どきどき>気絶(サイド由美)
‐由美‐
うん……こういうものか。デートって。
懐かしいなあ、だれかと待ち合わせするのって。
KOBANと書いてあるポリスステーションの脇、西口を出た正面にあるバスステーションの手前、涼し気な雰囲気のガラスばりのエスカレーター入り口&出口。……おそらく、ここだと思う。
私はホワミーから借りた腕時計のアナログな秒針がコチコチと時を刻む感触を楽しんでいた。
大学時代につき合った彼は部屋へ遊びに行ったなり、接近してきて目隠し&キスしてきたから蹴り倒して逃げたっけ。
でも、もう過去のことよ。私はこれから幸せになるのだから。
コチコチと、コチコチと秒針が時を刻む……。
「あー、えっと……」
その人は、真っ黒なスリーピースがしびれるくらい似合っていて、フラワーホールに目印の金色の薔薇を付けていた。まずった、と一瞬思ったわ。
こんな勝負に出てこられるなんて、思いもしなかった。スタイルいいな……かっこいい。
「由美、さんでしょうか?」
「……はい」
「っあ! 人違いでしたらすみま……え? ご本人? 由美さんて、梓由美さん?」
「そうですが」
相手は、染谷和彦さん。Twitterアカウントでもそうだったけれど、彼は真剣交際を求めているため、実名を使っているとのことだった。
一分ちょっとの時間が流れて、でも気まずい感じではなく。私も彼も、一度も時計を見なかった。
「あー、とりあえず、手をつなぎましょうか……」
「とりあえずってなに!?」
あ、と思った。さすがに気まずいと察したわ。でも、でもさ。逢って早々に「とりあえず」で手をつなぎたくはないわよ。
「ラブホ行きませんか?」
なんと! ハレンチ!!!
「冗談じゃないわ!」
でも帰るなんて言えない。私、そっぽを向いて震える。
怖いんじゃないわ。そう、これは緊張。だれでもする筋肉のこわばりよ。
そもそも、遅いわ、来る時間! 十二時過ぎちゃったじゃない。
私はね、十三時から十四時まではお昼寝タイムに……
「由美さん!」
あ、なに? 今、私、気を失ってた……?
「ほら、ダメですよ。怒るのもいいですが、お昼寝する時間帯は墜落睡眠って言ってたでしょう。僕、遅れてきたお詫びに休憩代、払いますから」
明らかに顔を赤くして、焦っているのが手に取るようにわかった。そか。そういうことか。
「でも、ラブホは行きまっせん」
「なにがでも、なんですか? 接続詞が正常に働いてません」
かくん、と頭が下がった。もう駄目だあ、意識なくなるぅ。こんなイケメンがくるなんて。
「とりあえず、じゃない、ここはカフェに行きましょう!」
「お、おう……」
カフェならば、とりあえず、行ってもいいわね。
「えぇえ? 私、寝てたのっ」
「由美さん、ぴったり十四時に目を醒ましましたね」
起きたらやっぱりどこかのツインルームに連れこまれてた。
「責任をとりなさい!」
年上の威厳で言いつけると、染谷さんは残念そうに「実は」と言い始めた。
話を聞くと、彼はお金持ちの美人にフラれたばかりなんだそうだ。
「え? 約半年はつきあってたよね? 私たち。それってどういう……」
「すみません。梓さんとは友達付き合いのつもりでいました。当時」
絨毯の上に跪いて、彼は頭を下げ続けていた。
「今はっ!?」
「今は、わかんないです。たぶん……」
「たぶん? たぶんわからないってどういう日本語?」
「いや……父が脳梗塞をやって、入院したって話しました?」
「伺いましたね」
「……」
「私と友達付き合いしてて、お父様が脳梗塞でというお話と、どうつながるの?」
「すみません……!」
私にはなぜ彼が謝っているのか、わからなかった。
「親を安心させたくて、婚約者がいると言ってしまったんです!」
「ふむ」
「怒らないですか?」
「その婚約者がだれかで問題は変わるわね」
「すみません」
「わかった。私じゃなかったんだ。本命が他にいたってことね」
「……そう、です……」
「馬鹿ね。そこは嘘でもあなたが本命だと言いはるべきよ。じゃないと私もあなたもズタボロでしょ」
「すみません……!」
んもう、正直な人だなあ。ていうか、嘘がつけないんだ。もっといじめたいけど、やめとこう。
「で? ご実家は?」
「すみません」
「特定は嫌って事? 都合がいいわね」
ツンとして言ってやった。そうよ、ここまでコケにされてだまってられますか!
と、考えた上で私は腰かけていたベッドから立ち上がった。
「わかった。偽装でいいのね? 婚約も結婚も、全部嘘でいいんだ?」
ほんっと、腹が立つ。
「由美さん……」
一瞬、まぶし気に私を見上げるその目に免じて、やってやるわよ、偽婚約者!
「お父様の病院に連れて行って!」
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