていないみたいだ。
――2時間後
ショッピングモールでのメンバーは解散し、僕は朝倉さんと共に帰路についた。
僕は、先程の「仕返し」を反省している。雰囲気に流されてあそこまで言ってしまったが、流石に気持ち悪かっただろう。
女子が男子へ向けて言う「かわいい」と、男子が女子へ向けて言う「かわいい」は異なるのだろう。
「……朝倉さん、さっきは、ごめん。ちょっと言い過ぎた」
今後の関係が悪化するのは嫌だった。それに今、朝倉さんはこちらに一切顔を向けず、足元を見て歩いている。やはり、まずかったのだろう。
「ご、ごめんって……『かわいい』って、別に悪口じゃないんじゃないかな」
朝倉さんが、声を震わせて言った。
「えっと、でも」
「それとも、白宮さんにとって、『かわいい』って、悪口なの?」
足を止め、僕の目を真っ直ぐ見て言った。
「わ、悪口って訳じゃ……」
「私ね、『かわいい』が大好きなんだ。さっき、かわいいって言ってくれて、嬉しかったよ」
朝倉さんは、普段よりも静かに、力強く、そして暖かく、言葉を紡いだ。
「『かわいいは超かわいいに、超かわいいは大好きになる』。結希ちゃんが、私に教えてくれた言葉」
今、朝倉さんが、鈴木さんやぬいぐるみ、そして僕に執着している理由が分かった。そして、
朝倉さんにとって、「かわいい」は特別なものだったんだ。そして、朝倉さんにとって、川島さんは、心から大好きだと思える存在だったんだ。
「白宮さんは、自分が『かわいい』っていう自覚、ある?」
「自覚は……ない」
「そっか。私ね、白宮さんに、自分のことを大好きになってほしいんだ。それと、自分に自信を持ってほしいの」
「自信」。僕には、それがない。
「せっかくこんなにかわいいんだから。勿体ないと思うんだ」
「磨いて輝くような素質」。僕は、それを持っていない。
「それでさ、私、ずっと言いたかったことがあるんだ」
……
「ねえ、白宮さん――――女装、やってみない?」
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