第6話 どきどき姫抱っこ


‐6‐


 ここのパニーニのサーモンチーズサンド、おいしいのよねえ。

 私はのんびりと横浜の地下街の喫茶店でまったりすごしていた。

「あ、由美さん。大丈夫ですか? もうちょっとですから!」

 !

 由美がキザな黒いスリーピースの何某と、喫茶店に入ってきた。あ、お姫様だっこしてる! そんなんで喫茶店に来たら、他のお客様にご迷惑でしょう。しかし、時計を見ると十三時十五分。

 あっちゃー。由美はお昼寝タイムは問答無用で眠っちゃうからなあ。「今日は大丈夫」なんて言ってたけど、あの様子じゃ対策なんて役に立たなかったんだろう。

 私はその黒服の男性を見た。今日、コンタクトしてないから表情がよく見えないなあ。

「ヤバ、こっち見てる?」

 私は一番奥の席に座ってたんだけれど黒服の何某、由美になにしたんだ。あんなに楽しみにしていたデートで、何がショックで倒れてるんだ、由美は。

「ちょっと、あんた」

「あーっ! ホ……ホワミーさん!」

「なに? あんたなんか知らないわ」

 その男性は黒髪を七三にして、青と金の光沢のあるストライプのネクタイをしていた。変ね。なにが変なのかはわからないけど。あっ、フラワーホール! 襟のところに金色の薔薇! プロポーズを受けてもらった証拠。

「憶えて……ないですよね。いいんです! ネットでの出逢いはその場限り。フッタもフラれたもありませんよね」

「どういう意味よ」

「いや、あの。はい……お久しぶりです、染谷和彦です」

 あぁん? と首をひねって追撃する。

「お久しぶりもなにも、なんで私の名前を知ってるの? 由美から聞いた?」

 お調子者の一面のある由美だったら、今日が初対面の男性に私のことをべらべら話しちゃってもおかしくない。

「……やっぱり由美さんは」

 !

 この感じ。よくない! 

「……ぐう」

 由美がせっかく巻いてもらった髪を乱しながら眠っている。

「とにかく場所を変えましょう」


 で、ビジネスホテルなんだわ。

 ラウンジでコーヒーを飲みながら、私は染谷和彦のことを思い返した。

 どこで逢ったっけな。

 三月以前に出逢った人は、たいていマスクごしにしゃべってたからな。顔面なんて見てなかったのよ。憶えてるのは髪型と服装、最低限それくらい。

 うーん。

 由美には申し訳ないけれど、デートにスリーピースを着てきてしまうセンスは私にはどうもよくわからない。ホストかっていう感じだ。なんかズレまくってる。

 問題は、由美にとって彼は王子様だってことだ。

「責任、とりなさいよ……ほんとに」

 由美は染谷和彦と一緒に、ツインルームで十四時までお休み中だ。

 彼女が起きてきたら、とりあえず謝ろう。

 染谷和彦、あれはたぶん私の関係者だわ。

「まずいな~……まずいわ」

 ホテルのラウンジでコーヒー飲んで、まずいまずいというまずさ。

 モノトーンのチェックのベストとスカートの女性が「お飲み物を替えましょうか」と言いたそうにしている。

「う~ん、まずい……」

 そのとき、スマホが鳴って、見覚えのある番号が表示された。

 あ! と思った。染谷和彦って、あー!!!

「はい、私です。……はあ? どういう状況なの」

 と、エレベーターが奥の方でチン、となった。

 そこから出てきたのが、なんと夜会巻きをほどいた由美だったのよぉ! なんか、怒ってる。いつになくびしっと胸を張って、しっかりとした足取りで。

 親父に会うってなんだ? 染谷和彦のお父様ってこと? なにがなにやらわからんぞ。

「あんなにやさしくしてくれたじゃない。あんなに情熱的に誘ってくれたじゃない。だからあなたに決めたのよ。貧乏でも幸せはきっと叶うと信じて!」

 うん、それは由美が悪いよ。信じたのが馬鹿だったのよ。

「僕は一級建築士です。ホワミーさんから……あ」

 なんで私の名前を出す!? 修羅場演じたいの?

「ホワミー? ホワミーを知っているの?」

 ほらぁ、やっぱり。

「彼女とは知合いです。あなたはホワミーさんにたのまれて僕に接近してきたのではないんですか?」

 なぬ? どういう話になってるわけ? 私は飛び出していきそうになりながら、観葉植物の後ろで耳をダンボにしていた。

「失礼ね! 接近してきたのはあなたでしょ!」

「……すみません」

 平謝りする以外にないわよね。

「さては、フラれた彼女というのは……ホワミーね?」

 どゆこと!?

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