第7話 趣味

「ごめん、お待たせ……」

 トイレから帰ってきた朝倉あさくらさんは、僕たちの様子を見て、首を傾げた。

「ゆ、結希ゆきちゃん……? ど、どうしたの?」

「あ、はなちゃん。……よし、じゃあご飯食べよ!」

 川島かわしまさんは、そう言って歩き出した。

「う、うん」

 川島さんに付いて行こうとしたところで、朝倉さんがこちらへ近付いてきた。

白宮しろみやさん、結希ちゃんに何かした?」

 冷たい声が、僕の頭の中に響いた。

「えっと、何もしてないよ、僕もよく分からないんだ……」

「……」

「……?」

「結希ちゃんに何かしたら、許さない」

「え」

 そう言う朝倉さんは、どこか哀しげな目をしているように見えた。

「はい、何も、しない、です……」

「……華ちゃん? どうしたの?」

「あ、結希ちゃん、ごめんね、行こっか!」

 朝倉さんも、川島さんも、一体何があったのだろう。もしかして僕は、無意識に何かしてしまったのだろうか。

「白宮くんも、行こう」

「は、はい!」

 田村たむらさんが、唯一の救いだ。特に変わった様子もなく、朝倉さんたちのことは自分には関係ない、という考えを持っているように感じる。

「うーん、どうしよ。フードコートでいいかな?」

「私はいいよ!」

「白宮くんと凛々子りりこちゃんは?」

「私もいいよ」

「僕も、いいですよ」

「よ〜し、フードコートへ出発〜!」

 まるで先程の出来事がなかったかのように、川島さんは元気な調子で言う。

「あ〜、私ナン食べよっかな〜」

「カレー、太らない?」

「うーん、まあ、華ちゃんに会えた記念ってことで!」

「えへへ……」

 朝倉さんと川島さんが、楽しそうに会話をしている。

 どうやら、あまり気にしなくて良いのかもしれない。

「ねえ、白宮くん」

「は、はい!」

 田村さんが、僕の名前を呼んだ。

「それ、レッドチェーンだよね。アニメ観たの?」

 先程僕が購入した漫画だ。

「えっと、同じクラスの人がハマってたから、気になって買ってみたんです。田村さんは、これ、好きなんですか?」

「うん」

「へぇ、意外。あ、じゃあ、魔術師の戦火って知ってますか?」

「うん、良いよね、好きだよ」

「へぇ! そうなんだ! 誰が好きとかある?」

初鹿野はつかのくん。ぽっと出だけど、すごいいいキャラしてるよね」

「え、すごい分かる! 戦闘シーン何回も読み返してるけど、めちゃくちゃいい戦い方するよね!」

「うん、今後も活躍してくれたらいいな」

 田村さんが、こういった漫画を読んでいるということが意外だった。

 そして、僕は流れで敬語を忘れ、勝手に興奮してしまった。だが、もしかしたら、田村さんとは良い友達になれるかもしれない。

 そこで、僕は思いついた。

「田村さん、シンスタ、やってる?」

「うん、やってるよ」

「もし良かったら、相互にならない?」

「うん、いいよ」

 僕と田村さんは、それぞれスマホを取り出し、シンスタを開いた。

「田村さん、名前何?」

「凛々子」

「え、あ、ああ、あ、そういうことか、ありがとう!」

 一瞬、田村さんが勘違いをしているのかと思ってしまったが、田村さんはそこまで何も考えていない訳ではないだろう。

「このアカウントで合ってる?」

「うん」

「じゃあフォローするね! ありがとう!」

「あ、アイコン、一条いちじょうさん?」

「そう! 僕、一条好きなんだ」

 男友達とはこういった話をよくするが、女の人とはあまりしない。これを機に、田村さんと仲良くなることができたら、新しい発見があるかもしれない。

「あれ、田村さんのアイコンって……」

 そう言おうとしたところ。

「よ〜し到着! 席は……あそこにしよっか!」

 フードコートに到着した。ずっと田村さんと会話をしていたため、どれほど歩いたか覚えていない。

 4人席に、朝倉さんと川島さんが隣同士で座ったため、僕と田村さんが隣同士で座ることになった。

「私と華ちゃんはもう食べるもの決めたから、行ってくるね!」

「了解」

 ……

 ……

「……で、白宮くん、私のアイコン、分かるの?」

 田村さんが、目を輝かせて言った。

「……あれだよね、覆滅Ⅲのアーシェア、だよね?」

 まるで子供のように、田村さんは、目と口を大きく開けた。

「私、白宮くんとはいい友達になれるかもしれない」

「僕も、そう思ってたんだ」

 僕たちは立ち上がり、互いの顔を見つめ合いながら、握手をした。

「……白宮くん、やっぱりかわいい顔してるね」

「んんん、ちょっと!」

 僕と田村さんの趣味が合うことは分かったが、田村さんと友達になるのは……少し難しいのかもしれない。

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