第5話 親友
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横浜駅まで由美を送ったはいいけれど、帰りは遅くなるのかな? 由美はスマホ持ってないし、かけてくるとしたら公衆電話からか……まって、横浜駅って大幅改築工事をして、昨年ようやく通路が開いたんじゃなかったっけか。
迷う。由美はあまり縁のない場所ではかならず。
初めての場所でも、地図もなく有隣堂へは行けるくせに、地下街の食べ物屋さんにさしかかるととんでもない方向音痴を発揮する。あれは迷子の才能だわ。
あ、私知らない。綺麗きれいに着飾ったいい大人の由美が、改築済みの横浜駅で迷ったって知ーらない。
……由美の手、きれーなんだよな。家事なんかで荒れたりしないの。ほっそりしててさ。あの手で震えながら公衆電話のボタンを押すのかな。お財布から小銭やらテレカやら取りだして……私が電話に出るの、待つのかな。
嫌だな。
第一、待ち合わせの人と会えるかどうかも定かでない。そんな状況なのだ。私が手を離したら、由美、一生帰ってこられないかもしれない。……いい大人だけどさ。人見知りするからって、出逢いの相手をTwitterで探して、相手のことなんてなんにも知らないに違いないの。
もうね、由美のコミュニケーションてあれよ。毎度まいどが心理テストか連想ゲームみたいなの。
出会った頃とか、変な人だと思った。
高校に入学したての頃、教壇の前に立って一人ずつ自己紹介をするでしょ? 由美、ノートとってたもんね。一人ひとり、顔を見て、あとはしゃべったことをメモってて。後で見たらしゃべってないことまで書かれてて心底ビビりました。
「犬を飼っています」とは言ったけれども、あとあとまで憶えてて会話にちょこちょこ入れこんでくるとはね。
会話につまると、由美は必ず「ワンちゃんげんき?」とか「犬種は?」「大きさは?」「オス? メス? 名前は?」って質問攻めにしてくれて。それが会話ってもんだと思ってるらしかった。
まあ、犬はいいよ、好きだから。だれだって好きな話には乗りますよ。でも聞いて。私の誕生日が十二月二十四日だということを憶えていたのはとてつもなく不自然だった。まあ、冬休み前のイブの日だから、珍しいっちゃめずらしい。でもね、終業式の日にこまめに包んだプレゼントを渡してくれて、
「明日はクリスマスだね。ダブルでおめでとう!」って言うから私は
「いつもクリスマスだから誕生日プレゼントと一緒くたなんだ、うち。私だけ年に一回、損してる」とこぼした。すると由美は、なにかを察したようにぽやーんとして
「じゃあ、明日クリスマス会やろうか!」って言ったの。もうビックリよ。
なんでそんなに物分かりいいの? そうよ、私、きっと心の中では思ってた。誕生日の次の日にクリスマスイベントが起こったらいいなって。
誕生日は誕生日! イブはイブ、クリスマスはクリスマスで大事な人と過ごしたかった。そういう夢をね……うん。由美は一瞬でわかってくれたんだよ、それはうれしかった、それはね。
でも、根本的にわかってないんだよなあ。
まず、クリスマスに花束もってきて「ケーキ用意してるから」って言って家にあげてくれるのは、男子がすることだよね? もっと言えば彼氏。なのに由美は、部屋を薄暗くして、キャンドルたいて、「映画観よっか」って恋愛ものを出してきて言うから、つまんなくて。
「いや、私やりたいゲームがある。持ってきたからプレステやろう」って強引に方向性を曲げたのね。
でもって「ファイヤーエンブレム」っていうゲームを一緒にやろうって言ったら、由美、速攻で寝たもんね。これも後で知ったんだけれど、彼女予定外のことが起こると脳がフリーズするらしい。変なヤツだ。
変だけど、やっぱ親友で。あそこまで考えてくれたの、後にも先にも由美だけだったし。なんだかんだで気を遣ってくれるし。
ってー、こんなところでなにやってんだ、私。
由美をひとりにしちゃ駄目じゃない!
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