12.すれ違い

「来るよ!」


 その瞬間、全方位からゴブリンが飛び出してきた。

 半分くらいはただのゴブリンだが、残り半分は進化後のようだ。


「ふっ!」


 短剣を軽く振ればゴブリンは死んで煙になる。

 所詮ゴブリンだからか、タイミングがバラバラで処理しやすい。


 ただ、倒せば倒すほど魔石が溜まっていくから、それに足を取られないように気を付けないといけない。


「ほっ!」


 サクサクとゴブリンを切れるから楽しくなってくる。

 ほいっ、ほいっ、ほい!っと。


「ははは!!! 癖になりそう!」


「カイン後ろだ!」


「おっと、《止まれ》」


 俺の背後から迫っていたゴブリンが硬直した。

〈意志魔力LV1〉のスキルの効果で、言葉に魔力を乗せることで言霊のような効果を持つようになる。


 何が起こっているのか分からない、という顔をしているゴブリンを切り反省する。


「調子に乗りすぎたな」


 最優先は攻撃を喰らわないことだ。決して楽しくゴブリンを倒すことじゃない。


 レオナルドは、ゴブリンと一定の間合いを保ちながら戦うことで危なげなく倒している。

 俺が危なくなったらすぐに助けに入るためだろう。

 実際、俺の後ろのゴブリンにも気付くくらいに注意を向けていた。


 この2年間でステータスがかなり上がり、攻撃を受けても耐えることができるようになった。

 そのせいで、1回くらい攻撃を受けてもいいかと思ってしまっている。


「心機一転、ノーミスクリア目指して頑張るぞ!」


 ゴブリンをあえて殺さずに転ばせたり、突き飛ばしたりして妨害しつつ処理することで、さっきのような奇襲を受けることはなくなった。


 その代わりゴブリンが全然減らないが、レオナルドが楽しくなってきたのか倒しまくっている。


「後少しだ…経験値がなくなっちゃう」


 無尽蔵に現れるゴブリンも打ち止めになり、後30体程になった。

 全然経験値を稼げていないが、仕方ない。


 そもそも、進化後ゴブリンを倒しても今の俺のレベルだと経験値が足りなすぎる。

 もっと上位の魔物じゃないと物足りない。決して負け惜しみでは無い。


「これで終わりだ!」


 レオナルドが最後の1体にトドメをさした。


「グガァァァァ…!!!」


「な、なんだ?」


 ゴブリンが何かを叫んで、森に響き渡った。


 ただの断末魔かと思ったその時、地面が揺れた。


「地震!? なんでいきなり?」


「これは…大量のゴブリンが迫ってきている! 少なくとも3000はいる!」


「これがただの足音ってことですか、はは…」


 残りMPは大体3分の2。1000体位なら戦えるだろうけど、数千となると無理だ。

 ゴブリンと戦ってる時にMP切れで気絶したら本当に笑えない。


「逃げましょう」


 経験値が欲しいからと言って自殺しに行くつもりは無い。


「いや、それは出来ない」


「なんでですか! 2人で3000はどう考えても無理です!」


「逃げ場がないんだ。イエストの方向は特に数が多い。恐らく、イエスト方面だけでも2000はいる」


「…」


「そして、森の奥に進む方向だけ不自然に数が少ないんだ。明らかに誘われている」


「ならどうすればいいって言うんですか!」


「…進むしかない。カインは僕が守るけど、もしもの時はカインだけでも逃げてくれ」


 分かっていた。俺が弱いことも、心が普通なことも。

 子供の体に高校生の魂が入った所で軍人になれる訳じゃない。


 こんな状況で焦った子供を心配するのは当たり前だ。それでも言わずにはいられなかった。


「俺が身体的にも精神的にも弱いことは分かってます。だけど、あの時レオナルドは言ったじゃないですか! 覚悟はあるかと。俺は問題ないと言ったんだ! 今更そんな心配をしないでくれよ、一緒に最後まで戦わせてくれよ…」


 レオナルドは目を見開いた。


「だけどカインはまだ子供だ。子供は守られるべきなんだよ。大人並みに君でも、例外じゃないんだ。それに、君のことは僕が守ると誓った」


「なんで分かってくれないんだよ! 今ぐらい子供扱いするなって言ってんだよ!」


 俺は森の奥へ走った。


「あ…待ってくれカイン! 話を―――」


 レオナルドが何か言っていたけど、俺は無視した。


 緊急時のために残していたLPをAGIとMPに全て使い、〈瞬足LV1〉のスキルを使って加速する。

 これでレオナルドも俺に追いつけなくなるだろう。


 レオナルドは俺を守ろうとする。それなら、俺が居なくなればいい。

 レオナルドは俺を見つけるまで絶対に生き残ろうとするだろう。それでいいんだ。



 ♢♢♢



「早くカインに追いつかないと!」


 カインは泣きそうな顔をして走って行った。

 追いつこうとしたけど、いきなりカインの足が速くなり、むしろ距離を空けられた。


 だけど、足を止める訳には行かない。

 カインの気持ちは痛い程に分かるんだ。


 僕も昔はそうだった。

 子供扱いされるのが嫌で、魔物を倒して強くなろうとした。


 幸い僕には才能があって、順調に魔物を倒していた。10歳になった時には冒険者になり、イエストから出て旅をした。


 親には反対されたから黙って家を出たんだ。

 一人旅の知識なんてもちろんなくて、こっそり街を抜け出したはいいものの、夜は眠れなかったし食べ物も手に入らなかった。


 結局、魔物1体すら倒すことは出来ずに街に帰ったんだ。

 街の人にはとても心配された。

 親には殴られたし、妹もギャンギャン泣いた。


 それで、最後に生きてて良かった、って言われたんだ。

 その時ようやく気付いたんだ。


 僕が子供扱いされて嫌だったのは、役に立ちたかったからだということに。

 子供扱いされるということは、僕にできることはないと言われているような気がして。


 それで、嫌だったんだ。



 カインも同じ気持ちなんだと思う。



 カインは不思議な子だ。初めて会った時から目が子供らしくなかった。


 見てる世界が違うようなおかしな気持ちを感じた。

 それから話していくうちに、優しい子だと分かった。


 まだ5歳なのに気を使ったりする。

 それがなんだか面白くて、ジェイルさん達と笑った。


 さっきカインが求めていた言葉はきっと、一緒に戦おう、とかだ。

 それなのに、僕はカインを子供扱いしてしまった。


 昔、僕が嫌だったことを。

 今、僕がカインにしてしまった。


 なんて愚かなことなんだろう。

 謝りたい。


 カインに会って、謝りたい。

 その為に必ずカインは助ける。


 そして、僕も死なないように。

 僕が死んだらカインは自分を責めてしまう。


 だから、2人で帰る為にカインを連れ戻す。



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