6.今も昔もゴブリンと

 ランバー視点

 ―――――――――――――――――――――


 私、ここで死ぬんだ―――。

 私には、飛んでくる火の玉をどうしようもできなかった。


 本当に馬鹿だ、私は。

 カインに良いところを見せようとしたのに、どうしたらいいか分からなくて、結局情けない所を見せてしまった。


 カインは私にとって、特別な存在だった。何せ消えた兄と同じ見た目だったから。


 兄はドワーフの中でも変わり者だった。私より3歳上なのに、私より弱かった。

 ドワーフらしい力もなく、鍛治も出来ない兄は冷遇されていた。


 実際私も、そんな兄のことを馬鹿にしていたと思う。弱いくせに、私にかっこつけようとするし、ちょっと頭がいいのもムカついた。

 馬鹿にされているのにヘラヘラ笑っている所なんて大嫌いだった。


 そんな兄が、私を庇って命を落とした。

 あの時、とても後悔した。


 だって私には力があったし、何より、力を振るうことに何の躊躇いもなかったのだから。

 本当なら、私が兄を守るべきだったのに。


 今でも鮮明に思い出す、あの日のことを―――。



 ♢♢♢



 今から23年前、私が8歳の頃だ。


 ある日、母さんが倒れた。

 兄はただの疲労だと言ったが、私は母さんが苦しそうな顔をしているのが嫌だった。


 母さんは食べるのが大好きだったから、美味しい物を食べればきっと元気になると思い、果物を探しに森に行った。

 美味しい物を食べればきっと良くなると、馬鹿みたいに信じて。


 今思えば、森に行かずに市場で食べ物を買えば良かったのに、と思う。


 私がどうしても森に行くと言うと、兄が1人だと心配だから一緒に行くと言った。

 そうして、兄と私の2人で森に行った。


 森は生まれてから何度も遊びに行っていたから、どこに美味しい果物があるか、逆にどこに不味い果物があるか、どこが危険かも分かっていた。

 だから、普通に帰って来れるはずだった。


「なあ妹よ、やっぱり帰らないか?」


「今更何言ってんの兄さん! 母さんがあんなに苦しそうなのに、黙って見てられるわけないでしょ!」


 終始兄は不安そうな顔をしていた。森の異常を感じていたのかもしれない。


 馬鹿な私は何も思わないで、森をぐんぐん進んだ。森に大した魔物は居らず、私が森の覇者だと思っていたのだ。


 だから、と目が合った時も直ぐに逃げれなかった。

 茂みから出てきたそいつは一瞬固まったが、直ぐに私に向かって飛びかかった。手に持った棒を振りかぶって。


「グギィ!」


 なんてことないゴブリンだ。素手でも殺せるだろう。そう思い、殴ろうとした。


 ふと、気付いた。ゴブリンが手に持っている棒は、だ。


「イヤァァァァ!!!」


 動揺して私の体は止まってしまった。それは致命的な隙だった。


「ランバー! 逃げ―――」


 ゴブリンの持つ腕が私の腹に当たる、その時だった。

 兄が私を突き飛ばし、本来私に当たるはずだった腕は兄にぶつかった。


 そして、兄の体は飛び散った。


「え?」


「グギッギッギ! ギギィ!」


 ゴブリンはボロボロになった兄の体に噛み付いて、咀嚼し始めた。

 兄だったものが壊れる音がする。

 もう限界だった。


 私は逃げ出した。

 兄が私を庇って死んだ、その事実を受け入れられなくて。


 兄を食べるのに忙しかったのか、私は何事もなく家に帰ることが出来た。

 その後のことはよく覚えていない。


 気付いたらベッドで寝ていて、母さんにとても怒られた。沢山怒られて、そして、抱きしめられた。


「無事でよかった…」


 母さんは泣いていた。

 私は思わず言ってしまった。


「母さん、ごめんなさい! わ、私の、せい、で! 兄さん、が死ん、じゃった!」


「ランバー…兄さんって、誰のこと?」


「な、何言ってるの母さん。冗談はやめてよ! 私より3つ上の兄が居たでしょ!? 確かに弱くて、ビビりで、ドワーフとしてはダメダメだったけど! それでも! 家族だったじゃん!」


「…きっと疲れてるのよ、もう寝なさい」


 母さんは真剣な表情だった。

 どうして? 兄は周りからは嫌われていたけど、それでも母として愛していたはず。

 そんな、居なかったことにされるなんて、あんまりだ!


 これは何かの間違いだ、そう思った。

 私は起きてから色んな人に兄のことを聞いた。だけど、誰も兄のことを覚えていないのだ。

 父さんでさえも、誰のことか分かっていなかった。


 家にある兄の部屋だった場所は、私の部屋ということになっていた。

 私の趣味とは合わないものばかりで、両親は不思議がっていた。


 原因として思い当たるのは、あのゴブリンだ。

 ドワーフを食うゴブリンなんて聞いたことがなかった。今まで食われていた人も忘れられていたのだろう。


 私がなんで兄のことを覚えているかは分からないけど、もう私しかいなんだ。兄のことを覚えているのは。


 現状を理解すると、怒りが湧いてきた。森に行って兄を死なせた私への怒り、私を置いていった兄への怒り、そして、私から兄を奪ったゴブリンへの怒り。


 許せなかった。許せるはずがなかった。

 その日から、私は復讐に生きることに決めた。


 斧を持って森に行ったが、あのゴブリンは消えていた。兄の血がそこら中にあるだけで、体の一部すらなかった。


 それから、自分を鍛えながらあのゴブリンの行方を探したが、成果はあまり出なかった。強くなれているのに、肝心の相手がいないのではどうしようもない。


 そうして途方に暮れている時だった。イエストのバラスの森には進化ゴブリンが多いと聞いたのは。


 そこで、私はレオナルド、アラン、ジェイルと出会ったのだ。


 レオナルドは苦手な雰囲気だったが、性格は想像していたのといい意味で違った。


 アランはうるさくてあまり好きじゃなかったが、ドワーフだからどうこうと言ってこなかった。少し、嬉しかった。


 ジェイルは見守られている感じがして少し苦手だった。私の中にある復讐心すら見透かされているような気がして。


 レオナルドとアランは元々パーティだったが、ジェイルと私はそこに入ったから、各々の戦い方の確認をしていた。


 そんな時だった。

 レオナルドが小さな子供を連れてきたのは。


「訳あってこの子に冒険者として色々教えることになったんだけど、僕だけだと偏ってしまうから、君たちにもお願いしたいんだ」


「こんにちは、カインと言います。よろしくお願いします」


 衝撃だった。死んだ兄と全く同じ姿をしていたのもそうだし、何より目が似ていたのだ。

 とても偶然とは思えなかった。


「よろしく…カイン」


「はい、よろしくお願いします。えっと…」


「あぁ、私の名前はランバーだよ」


「ランバーさん」


「俺はアランだ! よろしくな、カイン!」


「はい、アランさんもよろしくお願いします」


「おいおい、そんな堅苦しくしなくていいぞ!もっと子供らしくだな……」


 アランと話しているカインの姿も、記憶の中の兄とそっくりだった。


 カインと話す時の私はいつも緊張していた。顔に出にくい方だから助かったけど、何を話せばいいのかよく分からなくて、あまり距離は縮まらなかった。


 むしろ、何も考えてないアランの方が、カインと仲がいいように見える。羨ましかった。

 だから、私はカインにいい所を見せて仲良くなろうとした。


 その結果、私は死ぬのか。復讐も果たせず、兄とそっくりのカインに何も残せないまま。


 あぁ、夢が終わりに近付いている。

 そういえば、あの日も、今も、ゴブリンに良いようにやられてる。


 なんてことだ、私はゴブリンとつくづく縁があるらしい。

 全く嬉しくないな。


 願わくば、あの日をやり直し、それまでの充実した日々を続けられていたら―――。



 ♢♢♢



 嫌だ、死にたくない。

 この火の玉は、確実に私が死ぬ威力だ。その死の雰囲気に私は気圧された。


 もう、諦めていたのに。あの日をやり直していたら、なんて。もしもを考えて、きっと楽しそうだと、思ってしまった。


 そうなったらもうダメだ。私の汚い心が溢れてくる。

 どうして私がこんな目に、なんで私だけが覚えていないの、なんで誰も私を助けてくれないの!


「生きたいよ…」


 涙が止まらなかった。なんで、どうしてが私の心を埋めつくしていった。




「絶対に、助ける!」




 幼い、場違いな声が聞こえた。

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